「あれ?蔵ノ介?」

フワリと薫ったシトラス系の香水の香りにギュッと胸が痛くなった。

「名前・・・・?・・・久しぶりやな。」

花を添えるように微笑むのは、紛れも無く俺の愛した人。

「なんで疑問形なんよ」

ケラケラと笑う彼女にあの頃の感情が蘇ってくる。

「あ、私が変わったから?」

透けるような栗色の髪の毛を一房手に取りながら俺に問い掛ける彼女は確かにあの頃の面影は残っているが、変わった。

漆黒と呼ぶのが正しかった髪は綺麗な髪は、栗色に。
化粧っ気のなかった笑顔には、しっかりと化粧が施されている。

「今、何してるん?」

当たり障りのない会話。

「ん?ホステス。蔵ノ介は?」

ホステス。
彼女からは一番縁遠かった夜の街で今輝いているのかと思うと急に名前を遠くに感じた。

「俺は、普通の大学生やで。」
「へぇ、何学部?」
「薬学部。」
「すごいねぇ。昔っから言うてたもんね。」

「名前、」

「ん?」

知っている。今から俺が聞くのは、触れてはいけない部分だ。

「謙也とは・・・・」
「別れたよ」

即答だった。

「最近、別れた。」

笑顔でも無く、哀しむようでも無く、無表情だった。

「・・・この間、謙也に会った時もその香水つけてたで。」

そう言うと名前は俺を嘲るように笑った。

「ははっ・・・・、忘れたの?この香水、昔、蔵ノ介が私にくれたんじゃん。

ばっかじゃない?」


本気で怒ったときに標準語になるクセは変わってなかった。

沈黙がその場に落ちると名前は怒りを堪えたように笑い言った。

「こんなもん、いつまでも付けてる私が一番バカだけどね。

バイバイ、私の永遠の王子様。私今から仕事だから。」


踵を返し、颯爽と歩き夜の街へ消えゆく彼女に目を奪われた。

追いかける事もできなかった。

去り際の彼女の顔があまりにも哀しくて哀しくて、どうしていいか分からなかった。


彼女の残り香だけが俺をいつまでもその場に留まらすんだ。


俺の好きな人は、元カノで、友達の元カノで、けれども、俺のあげたモノをいつまでも使い続ける人だった。


それが俺の好き「だった」人。


けれども知っている。

もし、もう一度彼女と逢う事があれば俺は彼女を離さない。




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