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「名前って、僕のどこが好き?」

唐突に尋ねられたそれに、私は少し考えてからゆっくりと口を開いた

「……手?」

「手?」

「あ、あと姿勢!若者らしからぬ綺麗さしてるよね、木ノ瀬。」

「…名前、それ弓道のこと言ってない?」

「あ、ばれた。」

「ちぇー。僕結構真面目に訊いたんだけどな。」

名前らしいけどね、と眉を下げて笑う木ノ瀬に、この表情も好きだけどな、とぼんやり思う
けれど、木ノ瀬の好きなところ、と言われると改めて人に語れるほどのものがあるだろうか?
付き合い始めてほんの数ヶ月
恋人同士なのだから、きっと今が最高潮にいちゃいちゃしている時期なのだろうけど、なんだか恥ずかしくてそういう雰囲気にはなれない
そんな私より、きっとそこら辺の木ノ瀬ファンの方がすらすらと好きなところを挙げていくんだと思う

「んー…、どこって言うようなところあんまり思い浮かばないな…。」

「付き合ってるのに?」

「だって相変わらず月子先輩月子先輩うるさいし自信家だし頭良いし最近背まで高くなってきてかっこよくなってきて腹立つくらい。」

「あはは。褒めたりけなしたり忙しいね、名前は。」

面白そうに笑う木ノ瀬に、少しだけ胸が音を立てる

(……あ、)

「名前。」

「え?…名前?」

するりと口から零れた言葉の意味を図りかね、木ノ瀬がその単語を繰り返す

「名前ってさ、やっぱり特別じゃない?生まれてからずっと付き合ってるものだし、自分を表すものでしょ?」

「そうだね。」



「だから、それを呼んでもらえて嬉しいって思えるのは、……やっぱり好きなんだなぁって、思うな。」



月子先輩や、翼くんとはまた違う色をつけて胸を震わせる



いつだって、木ノ瀬の声だけが



「…そんな可愛いこと言ってくれる割には、名前は僕の名前は呼んでくれないよね。」

そっと髪を指が梳いたかと思えば、優しく頬に触れられ、僅かに身体が跳ねた
それに促されるように木ノ瀬を見れば、悪戯な笑みを向けられて、つい唇を尖らせてしまう

「だって慣れない。」

「少しずつでも呼ばないと、いつまでたっても慣れないと思うよ?」

「そうかもだけどさー…」

小首を傾げ笑う木ノ瀬に、きっとこれは呼ぶまでこの手は離してくれないんだろうな、と状況を理解する
なんだかんだで彼をわかり始めた私は小さく溜め息を吐いて観念した
だけど、私が思うように
木ノ瀬も、思うのだろうか?
この声で紡ぐ名前が、特別だと


時々泣きたくなるくらい、愛おしいって



「――――好きだよ、梓。」



―――そうだったら、嬉しい



アメジストの瞳に笑いかければ、それはゆっくりと一回瞬きをして、少し照れたみたいに細められた

あまり見ることのないその表情に心臓を揺らした一瞬に、唇を柔らかな熱が奪う

「きっ、のせ、」

「“梓”」

「、」

「呼んでよ、名前。」

睫毛が触れるんじゃないかと思うくらい近くで、私の名前が紡がれ、今度は甘えるように頬に口付けが落とされる
その感触にふるりと身体が甘く震え、心臓がいつもよりも早くリズムを奏でていく

(不思議だな…)



名前を呼ばれる たったそれだけなのに


どんな愛の言葉よりも一番愛を感じられるなんて


はにかむみたいな梓の表情に、私も自然とその唇にありったけの好きを捧げて微笑んだ



「梓、」



優しい熱に触れ、キミの名前を紡ぐ


――愛の言葉の代わりに







(そういえば梓は私のどこが好きなの?)(名前の可愛いところは、名前にも教えてあげないよ。)



*凜生さまより
10000hitのフリリクでいただきました!

ありがとうございます!




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