「まったく、保健室は避難所じゃないんだぞ。」
そう言ってため息をつきながらも、追い出そうとはしない琥太郎ちゃん。 私は適当に返事しながらソファーに座ってお茶を飲む。
「琥太郎ちゃん。」
「なんだ。」
琥太郎ちゃんが私に構わなくなってきたときに呼んだからか、明らかめんどくさそうな返事。 らしいっちゃあらしいんだけど、相談しようとしてる生徒相手にどうかと思うよ。 まぁ気にしないけど。
「……私、入学式からやり直したい。」
「は?」
「そうだよ、あの時に迷子にならなかったら何もかもうまくいったんだよきっと。」
「落ち着け。」
言ってることは目茶苦茶だったけど、頭は意外と冷静で。 琥太郎ちゃんの声に口を閉じれば、仕事をやめて隣に座った。
「何があったか話してみろ。」
「……というか、自己嫌悪、です。 私だって琥太郎ちゃんに話してるのに、周りにバレたくなくて……逃げちゃいました。」
黙って聞いてくれる琥太郎ちゃんに、半ばぶつけるように話す。 今の私は、会長を拒むなんてできないから。 入学式のあの日に会わなかったら、きっと私は会長との接点なんかなかったはず。 そうだったら、私は今までの私のままで死ねたんじゃないのかな。 こんな厄介な感情を知らずに、悔いることなく。
「それは違うだろ。」
「え?」
今まで何も言わなかった琥太郎ちゃんが口を開いた。 私を見ず、まっすぐ前を見るその横顔をジッと見つめる。
「お前は、不知火が好きなんだろ?」
「………。」
「無言は肯定だ。 で、お前はそういうのを否定してるけどな……俺の知ってるヤツは死ぬ直前もその気持ちに向き合ってた。 そんな生き方もあるんじゃないか? ……俺が言えた話じゃないがな。」
そう言って口を閉ざす琥太郎ちゃん。 悲しそうな横顔と、何を見ているかわからない目に不安になる。 普段見せない不安定さに思わず白衣を握りしめれば、やっとこっちを見た琥太郎ちゃんが私の手に自分の手を重ねて儚く笑った。
「そんな顔するな。」
「琥太郎ちゃん、」
「とにかく、自分の気持ちに素直になってもいいと思うって話だ。」
無理矢理に話を閉じた琥太郎ちゃんから、少し後悔に似た何かを感じて、何も言えなかった。 それから私の頭を撫でてまた仕事に戻っていく。
……琥太郎ちゃん。 琥太郎ちゃんはそういうけど、残された人は私がどう思おうと私の気持ちも背負っちゃうんじゃないの? その気持ち、なんとなくなんだけど、琥太郎ちゃんが1番わかってるんじゃないの? だから、最後にそんな顔したんじゃないの?
琥太郎ちゃんを見ても、顔をあげてくれることはなくて。 結局それから帰るまで、何も話さなかった。
(「……琥太郎ちゃん、帰ります。」) (「……あぁ、気をつけろよ。」)
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