「梓くん。」
「! 夜、久先輩…。」
会長がいなくなったあとに、ぼんやりと立ち尽くしていると、いつの間にか夜久先輩がいて。 カッコ悪いとこ見せたなって苦笑しているうちに先輩は僕に近付く。
「ごめんね。」
「え……っ!」
パンッ!とキレイな音が屋上庭園に響いた。 結構な力で叩かれたせいで僕の顔は右に傾き、しばらくしてからじんわりと痛みだす。
「梓くんらしくない。」
「せん、ぱい…?」
叩かれた左頬を押さえながら夜久先輩を見る。 少し泣きそうな、でも凛としたその姿。 僕とは正反対の先輩に、言葉が出なかった。
「ねぇ、梓くんは何を悩んでるの?」
「な、に……って、」
「弓道部に来たばっかのときの自信満々な梓くんはどこ行ったの?」
「………。」
先輩の言葉に返す言葉がない。 どこ行ったの、か。 僕にもわかりませんよ。 そんなこと口が裂けても言わないけど。
「梓くん。」
「……何、ですか。」
「梓くんは私の何を見てくれた?」
「え…?」
唐突な先輩の問い。 何を、って言われても、どう答えていいかわからずボケッとしていると先輩は悲しそうに笑う。
「私はね、弓道以外にも生徒会や保健係、その他に勉強だって、いろんなことがんばってるつもりだよ。」
「それは、知ってます。 先輩が人一倍努力してるのだって、ちゃんと見てきたつもりです。」
「そうだよ、梓くんは私のこと見てる“つもり”で、ちゃんと見てないんだよ。」
そう言った先輩は、今にも泣きそうで。 それに悔しそうだった。
「私はね、執着できるモノっていうのは1つだけじゃないと思うの。 私は、ちょっと疎かになっちゃってるかもしれない。 でも、梓くんは違うんじゃないの?」
「夜久先輩…、」
「梓くんなら、たくさんのモノ、掴めるんじゃないの?」
必死に泣くまいと唇を噛み締める先輩。 その一生懸命さに、僕はやっと目が覚めたみたいだ。
「……ありがとうございます、先輩。 僕、行ってきますね。」
「……うん、がんばってね。」
ぺこりとお辞儀をして横をすり抜ける。 ふと会長に会う前の瑞紀と翼を思い出したけど、僕に迷いなんてない。 仮に手遅れだったとしても、奪い返せばいいだけのこと。
だから、待っててよね、瑞紀。
(「…ふふ、手のかかる後輩なんだから……ちゃんとがんばってね、じゃないと私も浮かばれないじゃない。」)
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