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隣に隆がいるのをいいことに、腕を抱きしめて一樹さんに食いかかる。
1人じゃきっと、一樹さんに流されちゃう。
でも、流されちゃいけない問題だと思うから。


「俺がいつお前を好きじゃないって言った!」

「言ってはないけどっ」

「言ってないなら違うだろ!」

「普通好きじゃなくても本人に“俺、お前が好きじゃないんだ”なんて言わないでしょ!」


売り言葉に買い言葉。
どんどんヒートアップする言い合いに、言い返すものの頭がついていかずにぐるぐるする。
さっきから涙腺が緩みそうで、必死に堪えてたけど、もう限界が近い。


「っ、なんで何も喋ってくれなかったの…!」

「は…?」

「手も! なんで繋いでくれなかったの!」

「ちょ、慈雨?」


あのとき。
いつも帰り道に会ったとき、今日あったこととか話してくれてたし、私が恥ずかしいって言っても必ず手を繋いでくれてたのに。
なにも、なかった。
最近上の空だったのだってきっと私以上の人ができたから、その人のこと考えてたんだ、きっと。

そう思うと、ずっと一樹さんだけを好きな私が悔しくて、惨めで。
流れ出した涙がとまらない。


「っ、もう一樹さんなんか知らない…!」


濡れないように隆から離れて俯き、とまらない雫を必死に隠す。
隆もいい迷惑だよね、ほんとこんなことしたら余計に嫌われちゃうのに。


「っ、」

「……泣くなよ、」


不意に一樹さんの匂いがしたと思えば、ぎゅっとあたたかい感触。
耳元で一樹さんの声が聞こえて、やっと抱きしめられたことに気付いた。


「悪かった、謝る。
でもな、俺はお前のこと今でも愛してるから。」

「か、ずきさん……」

「ほんとはこんなとこで言うつもりなかったんだが、」


そう言ってそっと離される体。
それからそっと左手を取られて、一樹さんの顔を見たら。


「俺と、結婚してくれないか。」

「……!」

「ま、お前に拒否権はねぇけどな。」


スッと嵌められた指輪に声が出ない。
それを知ってか知らずかニヤリといつものように笑う一樹さんに、私は思わず抱きついた。





(「証人は犬飼だな。」)
(「え? あ、はい!」)
(「隆ぁ……。」)
(「はいはい、よかったな慈雨。だから泣くな。」)
(「うぅ…っ」)




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