最後の1時間もやっぱり出る気になれなくて、とりあえず同じ場所はマズい気がして屋上庭園に向かう。 と、あの真面目な弥生がベンチに座ってた。 驚きながらも声をかければ、振り向いた弥生の顔は泣き顔で。
「おま、なんで泣いてんだよ……。」
「……ちょっと、ね。」
ゴシゴシと制服の裾で拭いながら少し笑って言う弥生。 腫れるだろ、って腕を掴みたかったけど、俺と弥生の距離が遠すぎてそれは叶わなかった。 このとき、駆け寄って抱きしめるくらいすれば、何かが変わってたのだろうか。 弥生の不自然なほどの笑顔に怯まなければ、もしかしたら弥生がその言葉を紡ぐことはなかったかもしれない。
「それにしても、ちょうどよかった。」
「な、にがだよ…。」
「私ね、哉太に話があったの。」
この時点で頭の中で強い警報が鳴り響いた。 ベンチに座ったまま、笑顔で俺を見る弥生に嫌な予感がして。
「あのね、私、」
やめてくれ。
「いろいろ考えたんだけど、」
言わないでくれ。
「やっぱり、もう、」
聞きたくない。
「終わりにしよっか、私たち。」
「いやだ!」
弥生の顔が見れなくて、俯いて手を握りしめて叫ぶように訴える。 堪えたかった涙が溢れそうで、でも顔をあげるなんてできなくて。 頭の中がぐしゃぐしゃすぎて、吐きそうだ。
「かな、た、」
「俺はいやだからな! 絶対に別れてなんかやらないからな!」
「なに言って、」
「お前がその気でも、俺はっ、俺はっ、」
「いい加減にしてよ!」
駄々っ子のように、頭の中に浮かんだ言葉を吐き続けていたら、弥生の怒声が俺の言葉を遮る。 弥生の怒りをそのまま込めたような声に、ビクッとして顔をあげた。 涙で汚れた顔だったけど視界に入った弥生の顔に心臓を掴まれたような気がして。
「もう、ムリだよ。」
「弥生…っ」
「ごめんね、強くなれなくて。」
「謝るなよ……俺の傍にいてくれよっ…!」
「触らないで!」
「っ!」
よたよたと弥生に近づいて手を伸ばしたら、明らかな拒絶の言葉と手に走る衝撃。 キッと俺を睨む目には、小さく憎悪が見えた気がした。
「もう関わらないから、関わらないで。 月子にもそう伝えて。」
「ま、待てっ、」
俺の横をスッと通り抜けた弥生に縋るように声をかける。 けど、弥生は目もくれずにドアに向かった。 そのままドアの先に消える手前で、くるりと振り向く。
「あぁ、そうだ。 月子に“他の人に愚痴っても意味ないから”って追加しといて?」
嘲笑ともとれる笑顔でそう言った弥生。 それからまたくるりと前を向き、戸惑いのない足取りで校舎に入っていった。
(「(……これで、よかったのよ。)」)
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