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▼ 初めての夜を迎えます!【前半】

何を隠そう、私はお化けを見た事がある。

そう…あれはまだ私が10歳の頃の話だ。エレンの父、グリシャさんから医術を学んでいた頃、そのままエレンの家に泊めてもらうことも多かったが、その日は兄が帰ってくる日だったので晩御飯をごちそうになり、暗い夜道を一人帰っていた。

その時、突然やつは現れた…
全身真っ白な…まるでシーツを被ったようなそれは…

ああああ、思い返すのも無理…!!
私はトラウマを抱えてます。

その白いお化けはどこまでも私を執拗に追いかけてきた。どんなに泣き叫んでもそれは容赦というものを知らなかった。世界はここまで残酷なのかと…身に染みて分かった瞬間だった。

その後、なんとか逃げきった私が路地裏で一人震えていれば、当時クソガキとしか思っていなかったエレンが突然現れたのだ。まさにそれは天使光臨の瞬間だった。

真っ白な…思い出すのも無理なあのお化けが出るたび、不思議とエレンが助けてくれたのだ。本当に不思議なタイミングで。

それ以来、怖い事があれば年下のエレンにめそめそ泣きついていた。そして年上としての威厳は完全に失われていった。

今はまだマシになった。そう思っていたのに、あんな話を聞いた後じゃこの城でまともに寝れるかも分からなかった。そんなことを考えながら廊下を進んでいたせいか、私は前方から歩いてくる人にまったく気付いていなかった。

「あ、あの…さっき叫び声が聞こえてきたんだけど…」

その鈴を転がすような可憐な声色にハッとして顔をあげる。そこにはリヴァイのプロポーズを断ったあの女性が立っていた。咄嗟にファイティングポーズをとりかけたものの、その小首を傾げた可憐な容姿につい見入ってしまう。

「再、天使光臨…!!」

「は…?」

思わず頭に浮かんだことを声に出していたことに気付くと、再びハッとして口元を押さえる。
その人はまさに天使…いや女神と呼ぶに相応しい女の子だった。綺麗な甘栗色の髪に、大きくてまん丸な目、その瞳は見つめていれば吸い込まれそうなほどだった。そして何より制服を羽織ってはいるが、兵士とは思えないほどの華奢な体に驚愕した。どこの角度から見てもプリティガールだった。

(リ…リヴァイめ…面食いか…!)

ぐっ…と拳を握っていれば、戸惑っていたその人はおずおずと片手を差し出した。

「あ、あの…私はペトラ・ラルよ、これからよろしくね」

「はっ…はい…ペトラさん…よろしく」

その手を握り返せば、これまた兵士とは思えないか細い指に包まれた。緊張からドキドキと心臓が鳴り響いていれば、背後から別の兵士に呼びかけられた。

「あっ…いたいた、リヴァイ兵士長夫人ーー…!!」

「へ…」

廊下いっぱいに響いたその聞き慣れない呼び名に思わずびくりと肩が跳ねる。振り返ればその兵士はやっと見つけたと、嬉しそうな顔をしてこちらに向かって走ってきていた。

この状況でその呼び名はやめてーーー…!!

なんて小刻みに震えながら再びペトラに顔を戻せば、案の定、複雑そうな表情で俯いていた。思わずその兵士に小走りで近づく。本当はそのまま飛び蹴りをくらわしたいくらいだった。空気を読めと。

「その呼び名はやめてください…!!」

「えっ…じゃあ、なんとお呼びすれば…」

「ナマエでいいです…!」

「はぁ…じゃあ、ナマエ…」

「呼び捨てかよ…!」

「すっ…すみません…ナマエさん、えっと…城の外で憲兵団の兵士がお待ちです」

「憲兵団…?」

「えぇ、なんでも、兵団の私有財産を管理する方とか…」

「…し、私有財産…!!つ、ついにキターーー!!」

それを聞くと、私は一度大きく飛び上がってそのまま廊下を走りだした。



廊下に残されたペトラは、突然走り出したナマエの背中を呆然と見つめていたが、すぐに呼びにきた兵士に近づいた。

「ね、ねぇ…彼女…この結婚でお金を…?」

「えぇ…なんでも兵士長の妻として入る私有財産が目的みたいですよ、彼女…」

「そう…」

ペトラのそんな複雑な呟きは、ナマエが走り去った方向へと静かに消えていった。



−−−−−−



城の外に出ると、豪華な馬車の前に一人の男が立っていた。その見覚えある姿に「ああああ!」と声を荒げて大股で近寄る。

「あんた…!よくもあの時、変な写真を…!」

そう言って掴み掛かろうとすれば、その青白い顔をした兵士は何食わぬ顔でひょいっと私を避けた。私は豪快に馬車に額をぶつける。

「あんな写真、新聞に載せられたら…もうお嫁に行けないじゃない…!」

「はて…お嫁には先日行かれましたよね…?」

いかにも不思議そうに首を傾げるその男に怒りでわなわなと体が震え始める。どうもこの兵士と会話してるとペースが乱れる。ぶつけた額を押さえて見上げていれば、その男は持っていたバックから分厚い資料を取り出した。

「総統より、あなたの名義になる財産についてまとめた書類をお持ちしました」

「え…」

その言葉に怒りで震えていた体はぴたりと止まる。

「金額に不満があればお申し付けをとのことでした」

そう言われて差し出された分厚い資料を受けとる。ご丁寧に表紙には皮でできたカバーまでしてある。そのなんとも重厚な表紙をめくれば、とんでもない金額が目に飛び込んできた。

「ひーふーみー………」

人差し指で「0」を数えながら、瞼をごしごしとこする。

「…ジーザス!!!!」

それは生まれて初めて目にする金額だった。

「おっ…億万長者…キターーーーー!!!!」

そんな私の叫びは再び城中に響き渡った。

頭の中ではすでにこの金額で何が食べれるかとか何が買えるかとか、そんな邪な妄想で一杯で、お化けの事などすでに吹き飛んでいた。

そんな妄想を頭の中でいくらか楽しむと、はぁ…と小さく息を吐いて資料を男に突き返す。

「なにか不満でも…?」

「せっかくですけど…こんなに必要ありません。兄が肩代わりしてしまった分の借金が返せたらいいので…」

「いえ、それは出来ません。これを貴方に渡すのも総統からの命令なので」

「でも…」

「貴方はこれから多くのことを犠牲にしていただかなければなりません」

「え…?」

「その代価と思ってお受け取りください…」

男が言い終わるの同時に二人の間を冷たい風が通り過ぎていった。何故だか途端に悲しくなって俯く。

「だいか…ですか。なんだか本当に売られてしまったみたいですね…私」

青白い顔で無表情だった男はふっと笑って呟いた。

「どうぞ、お幸せに…」

それだけ言い残すと、男は豪華な馬車に乗って来た道を引き返して行った。その馬車が見えなくなるまで見送る。

私も乗せてください…そう言えば乗せてもらえただろうか…

そんなこと言ったところでどうにもならないのに。
渡された資料をぎゅっと握りしめた。



−−−−−−



その日の夕食は、その城で一番広いホールに集まって食べることになっていた。

既に皆が食事をはじめていた頃にようやくホールに現れれば、一斉にその視線が突き刺さる。
私の姿を目に入れたエルドが土下座して謝ってきたが、今は悪態をつく元気もなかった。「もう、いいです…」と肩を落として通り過ぎれば心配そうに見つめるエレンと目が合った。弱々しく笑ってみせれば、手前の席に座っていたリヴァイが不機嫌そうに振り返った。

「遅い、食事の時間くらい守れ…」

「どうも、すいませんでしたー…」

縦長テーブルの俗に言うお誕生日席に座っていたリヴァイの隣には当たり前のようにペトラが座っていた。私はその席から大分離れたところに座ると、小さくため息をつく。食堂に来たのはいいが、食欲がまったくなかった。ちらりと視線を横に向ければ、楽しそうに会話するリヴァイ班が見えた。ペトラはやっぱり当たり前のようにリヴァイの持つカップにポットを傾けてお茶を注ぐ。二人のそんな姿の方がよっぽど夫婦らしく見える。

「ナマエ…食べないのか…?」

そう言ってパンとスープを運んできたエレンは心配そうに私の顔を覗き込んだ。その顔を見ていたらまた涙があふれそうになって、それをぐっと堪える。

「ダイエット中よ…私の分、エレンにあげる…」

「馬鹿か、それ以上痩せてどうすんだよ…ほら、食べろ」

そう言って、まるで子供に食べさせるみたいにスープを差し出すエレンを唇を噛みしめて見つめる。しばらく悩んだ末、差し出されたそれをぱくりと口に含めば、温かなスープが体中に染み渡った。

「おいしい…」

それを見て気を良くしたエレンはすぐにパンをちぎって「ほら」と、私の前に差し出した。
一口で食べるには少々大きいそれに再びぱくりとかじりつけば、頭上からとんでもなく不機嫌な声が降ってきた。

「おい…てめぇは食事もひとりで出来ないのか…」

見上げれば、いつも以上に眉間の皺を寄せたリヴァイが立っており、おもわず口にパンを含んだまま顔を背ける。その態度が気に食わなかったリヴァイはダンッと音をたてて机に手をついた。

「食いたくないっていう奴にわざわざ食わせるもんはねぇ…」

その言葉に、いよいよ堪忍袋の緒がきれた私も負けじと激しく机を叩き付けて立ち上がる。

「はっ…ひわへはひへほ、はへはいはらっ…!」

口にパンが詰まったままヒステリックに叫べば、その食べカスは豪快に目の前へと飛んでいった。そしてそれを正面から受けたリヴァイは見事にフリーズした。オルオは飲んでいた紅茶をブーっと吐き出し、エレンはリヴァイのそんな姿にぶっと吹き出した。周りで見ていた兵士たちも思わずごくりと生唾を飲み込む。

私はふーっと息を吐きながら口の中にあったものをごくりと飲み込むと、そのままホールから駆け出した。
どうしてこんなに腹が立つのか分からなかった。走るだけ走って最上階にある部屋に戻れば、自分のベッドにダイブする。

覚悟はしていたが想像以上のホームシックがおそう。

帰りたい…
兄さんに会いたい…

そういえば、結婚式の日からまともに会えていなかった。こんなに兄に会えないのは生まれて初めてのことかもしれない。寒くて、寂しくて、鼻をすすれば、途端に強い眠気がおそってきた。ここ最近まともに眠れていなかったのだ。胸にわずかな痛みを感じながらゆっくりと微睡んでいく。

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