私は、入学したときから不知火会長にお世話になっている。 人見知りで引っ込み思案な上に男の子があまり得意ではないため、周囲から孤立しがちな私を気にかけてくれた。
強引だけれど、面倒見が良くて頼もしくて温かい人。 普段は天羽くんとふざけて青空くんに叱られてたりするけど・・・本当は誰よりも真面目で努力家で、学園をまとめ上げ、誰もが尊敬し憧れる、凄い人。 灰色の髪に、細いけれどほどよく鍛えられた身体。整った顔の中でもひときわ印象的な綺麗なグリーンの瞳は、とても澄んでいて優しい。 不知火会長に憧れて、月子ちゃんに誘われるままに生徒会のお手伝いをするようになった。 今も、もちろん、憧れと尊敬のこもった信頼の眼差しで不知火会長を見つめている。
けれど、気付いてしまった。 不知火会長が、月子ちゃんを好きなこと。 私は、どうしても内気なのが直らなくて、話していても緊張してしまって、おどおどしてしまう。 不知火会長の前に出ると特にそれが顕著で。 不知火会長も気を遣って話してくれる。
けれど、私といるときの不知火会長は、何処か困ったみたいに見える。 難しい顔をして、気を抜けば口数が少なくなるのに、努めて普段通りに話してるみたいで、悲しくなる。
そんな不知火会長が、月子ちゃんと居るときはからかいながらも優しい目で見つめて、生き生きしてる。 月子ちゃんと居るときが、本来の、不知火会長の姿なんだと思う。
月子ちゃんも、不知火会長が好きなんじゃないのかな。 最近は、生徒会の最中の休憩時間や生徒会が終わった後も、生徒会室にふたりで残って親しく話していたり、屋上庭園や中庭でお昼を一緒に食べていたりするのをよく見かける。 それを見る度、ずきずきと胸が痛んで、泣きそうになった。
それでも、どうして、こんな気持ちになるのかがわからなくて。 最近は、苦しさを吐き出すみたいに、ため息の数ばかりが増えていた。
ため息の数がいよいよ増えた頃、私にとって特別な日を迎えた。
9月6日。
私が生まれたこの日に、たったひとりだけ、どうしてもおめでとうを言って欲しい人がいる。 柔らかそうな灰色の髪に綺麗なグリーンの瞳の男の人の顔が、私の頭に浮かんだ。
(・・無理、だよね。 私の誕生日、知らないだろうし)
今年は休日で生徒会も休みなので、気分転換を兼ねて洋服でも見に行こうと街に出た。 誕生日を知らなくてもいい、祝ってくれなくてもいい。
「・・不知火会長に、会いたい」
ショッピングモールを歩きながら、知らず知らずの内に私の唇から本心がもれた。 雑踏の中、前の方に、後ろ姿でも見間違える訳がない、あの人の姿を見つけた。
「しらぬ・・」
呼び止めようとして名前は途中で途切れた。
不知火会長は、ひとりではなかったから。 長い髪の、綺麗な女の子が、隣に居た。 ショーウィンドウを覗いて、何事か楽しそうに話しながら歩いている。
「・・月子ちゃん」
目の前が、真っ暗になった。 涙が溢れて、前が見えなくなる。
それ以上そこにはいられなくて、ふたりが歩いていったのとは逆の方向に走った。 何処をどう戻ってきたのか、気付けば寮の前に居た。
(不知火会長と月子ちゃんがデート?) (でも、それが、どうしてこんなにショックなの?) (大好きな友達だと思っていたのに、付き合っていることを秘密にされたから?) (だけど、これが不知火会長以外の人なら、私はここまでショックを受けただろうか)
違う。 そうじゃない。 私は不知火会長だから、ここまで苦しくて悲しいんだ。
ずっとずっと、不知火会長が好きだった。 だけど、私なんか相手にしてもらえる筈がない。 だから、気付かない振りをして、目を逸らしていたのだ。
生まれて初めて恋を自覚した日と、生まれて初めて失恋した日が、同じだなんて。 しかも、それが、誕生日だなんて。 何て、最悪のバースデー。
私はうずくまって、泣き声を上げた。
どれくらい経った頃だろうか。 空に、星が瞬いた頃、頭の上に声が降ってきた。
「・・おっ、おい、名前?何泣いてんだよ」
慌てた声に顔を上げると、焦った顔の不知火会長が立っていた。 もう月子ちゃんとのデートは終わったんだろうか。 無事に彼女を送り届けて来たんだろうか。
「なんでも・・ない、です」 「何でもなけりゃ泣かないだろうが」 不知火会長の手が伸びてきて、私の涙を優しく拭う。 彼に触れられたところが、熱い。
「何があったんだ?」
貴方が月子ちゃんと付き合っているのを知って、失恋のショックで泣いてました、って言えとでも言うの? そんなの、言えるわけがない。
「不知火会長には・・関係、ない、です」 「いや、関係あるだろ?」
私が、月子ちゃんの友達だから? そんな理由で、そんな心配そうな・・・苦しそうな顔を、私に向けるの? ひねくれた、どろどろした感情が、おさまってくれない。
「どうしてですか?不知火会長は、月子ちゃんのことだけ、考えてあげてください」 声が掠れた。 「月子?」 「不知火会長、月子ちゃんと・・付き合っているんでしょう?」
「・・は?」 顔を真っ赤にして慌てるんだろうかと思えば、不知火会長は、何を言われているかわからない、という顔。予想とは全然違う。
「付合ってなんかねえよ」 不機嫌そうな声音に、ビクッと身体が震える。
「だ、って」 「何だよ」 「最近、よく、月子ちゃんと一緒に、居るし、今日だって昼間・・」
昼間の仲良さそうなふたりが脳裏にフラッシュバックして、それ以上は言えずにまた涙がこぼれた。 次から次へと流れる涙に、不知火会長をまた困らせてしまったであろうことが切なくなる。
「昼間?ああ、ショッピングモールか。見てたのか?」 「たま・・たま」 「しょうがねえなあ」
不知火会長はため息をひとつ吐いて苦笑する。 頭を掻きながら、持っていたアクセサリーショップの袋からゴソゴソとケースを取り出した。
「誕生日、おめでとう」 「え?」 「誕生日だろ?」
プレゼント? 不知火会長が?私に?
「・・開けても、いいですか?」 「おー、開けろ。気に入んなくても文句は言うなよ?」
ケースの中には、星をモチーフに小さな宝石が散りばめられたネックレス。 だいぶ前、月子ちゃんが見せてくれた雑誌に載っていて、欲しいと思ったけれど高くて諦めていたものだ。
「何プレゼントしたらいいのかなんてわかんなくて。月子に色々相談してたんだよ」 「ありがとう・・・ございます」
今度は悲しい涙じゃない、嬉しくて、嬉しくて、涙が流れる。
「おい、また泣くのかよ?」
不知火会長が、焦ったような声を出して、泣くなよと言いながら、私を抱き締めた。
ドキドキして、うるさく鳴り響く心臓の音が不知火会長に届くんじゃないかと気が気ではない。 だけれどとても暖かくて。心地よくて。 私は一生分の勇気を振り絞って言った。
「私、不知火会長が・・好きです」
不知火会長は驚いて、耳まで熱そうだ。 私の顔も、身体も、全身が熱い。
「俺も・・名前が好きだ」
信じられない。夢じゃないんだろうか。
「名前の前だと緊張しちまって・・普段通りに振る舞えなくて・・ガラじゃねえのにな」
ごめんな、そう言う不知火会長に、たまらなくなって首を横に振る。
「だけど、誰よりも名前が好きだし、大切にしたい、守りたいと思ってる」
その言葉だけでも充分すぎて・・・私にはもったいないほどです。
「俺と・・・付合って欲しい」
その言葉に、何度も何度も頷いた。 さっきまで最悪の誕生日と思っていたけれど。 撤回しようと思う。 大好きな人の腕の中で綺麗な星空を見上げた、最高の誕生日だ。
「誕生日おめでとう、名前」
その言葉が、今まで言われてきたどの言葉より、きらきらして聞こえた。
*まさか、まさか誕生日ってだけでこんな素敵なものをいただけるなんて思ってなくて…! 優希ちゃん、ほんとにありがとうっ!
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