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「…ちょっとやり過ぎた、かな?」

部屋に着いて、水を一杯飲み干してふと思い返していた俺は少し反省していた。
いくらなんでも蝋燭の演出はやり過ぎだっただろうか…
イヴァンの真っ青な表情がフラッシュバックする。
可哀想な事をしたな。

皆はどうしただろうか、部屋に戻ったかな?なんて考えながらベッドのシーツに依ったシワを伸ばし、さぁ寝ようかと帯に手を掛けた時だった。

コンコン

控えめなノックの音が部屋に響き、動きを止めてドアの方へと視線を向ける。
未だドアの前から動こうとしない気配はジッとしていて、声を発さないということを考えるとどうやら部下ではないらしい。
兵隊さんたちは皆ノックの後声掛けるしね。

浴衣を脱ぐのを諦めて扉の方へと歩み寄る。
殺気も感じない、心配する必要もなさそうだと扉を開いた俺は少々驚いた。

「…よ、よぅ」

「………イ、ヴァン?」

そこには気まずそうにするイヴァンの姿があって、普段ならあんなノックしない彼が声を荒げる事もなくやって来た事に驚きを隠せない。

「コレ、前に読みたいって…言ってただろ?」

持って来てやったんだ、感謝しろとそっぽを向きながら差し出されたのは最近人気の小説で、どこの本屋に行っても売り切れで諦めていた俺にイヴァンが持ってると上から目線で自慢してきた代物だ。
読み終えたら貸してくれると言ってはいたけれど、わざわざ持って来てくれるとは思っても見なかった。
まぁ口は悪いが律儀な彼なら頷けるが

「まさか持って来てくれるなんて、ありがとうイヴァン……それじゃおやすみ」

「ちょ…ッ!?持って来てやった俺に礼も無しで帰すとはどーいう事だッ、アオイ!!」

本を受け取りドアを閉めようとした途端、扉に手を掛けてそれを阻止する彼に驚いた俺は反射的に扉を引く力を強めた。
なんていうか…危機迫るものを感じた、とでもいうか……

「礼なら言ったでしょ!?っていうか何時だと思ってるんですっ!?お礼なら本を返す際にちゃんとしますから、今日はお帰り願います…っ」

「今しろ!!今すぐだ!!じゃねーと騒ぐぞ!!」

「もう十分騒いでます、よッ」

「ぅぎゃッ!!」

扉を掴んだままの攻防戦にもいい加減疲れて手を離せば、その勢いでイヴァンが後ろへ転げて蛙が潰されたような声を上げた。
強く打ちつけてしまったのか、尻をさすりながらも立とうとしない彼にため息を一つして側へと寄って手を差し出す。

「………」

「さぁ、手を……わざわざ来たのには理由があるんだよね?中で聞くから…ほら」

少しむくれながらも彼は俺の手を取り、渋々といった風に俺の後に続いて中へと入ってくる。
ただちょっと気になったのはドアの鍵を掛けた事だ。

「…何で鍵を?」

「………」

「だんまりは感心しないな……俺を親友だと言ってくれたのはイヴァンだろ?困ってるなら助けたい、だから話してくれないか?」

扉から少し離れた場所に立ち尽くしたまま俯いたイヴァンは黙り込んだまま話そうとしない。
脱獄に成功してデイバンに無事辿り着き、死線を切り抜けた俺たちは何時しか友情のようなものを互いに感じていた。
"お前は俺のダチだ…いや、親友だな!"そう言って俺の肩へ腕を回してきたイヴァンが、初めて見せた無邪気な笑顔は今でも鮮明に思い出せる。

それを口にすれば話してくれるんじゃないかと思ったんだけどなぁ…

小さく息を吐いてベッドへと腰掛けるとスプリングがキシリと軋んだ。

「………だからな」

「…何か言ったか、イヴァン?」

「オメーがッ!!アオイがあんな話すっからいけねーんだっ!!皆さっさと部屋に戻っちまうし、部屋行ったら何か視線感じておちおち眠ってらんねェんだよ!!!」

あはは、そういえば神経質だったか。
からかうには凄く面白い男だ、この性格だからすっかり忘れていた。

「ごめん、イヴァン…っ」

「笑うなッッ!!クソッ、ファック!」

乱暴な言い方だったが、つまり怖くて独りじゃ寝れないよぅ、っという事だと解釈するとあまりにも可愛くて笑ってしまう。
そんな俺を見て羞恥に顔を赤らめたイヴァンがスラングを叫び出したので、目尻に溜まった涙を指で払って声をかけた。

「近所迷惑ですよ、ドン・フィオーレ?」

「うっせーバカアオイ!!」

「俺の部屋は安全だよ、大丈夫…今夜は泊めてあげるから」

苦笑してそう言ってあげれば、イヴァンは大人しくなって俺の目の前まで歩みよってきて立ち止まる。
俺的には親友というより可愛い"弟"のように見えるが、そんなことを言ったらきっとまたあの喧しいスラングが降ってくるだろうから黙っておこう。
にっこり笑って頭を撫でてやれば、少しだけ罰が悪そうな…そんな表情をして抱きついてきた。
確かに、こんな弱った姿は部下たちには見せられないし、幹部連中になんて以ての外だろう。

適任は俺か、そんな事を思うと今度は親の気分だ。
優しく背を撫でてからポンポンとあやすように軽く叩いてやれば、段々とイヴァンの呼吸が落ち着いてくる。
身体を離してもう一度髪を撫でてやってから立ち上がった。

「それじゃぁ寝ようか…イヴァンはベッド使って?俺はソファーにでも……、イヴァン?」

毛布がどこかにあったはずだと探しに向かうべく足を進めようとした瞬間、袖の裾を掴まれ俺は振り返った。

「別々に寝たら、っ…意味、ねぇだろうが」

「……ぁ」

そんなに怖かったのだろうか。
本当にやり過ぎてしまったのだと、今の彼を見て反省する。

「分かった、それじゃ電気消すよ?」

枕元にある小さなスタンドライトを照らして、部屋の電気を消した。
先にベッドに入っているイヴァンは片側のスペースを空けて待っていて、俺がベッドへ横になるのを見届けると背を向けてしまう。

「ライトはそのまま点けておこうか?」

「……いい」

ぶっきらぼうな物言いに苦笑した俺は言われた通りにライトを消して、向けられたイヴァンの背へと触れてゆっくりとさするように撫でてやる。

「怖がらせてごめん…でもありがとう、俺を頼ってくれて」

「……話した張本人はテメーだろうが、責任取るのは当然だ」

「うん、ごめん……」

凄く申し訳なくてシュンとなった俺に、イヴァンが勢い良く振り返って俺を睨みつけてくる。

「ダーッ!!もう怒ってねぇよ!…つーか、怪談なんだから怖がらせンのが普通だろうがよッ」

だからこれでチャラだと言うイヴァンに笑いかけて、俺たちは眠りへとついた―………






目が覚めたとき、手が握られていたのを見た時はさすがに驚いたが……



END




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