「ゴー!ベヒモス!」

何者かの声が響けば、霧隠先生の怒鳴り声が響いた。
そして、1度口笛を吹けば、地面からは蛇が現れ
昼間に書いた魔法円が強く光を発した。そして、その魔法円に弾かれたその男は遠くへと飛ばされて行った。
唐突に起こったその状況に唖然としながらも、今が危機的な状況であることは明らかであった。

「魔法円を描いた時に中にいた者は守られ…それ以外一切弾く絶対牆壁だ。まあしばらくは安全だろ」
「ちょ、絶対牆壁!?」
「そんなことよりさっきのは何なんですか!?」
「これも訓練なんですか?いくらなんでもハードすぎじゃ」
「訓練は終了だ。今からアマイモンの襲撃に備えるぞ。」

みんなも混乱のなか、どうにか状況をつかもうと至る所から質問が飛び交うが、霧隠先生は落ち着いて髪を縛り上げながら言った。
その口から出た名前は私とて知っている。いや、祓魔師なら誰でも知っているであろう悪魔の名前だった。

「CCC濃度の聖水で重防御するから皆こっちに集まれ」
「アマイモン??」
「アマイモンって八候王のひとりの…地の王ですか?さっきのが!?」
「そうだよ。祓魔師程度じゃ到底適わない超大物だ。だから、防御するってんだろう。ホラ並べ!」

皆の動揺など気に止めず霧隠先生はテキパキと事を進めていく。それほど緊迫した状況なのだ。祓魔師、要するに人間などでは歯が立たないほどの強い悪魔。そんなものが、なんでこんな所に…。そんな疑問は誰しも浮かんでいるだろう。
並んだ全員に順番に聖水をかけていくが、燐だけは飛ばしてその後手を十字に切りつつ唱えた。

「よし、まあこれでいざ何かあっても体が乾ききるまでダメージを軽減するだろ」
「!?奥村には何もせえへんのですか?」

勝呂くんのその言葉に私も霧隠先生を見ればあー、と少しだけ間延びした声を上げたあと、燐が聖水アレルギーなのだと説明していた。
聞きたいことは山ほどある。この状況のこと。アマイモンの目的。全てが謎なのだ。
私はどこか歯痒い状態に少しずつ焦りを募らせていく。
そんな中私は少し前霧隠先生に言われた言葉を思い出していた。

…いざとなれば使ってみるか?

スッと撫でるように刀に触れる。視線をしたに向けていた時だった。スッと横を誰かが通り過ぎるのを感じる。それを不審に思い顔をあげればしえみちゃんが、フラフラと歩いている。

「しえみちゃん?」

その言葉に返事はなく。眉間にシワを寄せる。不審に思って追いかけようとするが、時既に遅し。ほぼ魔法円の端まで歩いていってしまっていた。

「しえみちゃん!」

私の声に全員が焦る。霧隠先生も燐もはっとして追いかけるも、間に合わない。

「"待って!!"」

その声に一瞬足を止めたようにも見えたが、そのまま魔法円の外へと出てしまった。
するとそこへ上から降ってきたのは先程奇襲を仕掛けてきたアマイモンだった。そして、その横に立つしえみちゃんの目に光は無く。感情のない人形のようだった。

「その娘に何をした!?」

霧隠先生の声が響く。

「ん?虫豸の雌蛾に卵を産み付けてもらいました。孵化から神経に寄生するまで随分時間がかかりましたが、これで晴れてこの女は僕の言いなりだ。」

霧隠先生の質問に淡々と答えたアマイモンは、しえみちゃんを抱えて飛び立つ。それを追いかけて走り出す燐を、止める声が聞こえるが魔法円の外に出てしまう。
すると、先程のベヒモスが現れ燐に襲いかかった。しかし、それを薙ぎ払った霧隠先生の指示で燐は森の方へと走りだし、霧隠先生もベヒモスの相手をしている。

暫くして、今度はけたたましい轟音とともに、燐が吹き飛ばされるのが見えた。

「っ!」

それを見て、思わず口を手で覆った。

無茶しないって、約束したのに!さっきだよ!

それに、なんでか泣きそうになりながら、呼吸する。そして、恐怖で動かなくなっていることを自覚した。また、役に立てないなんてやだよ!

燐のその姿を見た勝呂くんは怒りの表情を浮かべている。

「あ…の…クソが!」

その言葉と同時に外へ出ようとする勝呂くんを全員が止める。

「坊!冷静になって!ネッ!」
「…俺は今猛烈に腹が立っとるんや!!冷静なんぞ犬にでも食わせろや!!」
「坊!!」

そんな志摩くんの静止も振り切って駆け出す勝呂くんを志摩くんも追いかける。
その状況に、意を決して三輪くんまで行ってしまう。
神木さんはありえないものを見るかのように顔を歪めている。
その状況の中、トラ猫が隣に来て話す。

「今行けば、無傷なんてことは確実にないぞ。私とてあれとは戦えぬ…。」
「…っ!」

恐怖に負けそうな自分の両頬を強く叩く。高い音が響けば、ヒリヒリとした痛みと共に少し冷静になる。冷静にはなったが、それでもぐっと足に力を込めて立ち上がれば、ゆっくりと歩き出した。

「ちょっと!あんたまで行くの!?さっきまで震えてたくせに!」
「…怖いよ!怖くて仕方ない!でも!!…でも、見捨てたくないから!約束したから!」

そう言って、走り出せば、後ろから馬鹿じゃないの…。なんて言葉が聞こえてきた。そんなこと、百も承知だ。馬鹿だ。みんなみんな。
それでも、行かなければ私は後悔するの。
神木さんの判断は間違ってない…。本来アレが正しいのだ。それでも、私は…。

「…伊織!!刀を抜け!」

走りながらの指示に、咄嗟に刀を抜く。その刀は前よりもボロボロで、使えるかわからない。
それでも、武器がないよりはましだ。

「使えるかな…。」
「それ単体じゃ木の棒と同じだ!ちっ。いいか、今からお前に直接頭に言葉を伝える。一言一句間違うなよ。」
「な、何のこと!?」
「いいから言え!」
「は、はいぃ!!」

彼自身だいぶ切羽詰まっているようで、いつも以上口調が荒い。森を走り抜けながら、頭に流れ込む言葉を口から紡ぐ。

「"我、汝を従うる者。汝我の願いに答え、その身を我に捧げ、我の矛となれ!!!急急如律令!!!"」

一言一句、ハッキリと発したその呪文に続いて噛みきった指から流れる血を刀身に一直線に塗るとトラ猫は刀に憑依した。刀は白く光輝き、また風をまとっていた。


『これで、数回は使えるだろう。いいか、倒そうなどとは思うな。死ぬぞ!』
「わかった!」


少しずつ開けた場所が見えてくれば、その状況に驚愕する。志摩くんは木に打ち付けられ、三輪くんは腕を抑えて蹲り、勝呂くんは首を掴み上げられていた。

『クソッ!振れば切れる!よく狙えよ!!』
「っ!!わかった!!っ!」

その言葉にたっと駆け出せば、アマイモンの腕めがけて刀を振り上げた。その際、パキンッと嫌な音が響く。
振り上げた刀から、勢いよく飛んだ斬撃は上手く間を抜け少しずれるが、腕を掠めた。
それに、勝呂くんを離すと、ゆっくりとこちらを向く。

「…お前……。」
「っ!」

確実に標的が私に変わったのを理解した。
震えそうになる体を必死に抑える。
パッと目の前から消えるアマイモン。

『上だ!』
「くっ!」

トラ猫の声に左に避けるが、その衝撃は凄まじく頬に痛み。切れたことをすぐに理解した。すぐさま大きく間合いを取る。

「…避けましたか?人間の癖に…」
「くっ!燐!みんなも!大丈夫!!」
「お、まえ!!なんで来たんだ!」
「結崎さん…」
「なんでって、たすける、ためだよ!」
「やめえ!流石に無理や!」
「早く逃げろ!」

アマイモンの声はどこか楽しげな色を浮かべた気がした。
燐の声や勝呂くんの声が聞こえる。
しかし、肩で息をする私はそんなことなど気にする暇もないくらいに考えていた。死なずにみんなを助ける方法をひたすら思案する。しかし、何も思い浮かばないのだ。この状況の中の考え事はまずい。それを頭から振り払う。

「ま、ずいなぁ…これ、予想以上につか、れる。」
『今止まるなよ。完全にその気にさせてしまった。今やめれば死ぬぞ!』
「くっ!」

避けたのなんてまぐれなのだ。そう易々と出来てたまるか。はぁとため息を吐いた時だった。目の前に突っ込んでくる姿を捉えると、咄嗟に刀を前に横にして構えた。
しかし、当然耐えれるわけもなく吹き飛ばされる。

「伊織!!!」
「くっ!!…けほっ!うくっ……スゥ…骨は…いってない。」

燐の叫ぶ声が聞こえるが、ただひたすらに現状把握にいそしむ。
咄嗟に構えた刀はどうやら少しはアマイモンを切りつけたらしい。
また一つ高い音が聞こえた。
アマイモンは少しばかり自分の手を見つめて、また私を見る。

「…ムカつくなぁ。あと、邪魔です。あー。でも、兄上に殺すなと…うーん…」

少しばかり機嫌を悪くしたのは明らかだった。
背筋を嫌な汗が伝うのと、得体の知れない恐怖が背中を履い回る。考え事を始めたようで少し気がそれているのを感じた。
視界の端で、勝呂くんが三輪くんと共に志摩くんのところまで行ったのを確認する。

「この刀もうダメだな…あと一発…いいやつお願いね……スゥ、逃げれるなら早く逃げて!」

ポツリと呟くようにトラ猫に対していう。
そして、周りに聞こえるようにいう。

「あほか!んなこと出来るわけないやろ!!」
「結崎さん!!」
「伊織ちゃん!あかんて!!」
「やめろって言ってんだろ!お前じゃかなわねーよ!」

「わかってるよ!でも、皆に死んで欲しくないもん!」
『お主…死ぬぞ…。刀ももうもたぬ。逃げるなら今だぞ…。』
「そんなこと言って、相手は逃がす気ないよ?」

ぐっと刀を握って、相手を見据える。
大きく息を吸いこみ、刀を構える。そして、口にたまる血が端から零れるのを拭った。

「…まあ、殺さない程度ならいいか。えーい」

その声と同時に、刀を振ろうとした時だった。
今までとは比べ物にならないほどの速さで視界から消えると、私はいつの間にか地面に押さえつけられていた。

「ふっ…くぅ…はっ」

仰向けに押し倒された状態で首に手を回される。
少しずつ閉まるそれに、視界が霞み始める。

「結崎!!」
「伊織!!」
『伊織!!』

私を呼ぶ声がする、トラ猫の声も少し遠い…。
刀は少し遠くに転がっている。
抵抗してみるも、やはりどうしょうもなくて、徐々に首が締められる。とてつもない恐怖が私を覆い尽くす。

苦しい。痛い…。助けて…。死にたくない…。

「っ……て……。」
「なんですか?」

「っ…くっ……て…"やめて!!!"」







パキンッ

高い金属音がすれば、強い風が辺りを吹き荒れる。
そして、アマイモンは私の言葉に従うように、パッと手を離した。
彼自身何故そのような行動に出たのか全く理解していないようだった。
その隙を狙って何か大きな者が私の前に盾となるように立ちはだかる。それに、咄嗟に後ろに飛び退いたアマイモンにその大きな生き物は攻撃をする。

「げほっ!けほっ!!」

大量の空気を吸い込んだ肺はその刺激に耐えきれず、咳き込む。
地面に手をつき、肺に徐々に酸素を送りつつ、前を見れば白い大きな虎が1匹アマイモンと戦っていた。

しかし、それも横に薙ぎ払われると、明らかに怒り心頭と言った感じでアマイモンは今度は容赦なく私の首に掴みかかった。

「本気で邪魔です。むかつきます。」
「くっ……!!」

今度は徐々にではなく容赦なく首を絞めてくる。
ああ、これは無理だなと思った時だった。

「やめろ!!」

その大きな声に反応したアマイモンの手は少しばかり緩くなる。

「兄さん!これは罠だ!誘いに乗るな!」
「雪男…わりぃ…俺。嘘ついたり誤魔化したりすんの…向いてねーみたいだ。」

「り…ん…?」

叫ぶ雪男くんの声と燐の声が聞こえる。
かすれる声で彼の名を呼ぶが、少しばかり私に微笑んで彼は刀を握った。

「だから俺は」

その言葉とともに燐は刀を鞘から抜いた。

「来い!!相手は俺だ!」

その言葉にアマイモンの手は開き、私は地面へと落下する。
首に手を当て視線をあげれば青く光る炎を纏った燐の姿。
それを見て、アマイモンは燐へと向かっていく。

酷くむせかえる私は、その光景をただひたすらに眺めた。青く光るそれは、燐から発せられており、 また尻尾のようなものも見て取れた…。

2人は激しい戦闘を繰り広げながら暴れ回る。

「皆さん大丈夫ですか?」

近づいてきたのは雪男くんで、とにかく離れるように指示を出す。
ゆっくりと足に力を入れるも、ガクンと膝をついてしまう。雪男くんはしえみちゃんを、背負っているし、三輪くん、志摩くん、勝呂くんも無傷ではない。
動けない私は、誰に頼ることも出来ず、少しばかり焦る。

「全く、世話のやける…。」

そう言って、私を掴みあげたのは先程の大きな虎。

「…誰?」

その問いに、黙りを決め込む虎にムッとしていれば、はぁとため息をつかれた。

「…私だ。」

そう言うとポンッと軽い音を立てて、トラ猫の姿へと変わった。


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