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こんなことしても仕方ないってわかってる。
でも、やっぱり俺にはムリなんじゃないかって、不安になるんだ。


「……見つけましたよ。」

「あ?」

「全く、部下の手を煩わせないでくださいよ。」


そう言って、すとんと俺の隣に腰を降ろす苗字。
ふわりと香った柔らかい匂いに、少しだけ胸がざわめいた。
それをさとられたくなくて、ふいっとそっぽを向いて口を開く。


「……なんだよ、サボりか?」

「どっかのアホ上司がまた逃げ出したんで迎えに来たんですよ。」

「お前、仮にも上司に、」


さらりと聞き捨てならねぇ言葉を吐いた苗字を咎めようと、文句を言いながら視線をやる。
でも、ただ真っ直ぐ前を向いていた苗字に思わず言葉が詰まった。

凛とした目、なのに纏う雰囲気はどこか儚くて。
綺麗だ、と……純粋にそう思った。


「……七海部長。」

「な、なんだよ…。」


不意に苗字が俺を呼ぶから、少し動揺した。
カッコ悪ぃと思わなくもなかったが、苗字は気にしてないみたいだから気にしない。

それよりも、ゆるりと俺に向けられた視線に、心臓を掴まれたような気分になった。
元からそらすつもりなんてないけど、その視線からそらせない。


「部長が何を思ってこんなことしてるか知りませんけど、」

「…………。」

「そんな部長を心配している人がいるってこと、よく覚えておいた方がいいですよ。」


それだけ言って立ち上がる苗字。
ただただ呆然とその様子を見ることしかできなくて。


「じゃあ、私は戻りますね。」

「あ、おいっ」

「なんですか?
はやく戻って、不甲斐ない上司の分までがんばらなきゃいけないんですけど。」

「あ……悪い…」


ばっさり切り捨てる苗字に気圧されて、思わず謝ればくすりと笑われた。
なんだかすごく情けなくて、泣きそうになる。
ぜってー泣かねぇけどな。


「その人、」

「え?」

「確かに不器用で頼りない人ですけど、それ以上に優しくてあたたかくて……みんなその上司が大好きなんですよ。」

「苗字……。」

「はやく前みたいに楽しく仕事がしたいって、私も含めてみんな思ってるんですよ?」


だから、そんな情けない顔しないでください。


そう言って笑顔を見せたあと、今度こそ立ち去った苗字。
パタンとドアの閉じる音が耳に入って、その瞬間に耐えきれなくなったのかカッと顔に熱が集まった気がした。
というか、確実に真っ赤だ、俺。


「……情けねぇ…」


ぽつりと呟いた言葉は、その言葉以上に情けなくて、力任せにパチンと頬を叩いた。
じんじんと痛む頬は、気合いを入れた証。
惚れた女にあそこまで言われてうじうじするなんて、男じゃねぇ。


「……っし、」


パンッと膝を叩いて立ち上がれば、もう迷いなんてない。
慕ってくれる部下や……苗字のためにも。

決意を新たに、俺は屋上をあとにした。



後押ししてくれる存在
(「あ、部長!」)
(「よぅ、心配かけたな。」)
(「いえいえ、元に戻ったようで何よりです。」)
(「その、なんだ……ありがと、な…いろいろ。」)
(「ふふ、どういたしまして、です。」)



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