◎ 美しい風に吹かれ(藍)
「うわあ……綺麗……!!」
シャイニング寮の近くにある桜並木の桜はほぼ全てが十分咲きで、その小さくも可憐な花を十二分に楽しめる頃合だった。
ボクは「桜を見に行きたい」というナマエの唐突な思い付きに珍しく賛同し、ここにいるわけだ。
でも、賛成した理由がないわけじゃない。ひとつはこの場所は人気があまりなく、今日はボクも彼女もオフだということ。もうひとつは、
「桜って、こんな風に散るんだね」
「えっ?美風くん、桜が散るところ見るの初めてなの!?」
「そうだよ」
桜がどんなふうに散るのか見てみたかったから。
前に見たことはあるけど、その時はこんなふうにじっくり見ることが出来なかった。
これはデータ収集のいい機会かな、なんて…――そんなのはきっと、建前なのに。
でも、桜を見るのは嫌いじゃない。不思議なことに、ボクの中で桜は他の花とは違った存在に位置づけられている。なぜだかはわからないけれど。
「そっか……じゃあ、来てよかったね!」
「……そうかも、しれない」
曖昧な返事になってしまったのは、彼女の言動があまりにまっすぐなものだからだろう。
ナマエと話していると妙に素直になれない自分がいて、少し驚く。
素直になってしまうのが恥ずかしいような気がするのはなぜだろう、と思いながら花びらの舞う中をゆっくりと歩いていく。
しばらく進むと、ボクの先を行く彼女が立ち止まって、静かに話し始めた。
「桜って……”一瞬”って感じがするんだ」
「一瞬?」
「うん。桜の花びらはこうやって散っていく……その風景は来年もまた同じだけど、同じ花びらは二度と見ることができない。この花びらが輝けるのは、今このときっていう一瞬だけ……そんな感じがするんだ」
確かにその通りだ。
来年また同じ風景が広がっていたとしても、今ここで散っている花びらは来年また散ることはできない。
厳しい冬を耐え、春に花を咲かせ、そして散ってゆく。……桜の一生は、なんて儚いのだろうか。
「なんだか悲しいことのような気がするけど……きっと、悲しいだけじゃない。一瞬だからこそ、輝いて見えるんだろうね」
今まで、人は花見にどういった楽しさを見出しているのだろうかと思っていたけれど、こういう考え方を持って見るなら、ただ惰性で見ているだけとは違う何かを感じ取れるのだろう。
彼女もボクと同じように桜に特別な想いを感じているのだと知って、喜びを含んだ驚きがボクの身体中に広がってゆく。
「だからさ、美風くん」
彼女が振り返り、優しい笑顔を湛えながらボクのほうを見る。
「二度と帰ってこないこの”一瞬”を、大切に生きてゆこう」
生きる、という明確な感覚は、まだボクにはわからない。
でも、それでも――キミがそう願うなら。
「それは、ボクとキミがずっと一緒に……ってこと?」
「そうだよ」
その言葉が返ってくると確信しながらも問いかけてしまったのは、ボクの弱さだったのだろうか。
そんな弱さを吹き飛ばしてくれるまっすぐなキミの言葉に背中を押されながら、自分の中に生まれた想いを言葉にする。
「キミとなら、いつまでも一緒に生きて行ける……そんな気がする。こんな気持ちにさせるのは、キミだけだよ」
そう言ってを自分の腕の中に引き寄せると、彼女は驚きながらボクを見上げてきた。
「みかぜ、くん?」
「……さっき言ったこと、責任持ってよね。
好きだよ、ナマエ」
美しい風に吹かれ(花は散りゆき愛降り積もる)2013.08.11