◎ 家族になろう(音也)
きっと俺は、夢を見ているのだろう。
俺は今――いや、実際には今ではないかもしれないけど――
白い空間の中に立っている。
視界ははっきりしていなくて、自分の姿ですら霞んで見える。
ここは、どこなのだろうか。
夢の中だ、と言ってしまえばそれまでだけれど。
ふっ、と前を見てみると、さっきまで真っ白だったそこに大小ふたつの人影が現れた。
誰だろう、と思っていると、小さいほうの人影がこちらへ走ってくる。
「父さん、お帰り!」
そう言って俺に抱き着いてきたのは、まだ幼い男の子だった。
俺にはまだ子供がいないどころか、結婚もしていない。
だけど、この子は俺の子だ、と思った。
何の根拠もないけれど、そうだという確信がある。
そうしているうちに、大きいほうの人影もすぐ近くまで来ていた。
目を凝らしてみると、それは俺の一番大切な人――名前だった。
彼女も「お帰り、音也」と俺に笑顔で告げる。
これはきっと、「名前と紡ぐ未来がこうであったらいいな」っていう、俺の願いが夢になったものだろう。
夢だとわかっていても、この人たちは、俺の――……
目が覚めると、見慣れた部屋の天井が俺の視界を埋めた。
帰ってくるなりソファーで寝てしまったことをどうにか思い出しながら時計を見ると、かなりの時間寝ていたことが分かった。
キッチンからは夕飯を用意する音がして、彼女が帰宅していることを教えてくれる。
いまだ夢から醒め切れずにボーっとしていると、エプロンを外しながら名前がこっちにやってきた。
「おはよう音也。よく寝てたね……って、どうしたの?」
「……え?」
何のことだろう、と思った瞬間、自分の目から雫がひとつ、すっと頬を撫でていった。
「何か嫌な夢でも見たの……?」
心配そうに俺を見つめる彼女に「違うんだ」と答える。
「嫌な夢じゃなくて……すっごく、幸せな夢を見たんだ。俺と名前が結婚しててさ、子供もいて……二人に”お帰り”って温かく迎えてもらっててさ……」
俺には家族がいなかった。
施設のみんなのことはもちろん大好きで大切な家族だったけど、本当の家族は一人もいない。
だから俺は、”家族”にあこがれがある。
「……ほんとに、幸せな夢だったなぁ……」
夢だった、と思うとなんだか切ない気持ちになる。
じわり、と涙がにじんで視界が歪んだ。
「泣かないで、音也」
「ごめん、わかってるんだけど……俺……っ」
悲しくなんかないはずなのに、涙があふれて止まらない。
子供みたいに泣きじゃくる情けない俺を、彼女は「大丈夫だよ」と言いながら抱きしめる。
「私はいつまでも音也のそばにいるし、音也が帰ってくるべき場所で”お帰り”って言うよ」
「……うん」
「それに、その音也の夢は……私の願いでもあるから」
「……え?」
予想外の言葉に思わず顔を上げると、優しい笑顔を湛えた名前が目の前にいた。
「……ほんとに?」
「ほんとだよ」
「……こんな情けない俺でも、家族になってくれるの……?」
「うん。……私は音也と、家族になりたい」
その言葉を、俺はどれだけ待ち望んでいただろうか。
きっと、この言葉を聞くために今まで生きてきたんだろう。
たとえこの先何があっても、二人で乗り越えていこう。
今日見た夢が、現実になることを夢見ながら。
家族になろう(俺の幸せは、すぐそばにあった)2013.01.10
一十木の日おめでとう!