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何も焦る事はないって、私は小さい頃からそう頭の中に擦り込まれてきた。何にも欲する事なく、関わる事なく、そして干渉する事なく。
世の中には色々な親がいると思う。自分は親から知らず知らずの内に教わった事が“当たり前”になっていく。それが私の場合、“必要以上に他人と関わるな”だった。挨拶はするし会話もする。だけど、私はいつの間にか心の拠り所とする何かを失っていたのだ。
まぁ、これはここに入学する前までの話しなんだけど。


「過干渉も甚だしい!!!」


ダンッ――……!!!


「あの〜、名前ちーん?」

「ったく何なのよ、私が誰にどう接したってアイツには関係ないでしょ!?」


目の前では桜士郎が顔を蒼くしながら必死に作り笑いをしている。あぁもう、これも全部アイツのせいだ。
私は先程机の上にたたき付けた右手を定位置に戻し、握り締めていたスプーンでまた食事を再開する。


「一樹はさぁ、名前ちんが心配なわけよ。名前ちんだって、本当は分かってるんでしょ?」

「分、か、ら、な、いっ!!!」

「くっひひ〜、こりゃあの一樹も降参すっかもねー」


ツンドラな名前ちん可っ愛〜い、とか何とか言いながらずるっとラーメンを啜った桜士郎。そもそも、何故桜士郎が私と一緒に食事をしているのかが分からない。私はイライラを吐き捨てるようにオムライスに刺さっていた旗を勢い良くすぽっと抜き取った。


「名前ちん、自分がどれだけ可愛いか…知ってる?」

「は?なに、いきなり」


私は断じて可愛くない。顔は言わずもがな普通。不細工なんて言われた事はないが、美少女と言われた事も当たり前のようにない。ほら、“可愛い”って言葉は魔法の言葉だから。誰だって1回は言われるでしょ。
っていうか、私はこの学園のマドンナ的存在である後輩の夜久ちゃんとは違って、男受けの良い性格ではない。寧ろ嫌煙されるような、そんな性格だ。無愛想だし、笑わないし。


「私を“可愛い”なんて思う野郎はこの学園にいないわよ」

「ちっちっち〜」


人差し指を立てて、首と共にその指を左右に振る桜士郎。意味が分からない。


「…あ、ほらほらー!星月学園切っての名前ちんファンがお出ましだよん。おーい!一樹ーぃ!」

「……で、なんでコイツはこんなに不機嫌なんだ?」

「そんなの一樹が来たからに決まってんじゃん。ねー、名前ちん」

「うるさい、黙れ。」


こいつ等二人に触れる事なく、黙々と皿の上のオムライスを平らげていく。
入学してからもう3年目。一樹と桜士郎は、私より1つ年上。だけどこの人達は、私が入学した当時から今の今までずっと私に絡み続けてきた。私はこの学園に入学すれば、誰からも干渉される事のないハッピーライフを送れると思って疑わなかったのだ。でも、そんな私の桃源郷はすっかりさっぱり無くなってしまったのだけど。あー、勿論目の前の二人のせいで。


「おい名前、無視すんなーって」

「むっ……無視なんてしてない!!!」


一樹の発言にむっとした。だって私、そんな非常識な事はしないもん。


「なら、ちゃんとこっち向いて話せ」

「………なによ」


一樹の聞き慣れない優しい声で『こっち向け』なんて言われたものだから、ついつい掻き込んだオムライスを喉に詰まらせそうになった。本当になによ、こんなんだからイヤなんですよ。


「ははっ、別にー?ただお前と目ぇ合わせて話したかっただけ」

「んなっ!?」


カッシャーン――……

手から滑り落ちたスプーンが、お皿の上でけたたましい音を奏でた。こいつ、今なんて。ついでにさっき詰まりかけたオムライスが今度は本当に詰まった。


「あ、そうだそうだ。お前にこれ渡しに来たんだよ」

「けほっ、……なに、これ」


私に小さな小箱を渡した一樹。綺麗にラッピングされたそれに、見覚えはない。つまりこれは一樹からのプレゼントとかそういう類になる分けだけど……


「なにって、分からないのか?」


全くもって記憶にない。
一樹に物を貰う事はあっても、焼きそばパンとかタコ焼きパンとかお好み焼きパンとか……だいたい普段あまりお昼を食べないからパンくらいしか貰わない。でも、ちゃんとお昼を食べれば一樹がお昼時にうるさくして来ないって事を学習したから、最近は貰わなくなった。……って、今この回想をしてて思ったんだけど、私上手い事手の平で操られてないか?


「……今日、何の日だ?」

「は?平日」

「お前……何の日だって聞かれて『は?平日』なんて答える馬鹿がどこにいる」

「……登校日?」

「………名前ちん……今日ホワイトデーだよ、ホワイトデー」


斜め前に座っていた桜士郎にこそっと『ホワイトデー』と言われて気付いたけど、そういえば今日は……年に一度の恋人達のホワイト……


「デー!!!??」

「くひひっ、そ!ホワイトデー」

「…ったく、お前、自分があんなたじたじになりながら俺にチョコ渡してきたの、忘れたのか?」

「〜〜〜!たっ、たじたじじゃないもん!!!」


ニッと悪戯っ子のように笑う一樹に、カァッと顔が赤くなるのが分かる。食べ終わったオムライスのお皿を机の横にさっと移動させ、私は一樹から受け取った箱を手の内に入れてみた。
……そういえば一樹には言ってなかったけど、あの日私は“本命チョコ”をあげたんだ。今思うと恥ずかしくて死ねるレベルだけど。


「…開けていい?」

「おう!勿論」


無駄にニコニコ笑う一樹を無視し、バクバクと異常に高鳴った心臓を鎮めながらリボンに手をかけた。
中から出て来たのは、小さなカードと小袋に分けられたクッキーが数枚。私はそのカードが気になって、パッと裏を捲る。


「っ私、教室戻る!!!」

「え!?ちょ、名前ちん!?」

「……くっ、ははは!」


バッと立ち上がり、私は小さな箱とその中に入っていたカードを胸に抱き抱えて走り出した。お皿は多分、桜士郎あたりが渋々片付けてくれるだろう。
っていうか、今はそれより……


「一樹ぃ、なにしたの?俺の可愛い可愛い名前ちんに」

「はぁ?お前のじゃねえよ」

「で?なんて書いたわけ?」

「俺もお前が好きだ、って……教えてやっただけ。」



愛玩スキャンダル
(えー!?俺の名前ちんなのにー!?)
(だぁかぁらぁ!お前のじゃねえよ!俺のだ!!)
(いやいやいや〜、俺のだね!)
(違う!名前は俺のモンだ!)



*汐架さまより、ホワイトデーのフリリクでいただきました!


ありがとうございます!




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