short story | ナノ

 曖昧なボーダーライン(音也)

放課後の教室。
そこほど課題をするのにうってつけの場所はないだろう。
ピアノがあるのがすごくありがたい、というのもあるけれど、なんといってもその空気がいい。
季節が夏から秋に移り変わろうとしているこの時期、だんだんと日が短くなってきて、まだそこまで遅い時間ではない今でも、窓から夕日がキラキラと差し込んでいる。
そんな中で、自分が弾いているピアノの音とペンを走らせる音以外は無音な空間。
それが私は大好きだ。

だけど、今はほかにも音がある。


「あれ、もう書かないの?」


ピアノの前に座る私の隣には、パートナーである音也がいる。
私より窓に近い位置に座っているため、彼の特徴のひとつである赤い髪には西日が降り注いでいる。
オレンジと赤が織りなす透明感のあるグラデーションがとても綺麗で、ついつい見とれてしまいそうになるけれど、その美しい色彩を彼自身が台無しにしている。
なぜかといえば、


「……まだ書くけど、音也うるさい」


一番近くにあった椅子を持ってきて背もたれを正面にして座っているのは別にいいのだけれど、時々椅子を揺らしてガタガタ大きい音を出すのにはイライラする。
はっきり言って雑音だ。


「えー、そんなにうるさい?」

「集中できないのよその音。……小さいころからの癖、まだ治ってなかったの?」


そういうと音也はぴたりと動きを止め、驚きながらこちらを見た。


「……俺の癖、覚えててくれたの?」

「当たり前でしょう。毎日隣でガタガタやられてたら、忘れられないわよ」


私と音也は小学生のころ、ずっと同じクラスだった。
と言っても、私は小学校三年の夏休み前くらいに転校してきたため、音也と一緒にいたのは実質三年くらいなのだが。
すごく中途半端な時期に転校してきてなかなかクラスになじめなかった私に声をかけてきたのが音也だった。
それからはいつも音也と過ごす日々を送っていたのだが、それも中学生になる前に終わりを告げた。
小学校卒業と同時に私はまた引っ越してしまったため、それ以降音也と会うことはなかったのだが、まさかこの学園で再会するとは。


「……嬉しいなぁ」

「何が?」

「名前が、俺のこと忘れないでいてくれたこと」


そういうと、普段の二カッとしたものとは違う、優しい笑顔をこぼした。
いつも明るく振る舞っているけれど、やはり彼はほかの人たちより「人からの愛情」が足りていないのかもしれない。
だからこそ、いろんな人の心の中に「一十木音也」という存在があってほしいのだろう。
だってそれが、彼にとって一番の幸せなのだから。


「忘れてないわよ、何ひとつ。……音也の恥ずかしい思い出たちは」

「え、何それ」

「何なら今から一つづつ丁寧に話し――」

「うわぁぁ!!いいって!やめて!お願いします!」


思い当たる節があるのか、顔を髪の色に負けないくらいに紅潮させ、手をブンブン振っている。
なかなか面白い反応だったけれど、これ以上いじめるのもかわいそうなので「冗談よ」と言って笑った。
すると音也はすごくほっとした表情になり、「よかったぁ……」と大きく息を吐いた。

……さて、そろそろ課題を進めなければ。
そう思ってピアノに向き直る。
それから音也はおとなしくなり、私の作業を見つめていたけれど、五分も経つと「暇だなー」と言い始めたので歌詞を考えさせておくことにした。
……のだが、最初は集中していたもののだんだんアイディアが詰まってきたのか途中で放棄し、最終的にはぐでーっと椅子の背もたれに寄りかかるというやる気ゼロの態勢に入った。
これはもう駄目だな。


「ねぇねぇ」

「何?」

「暇だよー」

「……歌詞考えててって言ったでしょ」

「うーん、でも、曲が完成してからのほうがやりやすいんだよなー」


確かに曲はまだ半分くらいまでしかできていない。しかも、放課後になって曲の続きを作り始めてから一時間は経っているのだが、音也が話しかけてくるおかげで数小節しか進んでいない。
効率よく進めるにはどうしたらいいか、という疑問に考えを巡らせながら「わかった」と言って立ち上がり、目の前にある楽譜を閉じる。


「じゃあ寮で考えてくる。誰かさんがいないおかげで、ここでやってるより早く進められるしね」


そう言って帰り支度をしようとすると、


「えっ!?ちょ、ちょっと待って!!ここで考えてってよ!」

「何で」

「そ、それはその……えっと、ほら、パートナーとして曲がどこまでできてるのか知っておいたほうがいいし、それに……名前が作曲してるところ、見てたいんだ!」


台詞の後半になるにつれ顔は紅潮していき、あわってぷりは先程と負けず劣らすだ。
違うところと言えば、椅子から立ち上がっているということだろうか。
驚きと呆れが混じった息を吐いてから、


「……じゃあ、作曲の邪魔しないって約束、できる?」

「!……うん、できるよ!」

「わかった。……もう少し、ここで考えていくよ」


音也がそう長くおとなしくしていられないことなんてわかりきっているのにこういってしまう私は、彼に対してすごく甘いのだろうか。
「やったぁ!ありがとう名前!」と言う音也に、そんな感謝されるようなことをした覚えはないけれど……と思いながら、再び椅子に座り、楽譜を開いた。
音也も椅子に座り、少しづつ、でも確実に五線譜に綴られていく音符を見つめていたのだが、ふっ、と私のほうを見て少し戸惑ったあと、意を決したのか、口を開いた。


「ねぇ」


このおしゃべり男、さっそく約束を破ってくれました。


「何?」

「俺、名前のこと、好きだよ」


何の前触れもなく、突然告げられた言葉。
思わず、五線譜の上にある手が止まる。だけど、またいつもの冗談か、と思い「はいはい」と受け流した。
すると音也は今の反応が気に入らなかったのか急に立ち上がり、私の手をぐっ、とつかんできた。


「ちょっ、音也……」

「冗談なんかじゃないよ」


まるで先程の私の思考を見透かしていたような言葉に驚いて、何も言えなくなってしまった。


「名前にとっての俺は、ただの幼馴染かもしれない。……でも俺は、もうそんな関係じゃいやなんだ。
……だから」


そう言った音也は私が今まで見たことない真剣な表情をしていて、その赤い瞳はまっすぐ私の瞳をとらえている。
そして私が最も恐れていたことを、いともたやすくやってのけた。
踏み出せずに止まっていた時が、動き始めた。


「俺の恋人になってください」






曖昧なボーダーライン


(越えてしまったら、二度と戻れない)






2013.01.01





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