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「お前、さ。」


一樹さんと寮までの道を歩いてると、不意に一樹さんに話しかけられた。
返事するかわりに一樹さんを見上げれば、彼は前を向いたままでこっちを見ていない。
それがなんだか無性に寂しくて、そっと袖口辺りの服を掴んだ。


「どうした?」

「……なんでもない、です。」


私の行動に驚いたのか、歩いてた足を止めて私の方を見る一樹さん。
それが気恥ずかしくて、思わず前を向いて足を止めた。
さっきと立場が逆転して今度は一樹さんがおもしろくないのか、私の頬に手を当ててこっちを向かせる。


「ぷっ、真っ赤だな。」

「うるさいですね……もういいからさっきの続き話してくださいよ。」


私の顔を見るなり、どこか嬉しそうに笑うもんだから、恥ずかしくなって話の続きを促す。
思いの外ぶっきら棒に言っちゃったついでに、キッと睨んでやった。
すると少しだけ目を見開いたと思えば、ため息。
失礼だ、この人。


「何なんですか。」

「こっちのセリフだ、バカ。」

「……一樹さんにだけはバカって言われたくないです。」


ムッとして、そっぽを向きながら言えば、小さめの笑い声。
何か言ってやろうと一樹さんを見た瞬間。


「っ、」

「相変わらずちいせぇな柚希。」

「か、一樹さんだって颯斗くんに負けてるじゃないですか。」


ふんわりと一樹さんに抱きしめられていて。
私の身長バカにした仕返しにそう呟けば、うっ、と詰まる一樹さん。
それに少しの優越感。


「ていうかなんでこんな話になってるんだ。」

「一樹さんが私をバカにするからです。」


一樹さんの胸に擦り寄るようにすれば、より一層強く抱きしめてくれる。
こういう辺りが、私が愛に飢えてるってことなんだろうか。
惜し気もなく私にあたたかさをくれる一樹さんの隣が心地好くて。


「俺にはたくさん甘えていいんだぞ。」

「え…?」

「柚希の望むものはできる限り俺が与えてやるから。
だから、俺を頼れ。」


私の心を見透かしたような、少し上から目線な言葉だったけど。
一樹さんらしいその言葉に、私はどれだけ救われただろうか。

腫れ物扱いではなく、してあげるっていう私を下等として見下すような言い方でもなく。
優しさが、じんっと胸に染み込んで涙にかわる。


「っ、」


声を押し殺して泣けば、無言で頭を撫でてくれる一樹さん。
泣いてもいい、って言ってくれてるみたいで。
結局、私が泣き止むまで一樹さんはずっと頭を撫でててくれた。





(「ん? アレは、」)
(「桜士郎、今日は遠回りして帰ろっか。」)
(「はいはい、誉ちゃんの仰せのままにー」)




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