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辺りはすっかりカラス色。
煌びやかに輝く街の一角にある寂れたバーでひっそりと溜め息をつく。
薄暗い店内は割と嫌いじゃない。
その奥に佇むピアノの前へと着飾った俺は足を進める。
小さな段差しかないここをステージと言っていいのか、一応裾を踏まないようにドレスを摘んで段を上がる。
スタンドマイクの前に立てば店が雇ったピアニストが鍵盤に指を添えてこっちを見ていた。
目配せするとスッと目線を伏せて聴き慣れたメロディーが奏でられていく。
それに呼吸を合わせて、声を乗せた―………
「やぁ、今日も素敵だったよ…ディーヴァ」
今日の仕事を終えてカウンターでまったり独り酒と洒落込もうかと思っていると、艶のある声音が耳に届く。
「あら…今日もいらしてたの?」
「君の歌声があまりにも魅惑的で、ね……気がつくと足が勝手にここに向かってしまうのさ」
そう言って彼は真っ赤な一輪のバラを差し出してくる。
彼―……ベルナルドは最近足繁くこの店に通っている客だ。
自称金融関係の仕事をしているらしいが、安月給なのか俺が見る限り酒はグラス一杯で終いで、見た目もどこか胡散臭い。
「いつもありがと」営業スマイルを向けてそれを受け取ると、ベルナルドはうっすらと頬を赤らめながら隣へと腰掛けてきた。
いつもこうだ。
この後はグラスを傾けながらただただ静かに飲んで帰って行く。
それがお決まりで、今日もそれは変わらず終わりを迎えた。
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