◎ 01
青い空に太陽が輝き、ひまわりが咲き誇る季節。
学園での充実した生活を送っていた俺に突然施設から手紙が届き、不本意ながら――あの場所に行くことにした。
”音也くん、お元気ですか?こちらはみんな元気です。……と、言いたいところですが……”
”……くんが入院してしまったので、時間があればお見舞いに行ってあげてください。”
「……で、右に曲がってすぐ左側がお部屋になります」
「わかりました。ありがとうございます」
そう受付で聞いた案内を思い出しながら、薬品の香りがする廊下を進んでいく。
外はものすごく暑かったのに、今は汗ひとつかいていない。
そのひんやりとした空気に、何とも言えない息苦しさを感じる。
やっと目当ての部屋を見つけた時には、俺の気分はすっかり沈んでいた。
でも、ここで俺がこんな顔してちゃだめだ。元気づけてるために来たんだから。
自分に気合を入れなおして、病室のドアを開ける。
「あっ、音也兄ちゃん!」
「よっ、久しぶり!」
部屋の中に入ると懐かしい笑顔が俺を出迎えてくれた。
その笑顔に安心して、俺も自然と笑顔になる。
「久しぶりー!!どうして兄ちゃんがここに?」
「お前が入院したって先生から聞いて、お見舞いに来たんだよ」
「そうなんだ!嬉しいなぁ」
「入院したっていうから心配してたけど……元気そうでよかった」
「先生も大げさなんだよー。だって、近いうちに退院できるってお医者さん言ってたもん」
思っていたより重症ではないようで安心する。
そのあとも笑顔の絶えないままお互いの普段の生活の話とかをして、気付いたときにはかなり時間が経っていた。
「もうこんな時間か……あんまり長居しちゃ悪いし、そろそろ帰るよ」
「そっかぁ……ねぇ、音也兄ちゃん」
「何?」
「またお見舞い来てくれる?」
何度も病院に来るのは正直気が乗らないけど、こいつの頼みが断れるはずがない。
病室に一人ぼっちなのがどれだけ孤独なのか、俺が一番よく知っているから。
「うん、また来るよ」
「やったぁ!じゃあ、待ってるからね!」
「おう!じゃあ、お大事にな!」
そういって病室を出た俺に、来た時のような重苦しさはなかった。
◇◇◇
病棟を出て緑の木々が生い茂る前庭を歩いていると、後ろから声をかけられた。
「あら、もしかして……音也くん?」
振り返ると、昔よくお世話になっていた看護師さんが立っていた。
「あ……!うん、そうだよ!久しぶり!」
「久しぶり。大きくなったわねぇ」
そういって笑ったその顔は、昔と同じ安心感のあるものだった。
この人がいてくれたから、俺は病院に来ることができたんだ。
立ち止まって昔話に花を咲かせていると、俺の前をひゅっ、と白い何かが横ぎった。
驚きながらその軌道を目で追うと、それは少し離れたところにふわっ、と着地した。
「紙飛行機……?」
「あぁそれ……紙飛行機を作って飛ばすのが好きな患者さんがいるのよ。後始末は私たちがしなきゃだから大変なんだけど……とても綺麗に作るし、遠くまで飛ぶから、今じゃ名物になっちゃってるのよ」
「へぇ……」
拾い上げてよく見てみると、確かにそれはとても綺麗にできていた。
紙が真っ白なのも相まってか、「美しい」と言っても過言ではない。
「そういえば、その患者さんもちょうど音也くんくらいの年だったわね……あ、ほら、あそこの窓が開いてるところが彼女の部屋よ」
と言って指をさしたその先を見ると、他の窓はほとんど閉まっているのに、そこだけは全開になっている。
六階建ての病棟の最上階。あそこからあんなふうに飛ばせるなんて、相当の腕前だ。
そう思っていると、その窓から一人の少女が顔を出した。
手には紙飛行機を持っていて、その表情は真剣そのものだ。
「あら、また飛ばすみたい。音也くん、いいタイミングだったわね」
その言葉に返事をするのも忘れるくらい、俺は彼女に見入っていた。
俺と彼女の距離はかなり離れているのに、彼女には俺を引き付ける不思議な何かがある。
彼女は空を見つめていた目を閉じ、紙飛行機を構えたまま動かなくなった。
しばらくそのままなのでどうしたのだろう、と思ったその瞬間、突然目を開き、手にしていたそれを――空へ放った。
青の中に白の綺麗な軌道を描きながら飛んでゆく紙飛行機。
それはほんのわずかな時間の出来事のはずなのに、俺にはスローモーションのようにゆっくりと見えた。
「……すごい」
「ふふふ。音也くん、感動しちゃった?」
「うん……」
正直、自分でもなんでこんなに心を引き付けられるのかわからなかった。
紙飛行機を飛ばす――ただそれだけのことなのに。
その紙飛行機が飛ばされた部屋の窓を見ると、もうそこに彼女はいなかった。
「そんなに気に入っちゃったのかぁ……じゃあ、彼女に会いに行く?」
「えっ!?……でっ、でも俺、あの子と何の関係もないのに……」
ふつう、病室っていうのはその人と関係がある人だけが入るものだ。
たった今彼女の存在を知ったばっかりで、彼女との面識もまったくない。
そんな俺が彼女に会いに行っていいのだろうか。
「大丈夫よ。彼女、音也くんのことが気になってるみたいだから」
「え?」
「さぁ、行きましょう。彼女に会いたくないの?」
気持ちはまだなんとなくすっきりしないけど、そう言われてしまってはノーとは言えない。
「……ううん。彼女に、会ってみたい。」
こっちよ、と看護師さんに連れられて再び病棟に向かう。
青々と茂る草を踏みしめながら進むその足取りは、期待と不安が入り混じったものだった。
guidance of paper plane(彼らの想いは、飛躍した)