物語の始まり


ある日の朝、今日もある一室の部屋で食欲を注ぐ良い匂いが漂う。
そこと同じ部屋で、ベッドの上でまだ寝ている黒髪の青年はその匂いで薄っすらと閉じていた瞼を重く開ける。

(朝か・・・・・・)

もう少し寝ていようかと再び瞼を閉じようとしたが、それはある声に阻止されてしまった。

「ユーリ兄起きて。二度寝は駄目だよ」
「んー・・・・」

眠そうにユーリは身体を起こす。この声の主に起きろと言われてしまえば起きなければいけない。朝飯が無くなるからだ。
顔を洗って目を覚ます。そしていつも通りにテーブルの椅子に座って、起こした本人のほうを見る。
まだ幼さの残る顔立ちの少年は、起きてきたユーリを見て微笑む。あぁいつも通りの光景だ。

「おはようユーリ兄」
「おはようジュード」

まるで本物の兄弟のように暮らしている彼らのいつもの日常だった。





ジュードがこの世界に来て2年の歳月が流れた。
時というのはあっという間に過ぎていった。2年前に読めなかったこの世界の字はすべて覚え、この世界に必要なエアルや人間にとって必ず必要な魔導器など多くのことを学んだ。
そして今のジュードは下町で唯一の医者のような存在だ。市民街にも医者はいるのだが、そちらに頼むと高額な医療費を払わないといけない。ほとんど無料でやっているジュードは下町の人々に感謝されていた。

部屋の掃除をしていると何処からかものすごい音がした。驚いたジュードは窓の近くにいるユーリを見ると、ユーリは何も言わずに外を見ていた。それと同時に外にある階段から誰かが勢いよく駆け上がっていく音が聞こえ、そして――――

「ユーリ!ジュード!大変だよ!!」
「あれ?テッドどうしたの?」

入ってきたのは下町に住んでいる小さな少年だった。彼は本当に急いでいるようで身体をそわそわと落ち着きなく動かしている。さっきの音と何か原因があるのだろうか。

「あれ、ほら!水道魔導器がまた壊れちゃったよ!さっき修理してもらったばっかりなのに」
「なんだよ、厄介ごとなら騎士団に任せとけって。そのためにいんだから」
「ちょ、ユーリ兄・・・」

面倒なのかユーリはこちらのほうを向かず、窓の外を見るばかりだ。
その間テッドが何を言ってもユーリは動こうとせず、母親に呼ばれたテッドは「ユーリのバカ!」と言いながら出て行ってしまった。
ジュードはテッドと一緒に外に出た。すると家にいた頃は分からなかったが、空には水の噴水が勢いよく飛び上がっているのが分かった。ユーリがずっと外を見ていたことに一人納得してしまった。
そしてすぐにユーリが窓から飛び降りてこちらに向かってくるのが分かった。何だかんだいってお人好しなのだ。それが分かってるからこそ、ジュードはユーリに対して何も言わなかった。

ユーリと合流して、二人は噴水前に行く。するとそこには大勢の大人が必死に水かきをしている。隣にいたユーリが「うげっ」と声を上げていたが、そこはスルーしよう。

そんな彼を放っておいて、ジュードは水かきしている内の一人、ハンクスの元へ向かう。大きな声を上げている姿を見るととても老人だとは思えない。いつか身体を壊すんではないかというくらい張り切っているのだ。

「ハンクスさん」
「・・・ん?なんじゃジュードか。お前さんも手伝え」
「そのつもりなんですが、ここにあった魔核知りませんか?」

そう言うとジュードは水道魔導器があるところを指さす。魔導器の真ん中でいつも輝いているはずの魔核が無いのだ。
それを見てハンクスも首を横に振った。どうやら彼も知らないらしい。

「魔核が無いと魔導器は動かないのに・・・」
「おい、じいさん。最後に魔導器触ったの、修理に来た貴族様だよな?」

その会話に割りこむように入ってきたのはユーリだ。先ほどの会話を聞いていたのだろう。

「ああ、モルディオさんじゃよ」
「貴族街に住んでんのか?」
「そうじゃよ。ほれ、もういいから、ユーリもみんなを手伝わんか!」
「・・・悪い、じいさん。用事思い出したんで行くわ。ジュードお前はここにいろよ」
「え、ちょっとユーリ兄!?」

そう言うとユーリはラピードと共に歩き出す。その後ろでハンクスがユーリを止めていたが結局彼は適当に言葉を並べると、市民街の方へ歩き出してしまった。その様子にジュードは溜め息をつく。本当に無理する義兄だなと思う。

「また無茶せんといいが・・・」
「どうでしょうね、あいつ、下町のことだといつも無茶しますから」
「おかげで騎士団に目をつけられおって・・・」
「まあ、いつものことですから上手くやってきますよ。それにジュードもいるし」
「それ遠回しに面倒事押し付けてるよね?」
「いつものころだろ?」
「もう・・・」

何だかんだ許してしまうジュードも大概甘いのだろう。





だけど、これがまさか昔のように旅に出るきっかけだとは思っていなかった。








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