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ゴトリ。

つんのめりながら画面を凝視する体制がそろそろ辛くなってきた時に、私の隣でそんな音がした。気になってチラリと横を見れば、同僚の柑子が涼しい顔でコーヒーを啜っている。



「なに、もう企画書終わったの」

「一応、3年間放送部やってきてるからね」



のけ反ってリラックスしている姿に得意の舌打ちを噛ませば、柑子いつもみたいに眉を下げてははっと笑う。
表面だけ見れば、少しだけ悪乗りのえげつない、要領が良い真面目な人間。でも実は結構毒舌で、上から目線が激しいただのイヤな奴。まぁ同僚だから仲良くはしてやっているが、これが先輩だったらと思うと恐ろしい。不幸中の幸いというやつだろうか。幸いでもないけど。



「ほら、見せてみなよ」

「……」



でも、そんな柑子にもこういう所はあったりする。
無駄に世話好きで、困っている人をほって置けない。だからこそ、私は柑子と何だかんだやっていけてるのかも。だって私が仕事の事でうだうだしても、最終的には助けてくれるし。

……あぁいけない、きっとこれが駄目なんだ。柑子に頼りっぱなしだから付け上がられるんだな、成る程。



「……うーん、今いちぱっとしないね。もう少し緩くしても問題ないんじゃないかな?」

「でもこの前の企画書は陽日部長に阿呆かって言われた」

「……あのさ、苗字。ふざけるのと緩いのは違うからね」

「わかってら」



ボスッと右手で左腕を軽く殴れば、痛い痛いとわざとらしく笑う柑子。全く、こいつは私を何だと思っているんだ。

背筋をくいっと伸ばして目をギュッと瞑る。星がチカチカ飛んで見えたが、まだ大丈夫だ。この企画書が終わるまでは大丈夫。多分。疲れてはいるけど、夏休み前のあの地獄の企画書祭と比べれば……。

するとそんな私に気付いたのか、柑子は自分が左手に持っていたマグカップを私に差し出す。



「飲みなよ。ブラックだけど」

「ブラック……。私さ、私砂糖4杯とクリープ2杯入れるんだ。」

「それってコーヒーじゃなくてコーヒー風味のクリープだよね。」

「うっさい」


柑子の手からマグカップを奪い、ぐっと一口飲み込む。苦い味が口一杯に広がり、思わずうぇっと舌を突き出してしまった。こりゃほんとに苦いな、話にならん。



「よくこんなもん飲むね、尊敬に値する。」

「苗字は俺に尊敬しか出来ないでしょ?」

「柑子ってさ、馬鹿だよね。馬鹿なんだよね。」



私はムカつく笑顔にイラッとしながら、柑子のマイマグカップを突っ返した。すると驚いたのか、目を点にする柑子。
私はもう一度パソコンに向き合い、立ち上げてあったワードを開いた。



「なに?もういらないの?別に全部飲んでも良いのに」


「…………」






ノーセンキュー。
(はははっ、苗字ってさ、ホント単純)
(なによ、うるさいな)
(苗字にだけだよ、こんなの)
(ねぇ柑子。有難迷惑って知ってる?)





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