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たまに学生のころを思い出す。
充実した学園生活には、いつも名前の笑顔があって。


「あ、不知火くん。」

「え?」


ぼんやりそんなことを考えながら歩いてたからかまさに今考えていた名前がいて。
一瞬、学生のころに戻ったような錯覚がした。


「ママ、だぁれ?」

「あ、この人は私のお友だちの不知火っていう人だよ。」

「しらぬい?」


名前の顔ばかり見ていたせいか、いきなり下から聞こえた声に頭が真っ白になった。
びっくりしながらも下を見れば、名前と手を繋いだ3つくらいの男の子が首を傾げてて。
名前の子どもだって理解したら、がつんと頭を鈍器で殴られたみたいだった。


「おじちゃん、遊ぼ!」

「おじっ、」

「こら、ダメでしょ!」


放心状態の俺に気付いてないのか、俺のズボンを握って笑う子どもに、名前が注意する。
こうして見るとやっぱり親なんだなーって。
痛む心から目を逸らし、しゃがんで子どもと目を合わせた。


「よし、せっかくだし遊ぶか!」

「ほんと?!」

「おぅ、何して遊ぶ?」

「ちょ、ちょっと不知火くん…!」


頭を撫でながら言えば、きらきらした目で俺を見る子どもと正反対に、慌てた様子の名前。
俺は下から名前を見上げた。


「なんだ、用でもあるのか?」

「いや、別にないけど……悪いし。」

「ないなら別にいいじゃねぇか、俺が遊びたいんだよ。」


子どもを抱き上げ、肩車してやる。
やってから高所恐怖症なら悪いことしたかと思ったけど、きゃっきゃと騒いでるし問題ないだろ。
とりあえず、公園か?






「つっかれたー…!」


子どもの体力を侮ってたわけじゃないけど、ここまで疲れるものなのか。
日暮れのベンチに2人で座り、名前に抱かれて眠る子どもを見た。
あどけない寝顔は、ほんとにかわいいと思う。


「にしても、意外だったよ。」

「あ?」

「不知火くん、子どもの扱い上手なんだね。」


きっといいお父さんになれるよ、なんて笑う名前に胸が痛い。
なんでか、なんてもうわかりきってる。

あのころから俺の気持ちは変わらず名前に向けられてるんだ。
ったく、未練がましい。


「俺だって意外だよ。」

「え? なにが?」


つい呟いた言葉は名前に届いたらしく、きょとんとした顔をした。
その昔から何一つ変わらない仕種を見付ける度、嬉しいような悲しいような複雑な気持ちになる。


「お前が、子持ちなんてな……というか、結婚したことすら知らなかったぞ、俺。」

「え?」


なるべく笑いながら。
そう心がけて言えば、目を丸くする名前。
なんで目を丸くする必要があるのかわからない。


「私、結婚してないし、まだ結婚する予定もないよ?」

「は?
って、ことはシングルマザー?」

「いや、子どももいないよ。」

「はぁ?」


笑いながら言う名前。
いや、全く意味がわからん。
じゃあこの子は誰だ?


「あぁ、この子は私のお姉ちゃんの子でね。」

「でも、ママって、」

「この子、お姉ちゃんをお母さんって言って、私をママって言うのよ。」


聞けば、朝早くから夜遅くまで働いてるお姉さんのかわりに仕事の合間とかに世話をする内にものすごく懐かれたらしい。
この子にとっては名前が第2の母、ってやつなんだとか。


「なんだよ、そういうことか。」

「うん。
……びっくりした?」


悪戯が成功した子どもみたいな名前に、ため息をつきながら頷く。
すると、名前は笑って立ち上がった。


「私ね、まだ不知火くんが好きみたいなの。
だからまだまだ結婚はできなさそう。」

「は…?」

「じゃ、今日はありがとう。
また不知火くんに会えてよかった。」


それだけ言うと、眠ったままの子どもを抱えて背を向ける名前。
何を言われたのか理解しきれずボケッとしてたけど、ハッとして立ち上がる。


「俺も、お前に会えてよかった!
来週もまたくるから、お前もこいよ!」


少し遠くなったその背中にそう叫べば、振り向いた名前はキレイに笑っていた。
俺の春は近いかもしれない。



遅い春の訪れ
(次に会ったときは今までの分の気持ちも全部、伝えたい。)




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