short story | ナノ

 Beautiful morning glow(藍)

一月一日。

日本では、いわゆる元日。
一年の始まりの日で、国民の祝日にもなっている。
人々はみんなお互いに「あけましておめでとう」と言い、こぞってお祝いをする。

正直、ロボであるボクにはなぜそこまで重要な日なのかいまいち理解できない。
いくら祝日だろうが、一年の始まりであろうが、
ただの「一日」であることは他の日と何ら変わらないのに。

新年の特番を流し続けるテレビをぼんやりと眺めながらそんなことを呟くと、隣に座っていたナマエが「それはちょっと悲しいなぁ」と言った。


「何で?」

「だってさ、藍のその考え方でいったら、誕生日や記念日とか、特別な日がみんななくなっちゃうじゃん」

「そこまで言ってるわけじゃないんだけど。ただ、昨日と今日っていうだけで、年まで変わってしまう。昨日は終わりで、今日が始まりっていうのが、少し納得できないだけ」


そう言うと、彼女は少しの間「う〜ん……」と考えていたけれど、答えがまとまったのか再び口を開いた。


「誰にだって、始まりと終わりがある。それは生死のこともあるけど、もちろん他のことだってある」


そこまで言って、ナマエはボクのほうへ顔を向けた。
曇りのない澄んだ瞳が、ボクの瞳にまっすぐ注がれる。それは、彼女がボクに大切なことを伝えたいという合図。


「藍にだって、初めて歌った日とか、デビューした日とか、みんなと出会った日とか……他の人にとっては何気ない一日でも、自分にとっては”始まり”になった日があるでしょ?」


確かにそれはその通りだ。
今ナマエが言った日はもちろん、他にもたくさん”始まり”になった日はあった。
ロボであるが故、何一つ忘れてはいない。どの日も正確に、鮮明に、メモリーに刻まれている。


「一月一日っていうのは、その”始まり”の日を、みんなに平等に与えてくれている日なんじゃないかな」


ナマエは自分の出した答えに満足したようで、ニコニコ楽しそうに笑っている。


「始まりの日を知りもしない何かによって与えられてもね……なんだか強制みたいだ」

「でも、始まりの日ってなかなか自分で決められるもんじゃないと思うよ。自分が望んでなくたって、突然やってきたりするから」


さっきより少し重たげな口調で言葉を紡ぐナマエ。
ボクより少し年上なだけなのに、ボクよりいろいろな経験をしているようだった。


「たとえ突然やってきたって始まりの日は始まりの日なんだから、それを自分がどうとらえるかで特別な日になるか、どうでもいい日になるかが変わってくるんだと思う」


自身の経験から導き出された答えほど、説得力を持つものはないだろう。
ボクが知るはずもない何かを思い出して少し苦しみながらも、その姿は、言葉は、確かに前を向いている。
彼女はなんてまぶしいのだろうか。


「……ボクはそういった経験はないから確信を持って言えるわけじゃないけど……
確かに、キミの言う通りなんだろうね」


ボクのもののとらえ方なんて、単なるパターンでしかないのだから。
それ以上でも、それ以下でもない。
答えは残酷なほどに、単純だ。


「そういう経験がないっていうのも……悲しいことだね」

「そう?」

「だって……あ、そうだ」


何か思いついたのかぱっと顔を上げ、ボクの手をつかんできた。
温かくて、安心感のあるナマエの手。
ボクの手と比べたらかなりの温度差があるはずなのに、それを気にする様子もなく笑顔で言い放った。


「藍、ちょっとついてきて!」

「何で?」

「いいから!」


仕方なく立ち上がると、すごい力でぐいぐい引っ張ってくる。
もちろんボクのほうが力はあるけど、彼女を止める気はないのでそのままにしておく。
二階への階段を上り、ガラス張りの扉を開けてベランダに出た。
冷たい空気が吹きこんできて、その寒さに彼女が少し身を縮める。


「ベランダに出るなら何か上に羽織ってくればよかったのに」

「うぅ、そうかも……あ、でも、ちょうどいい時間みたい」


ほらほら、と言って遠くのほうを指さす。
見ると、真っ黒な地平線から太陽が昇ってくるところだった。
先程まで濃紺だった空に強い光を放ち、地上をも照らす。
ゆっくりとその全貌を表しつつ空を赤く染めてゆくその姿は、とても美しかった。

太陽が昇り切ってしまうのをお互い無言のまま見届けると、ナマエが嬉しそうに話しかけてきた。


「どう?感動した?」

「これが日の出か……情報としては知っていたけど、実際に見るのは初めてだよ」

「うん。しかも、初日の出。見逃さなくてよかったぁ」


初日の出も元日同様めでたいとされている。
……でも、


「藍は初日の出も、他の日の出と変わらないって言うかもしれない。
でもね、私にとっては初日の出って、とても大切で、特別なものなんだ」


今言わんとしていたことをナマエに言われてしまった上に、初日の出は「大切で特別なもの」だという。
予想外のことばかりで、思わず口をつぐんだ。


「それに今年は、藍と一緒に見ることができた。
……そんな日でも、藍は”特別じゃない”って言う?」


彼女はとても頭がいい。
ボクと対等に会話ができる人物なんて、そうそういない。
だからこそボクは今、彼女の策略に乗せられてしまっている。

ここで「特別じゃない」なんて、言えるわけがない状態にさせる――彼女の策略に。

しかもやっかいなことに、素直な性格の彼女の言動には裏がない。


「……これは……してやられたね」

「え?」

「……キミには敵わないな」


ナマエと一緒に初日の出を見て、日の出の美しさを知ることができた。
こんな素晴らしい始まりの日を、特別じゃないなんて言えるわけがない。


「ナマエ、」

「何?」


ボクの知らなかった世界を教えてくれたキミに、愛を込めて。


「ありがとう」






Beautiful morning glow


(my most unforgettable particular day.)






2013.01.02





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