ふわふわ少女シリーズ 音也 | ナノ

 02

病棟の最上階にある彼女の部屋に着くと、看護師さんが「彼女と話してくるから、少し待っててね」と言って中に入って行ってしまった。

俺にしては珍しく緊張していて、迷惑じゃないかな、とか、嫌な気分にさせちゃわないかな、とか、心配事ばかり浮かんでくる。
病室のドアの横にあるプレートには部屋番号のほかに名前が書かれているわけなのだが、なんとなくそれも見れずにいた。

そうしているうちに看護婦さんが部屋の中から出てきて、「音也くん、入っていいわよ」と言ってくれた。
ありがとう、と言ってから、意を決してドアを開ける。


「し、失礼します……」


おそるおそる部屋の中に入ると、そこもまたほかの病室と同じように真っ白い部屋だった。
でも、他の部屋と決定的に違うところがある。
床やベットの上にあるたくさんの紙飛行機。並べて置いているのではなく、ばらまいてあるという表現が正しいような――そんな部屋だ。


「あははっ、そんな固くならなくてもいいのに」


突然降ってきた鈴を鳴らしたような声に驚きながら、その声の主へと視線を向ける。
部屋と同じ真っ白い肌に、綺麗な黒髪。俺を見つめる少し茶色がかった瞳や笑顔を湛えたその表情は、病人とは思えないほど生き生きとしている。
空色のパジャマを着て、足にだけ布団をかけた状態でベットに座っているその女の子は、間違いなくさっき窓から顔を出して紙飛行機を飛ばしていた彼女だ。

依然彼女を見つめたままでなんのレスポンスもしてこない俺を不自然がることもなく、彼女は話し続ける。


「ねぇ君、紙飛行機は好き?」


そう問われて、ドキッとする。
心臓の鼓動が一気に早くなり、のどがからからに渇いて、うまく言葉が出てこない。
でも、言わなくちゃ。

「お、俺……君が作って飛ばす紙飛行機が、好きなんだ」


必死になって絞り出した声は、情けないことに緊張で少し震えていた。
でも俺は、彼女にこの言葉が言いたくてここまで来たんだ。

彼女の顔が驚きに変わる。初対面の人にいきなりそんなことを言われたら、驚くのも当たり前だ。

どうしよう、変に思われたかな……?

気持ちばかり先走ってしまう自分の性格を恨めしく思っていると、彼女が再び口を開いた。


「……私の、紙飛行機が?」

「……!うん」


笑顔で答えると、彼女も顔をほころばせた。
最初に見せた輝くようなものとは違う、優しい笑顔だった。


「……そっかぁ……そんなこと言われるなんて、初めてだよ」

「え?……そうなの?」


うん、と言って彼女は手元にあった紙飛行機を手に取り、飛ばす構えになった。


「私の紙飛行機を褒めてくれる人は今までもいたよ。でもね、みんな褒めるのは見た目とか飛ばした時の軌道の綺麗さだけ」


そう言うと、紙飛行機を飛ばした。
それはまっすぐ飛んでいき、壁にぶつかって、静かに床に落ちた。


「……ねぇ、教えてくれない?」


ゆっくりと俺のほうに視線を向けながら、彼女は俺に再び問いかけてきた。


「君は私の紙飛行機を見て、何を思った?」


真剣な眼差しが俺の目に注がれる。
その射抜くような視線は、俺にありのままの答えを求めているように思えた。


「……最初に君の紙飛行機を見たとき、自然と心が引きつけられたんだ。そのあと、君が紙飛行機を飛ばすのを見て……
なんて綺麗なんだろう、って思った。見た目や軌道もそうだけど、その紙飛行機に詰まってる”想い”が」

「想い?」

「君の紙飛行機に対する”想い”は……とてもまっすぐで、”紙飛行機が、大好きだ”っていう、人の心を打つような、そんな感情」


文法も語順もめちゃめちゃな言葉だったかもしれない。
けど、彼女に伝えるべきことは、ちゃんと伝えられたと思う。


「……それが、君には伝わったってこと?」

「うん」


はじめは、なんでこんなに心が引き付けられるのか、彼女から目が離せないのか、よくわからなかった。
けど、今ならわかる。
彼女の”想い”は、俺が伝えたい”想い”と似ている。


「俺も、大好きなものがあるんだ。君が紙飛行機で”想い”を伝えていたみたいに、俺も、俺の大好きなことで――自分の”想い”を伝える……それができる人になりたいんだ」


きっと彼女には、自分の想いを伝える術が紙飛行機しかない。
俺には――歌しかない。
それぞれに与えられたものだけで想いのすべてを表すのは難しい。
けど、それしかないからこそ、それだけに想いを乗せられるんだ。


「……私の紙飛行機には、ちゃんと、私の想いがこもっていたの……?」

「君の想いは、しっかり届いたよ」


そう言って、さっき拾った紙飛行機をポケットから取り出す。


「ごめん、少ししわができちゃった」


と苦笑いすると、彼女は「いいよ」と言って笑った。


「君に想いが届いてたなら、十分だから」


いつの間にか彼女の眼尻にはうっすら涙がたまっていて、パジャマの袖口でそれをぬぐってから、話を続けた。


「……まだ名前を言ってなかったね。私の名前は反町空羽。……君の名前は?」


反町空羽。その一文字一文字を大切に頭の中で繰り返してから、俺も名乗った。


「俺は……一十木音也」

「音也……いい名前だね。」


彼女が俺の名前を呟いてくれただけで、嬉しくなる。
こんな経験は初めてで、この感情の名前も、鼓動が高鳴る理由も、まだ知らないけれど――
きっと、近いうちにわかるだろう。そんな予感がする。


「ねぇ、音也。……私の友達になってくれない?」


予想外のその言葉に一瞬驚いた。
けど、答えはただひとつ。


「もちろん!」

「ありがとう。じゃあ……これからよろしくね!」


そういって差しのべられた手を握ると、お互いの”想い”が通じ合ったような気がした。





Thoughts that lead


(始まりの合図)












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