short story | ナノ

 家族になろう(音也)

きっと俺は、夢を見ているのだろう。

俺は今――いや、実際には今ではないかもしれないけど――
白い空間の中に立っている。
視界ははっきりしていなくて、自分の姿ですら霞んで見える。

ここは、どこなのだろうか。
夢の中だ、と言ってしまえばそれまでだけれど。

ふっ、と前を見てみると、さっきまで真っ白だったそこに大小ふたつの人影が現れた。
誰だろう、と思っていると、小さいほうの人影がこちらへ走ってくる。


「父さん、お帰り!」


そう言って俺に抱き着いてきたのは、まだ幼い男の子だった。
俺にはまだ子供がいないどころか、結婚もしていない。
だけど、この子は俺の子だ、と思った。
何の根拠もないけれど、そうだという確信がある。

そうしているうちに、大きいほうの人影もすぐ近くまで来ていた。
目を凝らしてみると、それは俺の一番大切な人――名前だった。

彼女も「お帰り、音也」と俺に笑顔で告げる。

これはきっと、「名前と紡ぐ未来がこうであったらいいな」っていう、俺の願いが夢になったものだろう。

夢だとわかっていても、この人たちは、俺の――……




目が覚めると、見慣れた部屋の天井が俺の視界を埋めた。
帰ってくるなりソファーで寝てしまったことをどうにか思い出しながら時計を見ると、かなりの時間寝ていたことが分かった。

キッチンからは夕飯を用意する音がして、彼女が帰宅していることを教えてくれる。

いまだ夢から醒め切れずにボーっとしていると、エプロンを外しながら名前がこっちにやってきた。


「おはよう音也。よく寝てたね……って、どうしたの?」

「……え?」


何のことだろう、と思った瞬間、自分の目から雫がひとつ、すっと頬を撫でていった。


「何か嫌な夢でも見たの……?」


心配そうに俺を見つめる彼女に「違うんだ」と答える。


「嫌な夢じゃなくて……すっごく、幸せな夢を見たんだ。俺と名前が結婚しててさ、子供もいて……二人に”お帰り”って温かく迎えてもらっててさ……」


俺には家族がいなかった。

施設のみんなのことはもちろん大好きで大切な家族だったけど、本当の家族は一人もいない。
だから俺は、”家族”にあこがれがある。


「……ほんとに、幸せな夢だったなぁ……」


夢だった、と思うとなんだか切ない気持ちになる。
じわり、と涙がにじんで視界が歪んだ。


「泣かないで、音也」

「ごめん、わかってるんだけど……俺……っ」


悲しくなんかないはずなのに、涙があふれて止まらない。
子供みたいに泣きじゃくる情けない俺を、彼女は「大丈夫だよ」と言いながら抱きしめる。


「私はいつまでも音也のそばにいるし、音也が帰ってくるべき場所で”お帰り”って言うよ」

「……うん」

「それに、その音也の夢は……私の願いでもあるから」

「……え?」

予想外の言葉に思わず顔を上げると、優しい笑顔を湛えた名前が目の前にいた。

「……ほんとに?」

「ほんとだよ」

「……こんな情けない俺でも、家族になってくれるの……?」

「うん。……私は音也と、家族になりたい」


その言葉を、俺はどれだけ待ち望んでいただろうか。
きっと、この言葉を聞くために今まで生きてきたんだろう。

たとえこの先何があっても、二人で乗り越えていこう。


今日見た夢が、現実になることを夢見ながら。






家族になろう


(俺の幸せは、すぐそばにあった)







2013.01.10

一十木の日おめでとう!





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