ここで過ごす最後のバレンタイン。 このままで終わりは、ちょっと悲しい。
「じゃあ渡せばいいじゃないか。」
「また琥太郎先生は他人事みたいに…!」
「まぁ実際、他人事だしなぁ。」
書類に目を通しながら、一応ちゃんと話を聞いてくれる琥太郎ちゃん。 私は気付かれないようにそっとため息をついた。
「きっと渡しても、あの人義理チョコだと思っちゃうよ……。」
「ならチョコにでかでかと本命って書けばいいじゃないか。」
「またそんな適当なこと言って!」
琥太郎先生にはチョコあげません! そう言えば、苦笑されたあとに頭を撫でられ「そんなこと言うなよ、楽しみにしてるんだぞ?」なんて言われたら、黙るしかできない。 これだから美人さんはズルい。
そんな私たちの会話を途中から聞いてる人がいたなんて、ちっとも気付かなかった。
「……やっぱ苗字と琥太郎センセは、」
結局。 なんだかんだで、気合い入れまくりな本命チョコを作ってしまった。 ちなみに、恥ずかしくてチョコに本命なんて書けるわけないから、箱とラッピングの隙間に“大好きです”と書いた紙を挟んでおいた。 うん、これならきっと大丈夫だよね。 きっとあの人は月子ちゃんがお気に入りっぽいし私が入る余地はない。 実ることはないとわかってても、潔く散るなんて私にはできなくて。 そんな私は、ズルくて醜い。
「……でも、仕方ないよね。」
「何が仕方ないんだ?」
「わっ、陽日先生?!」
チョコを両手で持ち、ため息をついたとき。 後ろから聞こえた声に心臓が跳ねた。 それからぐわっと体温が上がったような錯覚。
「お、それチョコか?」
「え? あ、あぁ……そうです、よ?」
「へー……。」
陽日先生の質問に、内心あわあわ。 見た目もいつもより少し気を配っていて、確実に本命チョコですと言ってるようなもの。 これをあげるのか、とがんばりすぎた昨日の自分を殴りたくなった。
「……それ、琥太郎センセにやるのか?」
「え?」
「だから、そのチョコ。 めちゃくちゃ凝ってるじゃないか。」
笑ってるけど、少しだけ寂しそうな陽日先生。 私は、なんでそこで琥太郎先生が出たのかわからず首を傾げる。
「なんで琥太郎先生なんですか?」
「え、だってこれ、」
「これ、陽日先生にですよ?」
「は、オレ?!」
本気で琥太郎先生にだと思ってたのか、オーバーすぎるだろってくらいのリアクションをしたあと大人しく受け取ってくれた。 それに少し安心。 こんなもの、受け取ってくれない可能性もあったわけだし。
「開けていいか?」
「え、ちょ、待っ…!」
まさかここで開けられるとは思ってなくて。 慌ててとめようにも時すでに遅し。 紙を片手に固まっている陽日先生。
あぁ……さよなら、私の青春。
「苗字……、」
「……なんですか。」
「これ、ほんとか?」
ヤケになった私は、陽日先生の言葉に頷いた。 もう少し、夢見たかったなぁ。 そう思った私の耳に届いたのは、ほんとに意外すぎる言葉だった。
「お、オレも苗字……いや、名前が好き、だ!」
「…………え?」
「だからっ!」
ぎゅうっと、人目も憚らず(人、いないけど)抱きしめる陽日先生。 夢かと思ったけど、伝わるぬくもりは本物で。
「オレ、名前は琥太郎センセが好きなんだと思ってた。」
「わ、私だって月子ちゃんが好きなんだと…!」
「夜久は教え子だ!」
「琥太郎先生だって、保健医で委員の担当教諭です!」
あまりにも力を入れた言い合いに、思わず吹き出す。 なんだ、お互いはやとちりしちゃってただけなんだ。 そう思ったら、今までの自分がバカらしく思えてくる。
「……陽日先生、」
「直獅、だ。 オレだって名前って呼んでるんだ、そう呼んでくれ。」
「……な、おし、せ、んせい…?」
慣れない呼び方にちょっとどきどき。 それと、名前を呼んだ瞬間の嬉しそうな笑顔は一生忘れられないと思う。
交わった一方通行 (「……やっとくっついたのか…。」) (「えへへ、がんばりましたよ、私!」) (「あー、そうだな、じゃあ俺は寝る。」) (「ちょっ、仕事しろって琥太郎センセ!」)
*彩奈さまに捧げます。
設定が、うまく活かしきれないという……。 もし気に食わないようなら返品、書き直し受け付けてますので!
彩奈さまのみお持ち帰りください。
バレンタイン企画へのご参加、ありがとうございます!
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