「今から名前を呼ばれたものは前に出ろ。次の襲撃に太刀打つ部隊として派遣する」


高々と掲げられたのは、汚れなど知らない平和を示す純白の国旗。

毎日怒声をまきちらかしてばかりいた教官は、寸分もずれることのない列の中央に立ち、名前の並ぶディスプレイの灯りを静まり返る暗闇に出現させた。


逆らうことは許されない。
わかりきっていたこと。

反抗をするなんて考えたことはないし、これから先もおそらくないだろう。

国を愛し、国のために働き、国のために命を捨てる。
それはこの学園に入学したときから既に決まっていたことで、揺らぐことはない決定事項だ。



「以上32名、前線にあがります」

敬礼の声と共に、底の厚いかっちりとした軍靴で歩く音が響いた。

中間あたりに短く呼ばれた私の名前に、覚悟を決めるかのように深く息を吸い込む。

ついに順番が回ってきたのだ。
私はこのくだらない争いに己の身を、それも喜んで差し出さなければならない。


「大丈夫だ、俺が戦略をたてる」
「…頼りになるわ」


だから安心しろ、と私の隣で力強い口調で言うエスカバくんに微笑を浮かべた。

だけど嘘。
どんなに頭の切れるエスカバくんにだって、あんな大国の、それもあんな大軍に勝てる作戦なんてたてられっこない。
たてられたとしても実現するのはほぼ不可能だろう。

私たちはこれで終わりなのだ。
それはまるで、死刑宣告を告げられたかのような緊張感。告げた先は罪のない死刑囚。

軍人失格と言われてもいい。
今すぐ逃げ出してしまおうか、と到底出来もしないことが浮かんでそれを振り払おうと首を振る。

国を変えたくて入った学園、家族を守りたくて決意した軍人の道、こんな殺し合いで国の長の利益を助けたかったわけではない。


「そろそろ時間だろう」
「ええ」
「…気を付けろよ」
「大丈夫、ありがとう」

私はこの軍の副隊長とやらに呼び出しをくらっていた。

少し複雑な表情で見送るエスカバに無理矢理作った笑顔で手を振る。

冷たい無機質な廊下には、嵐の前の静けさとでもいうのだろうか、どことなくぴりぴりした空気が流れてはいるものの、辺りは静まり返っていた。

見えた表示には『指令室』の文字。
ここだと立ち止まって2度ノックをすれば中から「入っていいよ」という許しの声が聞こえた。


「失礼します、隊員No.63です」
「……次は君か」

少し眉を寄せて不機嫌そうな声をあげる上官に下げていた頭を上げる。

ミストレーネは私たちの軍隊の副隊長で、長く柔らかい椅子にゆったりと腰をかけていた。

優秀な人材は出来る限り残したいのか彼の指示位置、いわば立ち位置はモニタールーム。

通信で指示をすればいいだけで、命の危険にさらされることのない場所だ。


「まあ君は体力ないしね、脳もない。当然といえば当然だね」
「……どうも」
「嫌だなぁ、別に悪口を言ってるわけじゃないじゃないか」


わざとらしく言うミストレーネは、私の情報が記載された報告書を眺めて、「使えない」とこちらに投げ捨てた。

足元にばさりと落とされた報告書を拾い上げて、ついたゴミを叩きながら見た報告内容は我ながら酷いと思う。
全ての評価が平均値よりもはるか下を占めていた。

どうしてこんなに私は駄目なのか。


「だから国のお偉いさんに守られる必要性がないんだよ」
「……………知ってます」


涙を無理矢理堪えて熱くなった目とは裏腹に、出てきた声は驚くほど冷たい落ち着き払った声だった。

そんな私に驚いたようにミストレーネは少し瞳を見開く。

それはほんの一瞬の出来事で、よく見なければわからないくらいの変化だったけれど、いつの間にか彼を追っていた目にははっきりとその違いが映っていた。

いつか追い抜いてやろうと思っていたのか。
否、その不思議な感情はこれから先の絶望にかきけされてわからなくなっていた。


「ミストレーネ」
「…昔みたいに呼んでくれないんだ」
「格差の違いでしょう」
「…………」


昔にはもう戻れない。
全神経が狂ってしまいそうな感覚に少しだけ足が震える。

呼び出された意味も未だによく把握しきれないまま、ただただ永遠に続くかのような沈黙が流れた。


「…あ、」

どこかで短くけたたましいサイレンが響いて、愛しい最後の沈黙が打ち破られる。

不思議ともう出番か、なんて学校にでも行くような軽い感情しか浮かばない。
これから私は死にに行くと言うのになんて皮肉なことだろう。

仕方がない、今でも生きているここちがしないのだから。


「じゃあ行ってきます」
「、ああ」


ああ、もうそんな顔しないでよ。

堪らなくなって振り向いてから、最後の言葉、最後の感情を紡ごうとする。

しかし発した言葉はミストレーネの質問によって塞がれてしまった。

鼓膜を振るわせたその言葉はあまりにも残酷で優しい質問で、最後に交わされる言葉としてはまったく不釣り合いな不器用な内容だった。

こんなときになんてことを言うのだろうこのしょうもない上官は。
私に生きて帰ってこいとでも命令をしたいのか。


ゆっくりと耳に入ったその言葉に、私は小さく顔を歪めて答えてやった。

「…そんなの、忘れたわ」


お別れはもうこれくらいにして、未だに悲しそうな表情を浮かべた友達にひきつってはいるけれど笑顔を残して私は旅立とう。


だけれどまだ止まないこの呼吸は、きっとこの心臓が活動を止めてしまっても続いてしまうのだろう。

あの顔が声が、目に焼き付いて離れないまま。





夢をみたことがありますか

願わくば、昔のように隣で笑い合える日のくることを刻んで




110326




悲恋のつもり。糖分はゼロ。

素敵企画「羊水」様に提出させていただきました。

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