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今日は私の誕生日だ。
数時間前までは、彼氏と過ごす誕生日に期待を膨らませて心待ちにしていた。
けれど。

― 月子、月子、月子って・・・そんなに月子が大切なら、来なくていいよ!一生月子についてれば!? ―

その彼氏からのドタキャンの電話に、その期待や幸せは一気に砕けた。
彼氏の謝罪も言い訳も遮って、怒鳴って電話を叩き切った。

私の彼氏、生徒会長である不知火一樹は、後輩である月子をそれはそれはもう、お姫さまのように大切にしている。
私だって月子は大好きだし、妹のように可愛い後輩であり、親友だと思ってる。
だからと言って、何かと月子を理由にデートをドタキャンされて嫉妬も劣等感も感じずに送り出せるほど、私は出来た人間じゃない。
月子の試合の応援に行きたいから、月子の勉強を見てやりたいから、月子に天体観測に誘われたから・・・。
エトセトラ、エトセトラ・・・。
仕方がないと、我慢に我慢を重ねた。わがまま言って嫌われたくなかったし、月子は何も悪くないのにこんな感情を抱く自分も嫌だったから。
けれど。

― 月子が倒れたんだ。心配だから、今日は会えない ―

見なくたって、どんな顔でその言葉を発したかはわかる。
きっと真っ青で、心配でたまらないみたいな、自分の方が具合が悪いみたいに月子を想う顔だ。
確かに、私だって月子が倒れたと聞いたときには心配した。一樹しか看病する人がいないと言うなら、仕方ないとも思う。
でも、貧血でゆっくり休めば回復するという星月先生の診断と、天羽くんや颯斗もついているってことを聞いて、それでも私の誕生日を祝うより、月子の傍に居ることを一樹は選んだという事実に、涙が溢れた。

待ち合わせ場所だった屋上庭園のベンチから動けないまま、夕焼けから薄闇に変わっていく空を見上げる。

「私、わがままかなぁ」
それでも・・・どうしても今日だけは、私を優先して欲しかったのだ。
もう、疲れてしまった。
月子に嫉妬や劣等感を抱きながら一樹を奪われることに怯えるのも、来てくれない一樹を待つのも、これだけされても一樹を好きな自分にも。
だけど、好きな気持ちは動かせなくて。今だって会いたくて。

(今日はとことんわがままを通させてもらおう)

そう決めたら、足は自然と一樹の居る場所へと向かっていた。


ガラリと、保健室の扉を開くと、天羽くんや颯斗、一樹が驚いたように私を見た。
星月先生は不在のようだけれど。

「私の誕生日だからね、今日くらい、一樹に会いたいってわがまま通しても罰は当たらないでしょ」
精一杯の強がりで微笑んで、ベッドに近付く。月子は穏やかな顔で寝息を立てていた。

「月子、大丈夫そうだね。よかった」

月子の手を握る。白くて小さな柔らかい手から伝わる体温に安心した。
一樹を振り返る。

「私、どんなに月子を優先されても、どんなに約束をドタキャンされても、私を祝ってくれなくたって、一樹が好きなの」

一樹の目がみるみる驚きに見開かれて、その次にその顔が悲痛に歪む。

「だから、もう1度だけ、チャンスをあげる。
選んで。私か、月子か」

声が震えるのを抑えられなかった。
足も恐怖に震えて、うずくまりそうになる。
もう少し・・・もう少し、頑張って。
どんな選択だとしても、もう少し。
祈るように思って、身体に力を入れた。
必死で身体を支えながらも緊張と一樹を失うかもしれない恐怖とで今にも倒れそうな私を、ふわりと温もりが包んだ。
一樹に抱き締められたのだと気付くのに、数秒を要した。

「颯斗、翼。悪い、月子を頼んでいいか」
「勿論なのだ!」
「月子さんはきちんと寮まで送り届けますから、会長は帰ってください。
名前さん、会長のことをお願いしますね」

後輩ふたりからの言葉も何が何やら呑み込めないでいるうちに、私は一樹の大きなゴツゴツした手に手を引かれて、校舎の外に出ていた。


星が瞬く空の下を一樹に手を引かれて、並んで歩く。
そんなことがひどく久しぶりで。夢なんじゃないかと思った。
一樹は不意に立ち止まると、頭を深く下げてきた。
「悪い、名前!」


何の謝罪なの?
今まで月子を優先してきたこと?
それとも、私を選べないこと?
不安そうな顔をしていたのか、一樹は私の髪をくしゃりと撫でて、「・・・違う」と呟くように言った。
「俺は、お前が笑って許してくれてたから、甘えてた。
優先するべきは名前なのに。好きなのは、名前だけなのに。
ずっと不安にさせて、我慢させて、泣かせて・・・本当に悪かった」

一樹が指先で優しく涙の跡を拭ってくれる。
その感触に、止まった筈の涙がまた流れた。
ずるいよ、一樹。
あんなに悩んで、泣いて、苦しんでたのに。
あんたが好きな私はその言葉だけでチャラにしちゃうんだから。
そんな風に思っていても何も返せなくて。
ただこくりと頷くのが精一杯。
鞄の中をゴソゴソと漁って、一樹は小さな箱を取り出した。
その箱の中から現れたのは、ホワイトゴールドの華奢な台に9月の誕生石であるサファイアと、私の憧れであるダイヤをあしらった指輪で。
私の左手を取り、それを薬指にはめてくれる。
サイズは思いの外、ピッタリで。
ちゃんと私を見ていてくれたんだ、私のことを考えてくれていたんだと思うと嬉しくて・・・胸が幸福感で満たされる。

「誕生日おめでとう、名前」

一樹はそう言って、私の唇に触れるだけの優しい口づけをくれた。
指輪も嬉しかったけど、そのキスが何よりの誕生日プレゼントだということは・・・悔しいから一樹には内緒にしておこうと思った。



*優希ちゃんから、誕生日のお祝いでもらいました。
ほんとは当日にもらったんですけど、いろいろバタバタしてたらもう一ヶ月以上経ってて……ほんとすみません!
でも嬉しかったです、ありがとう優希ちゃん! ほんとごめんねっ…!


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