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▼ 嘘と約束【後半】

夜には再びリヴァイの元へ戻ると約束してセスと共に懐かしい場所へ向かう。私がいなくなった後も商会と仕事をしているセス達の住処は当時と比べれば格段に立派な建物へと変わっていた。扉をあければ一斉にかけ寄ってくる子供たちを両手で受け止める。

「ナマエ…!!」

「みんな元気だった?」

昔の面影を残したまま成長していた子供たちに感慨深い気持ちでいっぱいになる。ぎゅうぎゅうと抱き合いながら8年間に起きた出来事をお互い語り合う。帰る場所があるというのがこんなにも満たされることなのだと初めて知った。

その後、セスの部屋で一通の手紙を差し出された。

「これ…リヴァイさんから突然送られてきたんだ」

「…見ていいの?」

「あぁ…」

書かれていた内容に思わず唇を噛みしめる。そこには謹慎処分を受けて落ち込んでいる私の元へ会いに来てやってくれという内容が綴られていた。あのリヴァイが私のためにそんな手紙をセスに送っていたと思うと胸がいっぱいになる。

「ずっと心配してたけど、リヴァイさんともうまくいったみたいだな…」

「ねぇ、セス…あの日…リヴァイに"見た"って言ってたわよね…?」

ずっと気になっていたことを口にする。セスはあの時確かに「俺は見たんだ」と言っていた。

「もしかしてリヴァイを誘いにきた調査兵団の兵士を見たの…?」

「あぁ…あの日はちょうど商会からの帰りだったんだ。兵団の制服着てる男を見つけて思わず足を止めたんだけど、その人ずっと空を見上げててさ…」

「空を…?」

「おかしいだろ?まるで降り出す雨を待ってるみたいだったよ」

「そう…」

セスの口から聞かされたエルヴィンの様子に無性に胸が痛んだ。降りしきる雨の中、その兵士はしばらく立ち尽くしていたというのだ。



――――――



久しぶりによく薬草を採りにきていた小高い丘に登ると、目の前に広がるウォール・シーナの広大な壁を見つめる。

私にはいつも肌身離さず持っているものがある。父から託された鍵と、リヴァイからもらったネックレス。

そして──

懐から一つの懐中時計を取り出す。そこには自由の翼の紋章が昔と変わらない光を放っていた。

エルヴィン…
あの日、あなたは雨を見上げながら何を思ったの…?

ふいに浮かんできた涙をぐっと堪えると金色に輝くその時計を握りしめる。再び顔をあげて広大な壁を見据えれば、かつてエルヴィンの元へ行くと決意を込めて何度も見つめていた景色が広がっていた。

不思議とそこは10年前とはすっかり違う景色に見えた。




「…いいんスか、ほっといて」

「何がだ」

「あれ…どう見ても他の誰かを想った顔してますよ」

小高い丘に立つナマエの横顔を見ながらジェスがそう呟けば、少しの間を置いてリヴァイが口を開いた。

「…俺はあいつの全てを受け入れると決めてある」

そう言い残して踵を返すリヴァイの姿をジェスは神妙な面持ちで見つめる。その背中が全てを語っているように思えた。ナマエに対する思いの深さとその決意の強さを。ジェスは小さく笑みを浮かべるとその背中をすぐに追った。

「リヴァイさん…俺もそんな台詞言ってみたいッス!」

「黙れ…」



――――――



夜になりリヴァイの部屋へと戻れば、懐かしい焼き菓子がテーブルの上に置かれていた。斜めにうねりのある山形の焼き菓子は、8年前セスが勝手に食べてしまったググロフだった。

「…まさか、これを買ってきたの?」

「あぁ、随分と懐かしいもんがあると思ってな」

そのお菓子を見つめていれば当時を思い出して思わず吹き出してしまう。あの時は必死だったが、私はこれを手に入れる為に必死になって一日中走り回ったのだ。

「ねぇ覚えてる…?私、あの時リヴァイに殺されそうになったんだよね…」

言いながら小さく笑えば、リヴァイは眉根を寄せて視線を横に流した。

「あの時は仕損じたがな…」

「またそんなこと言って…あの時、殺さなくて良かったでしょ?」

ふざけてそんな風に言ってみれば、急に立ち上がったリヴァイが私の手を引いた。その反動で体が大きく揺れる。

「むしろあの時お前の息の根を止めておくべきだったな…」

「え…」

言いながら皺一つないベッドに押し倒された私は唖然としてリヴァイの顔を見上げる。

「そしたらこんなに夢中にならずにすんだだろ…」

その言葉に一気に顔に熱が集まる。恥ずかしさから視線を逸らそうとすれば、悲しげに歪んだその顔から目が離せなくなった。

「お前を失う恐怖にも怯えずにすんだ…」

「リヴァイ…」

覆い被さるように自分を見下ろすその顔に手を伸ばす。冷たい頬に手を当てればリヴァイの目がゆっくりと細められた。

「頼むから問題を起こすなよ…まぁお前に大人しくしてろってのも無理な話かもしれんが」

言いながら体を引いたリヴァイは私から背中を向けるようにしてベッドの脇に座り込んだ。それを追うようにして上体を起こす。

「リヴァイこそ…あまり無理はしないでね」

「…あそこにいれば嫌でも無理が必要な状況が待ってるだろ」

「そう、だよね…」

「俺はお前に気休めを言うつもりはない。守れない約束もな…」

「分かってる」

調査兵団にいる限り絶対はない。いつだって何が起きてもおかしくない状況にいるのだ。そんなことは分かっていても願わずにはいられなかった。私はリヴァイに何かあったらどうしていいか分からない。

「だが、これだけは約束できる。俺が必ず巨人を殲滅してみせる」

「リヴァイがそう言うと本当に出来そうだね…人類最強のあなたなら…」

出来る限りの笑顔でそう言うと視線を逸らす。頭の中に甦ってきたのは人々から投げかけられた言葉だった。

『この卑怯者…!シガンシナの魔女め…!』

すべてを受け入れると決めたはずなのに、失った何かを思い知らされる。私にはもう抱くことのできない理想。エルヴィンの役にたつどころか、足を引っ張る結果になってしまった。

「…気にしてるのか、奴らの言葉を」

その言葉にに驚いたように目を見開くと首を横に振る。

「私もリヴァイと同じ。全てを受け入れると決めてるから…」

そう、気にしてなどいない。何かを得る為には何かを捨てなければならないというのはこの何年かで痛いほど思い知らされてきた。そして先をいくエルヴィンの背中からそれを何度も学んできた。

「ナマエよ…忘れるな。何を選んだとしてもその結果は誰にも分かりはしない。そしてお前の判断は間違っちゃいなかった。あれは一人でも多くの命を救おうと選んだ結果だ。きっとエルヴィンでも同じことをしただろう」

「リヴァイ…」

今でも両手首にくっきりと残る手錠の痕が疼く。本当は全てが不安だった。あの時街に火を放ったことが本当に唯一の選択だったのか。
そしてこんな気持ちで訓練兵団へ行くことも、残していく調査兵団の皆ことも。

何より恐ろしかったのはこの人の側を離れることだった。私はいつからこんなに弱くなってしまったのだろう。

そんな葛藤を胸に抱えたまま、リヴァイと過ごす最後の夜は過ぎていった。



――――――



翌日、先に休暇が終わるリヴァイは早朝に内地を発つことになっていた。地下街の皆と一緒にリヴァイを見送る。わんわんと人目を憚らず泣き続けるジェスに呆れた表情でリヴァイは後は頼んだと告げた。颯爽と馬に跨がるその姿に小さく手を振ればリヴァイは最後にじっと私を見つめて一度も振り返ることなく馬を走らせていった。

小さくなっていく背中に無償に胸騒ぎがする。
気付けば勝手に体が動いていた。

「おい、ナマエ…!どうしたんだよ…!」

セスのそんな声を振り切って自分の馬まで走ると、すぐに飛び乗りリヴァイの後を追う。リヴァイの馬は速い。追いつけるか分からなかったが、夢中になってその背中を探した。

ウォール・シーナの門を出てすぐ。
広い草原に差し掛かった所でようやくその姿を見つけると出来る限りの声で叫んだ。

「待って…!」

その声が届いたのかリヴァイの馬はすぐに止まった。めずらしく驚いた表情で振り返ったリヴァイが馬から降りるのを確認すると、その数メートル手前に馬を止めて地面へと降り立った。

「おい、どうした…?」

胸を押さえて乱れた呼吸を整える。どうしても欲しい言葉があった。

「嘘でもいいの…」

「………」

「嘘でもいいから…死なないって約束して」

「おい…」

「何があっても絶対、死なないって…」

堪えきれずに涙が溢れ出す。

ただの言葉がなんの力も持たないことは悲しいくらい知っていた。それでもどうしても欲しかったのだ。その一言が欲しいが為に私はリヴァイの後を無我夢中で追いかけた。
馬の手綱を握りしめたまま俯いていればいつの間にか距離をつめたリヴァイがすぐそこに立っていた。そのまま強い力で引き寄せられる。

「お前が望むならいくらでも言ってやる…俺は絶対に死んだりしない」

その言葉と同時に目の前の体に縋り付く。私はこの温もりを知ってしまった。これこそが弱くなってしまった原因なのかもしれない。それでももう二度と失いたくはなかった。

時間を忘れて抱き合っていれば、突然リヴァイが体を離して私の目をまっすぐに覗き込んだ。

「…お前も約束しろ」

「え…」

「この先なにがあっても俺だけを信じろ。他の誰の言葉にも耳を貸すんじゃねぇ」

「リヴァイ…」

「誰に何を言われようとも俺が昨日言った言葉を忘れるな…必ずだ」

その言葉に再び涙が溢れ出す。それでも弱々しく微笑むと小さく頷いた。

リヴァイはいつもそうだ。
まるで先で何が起きるのか見越したように私を守ってくれる。

この言葉が後に私にとって大きな支えになることをこの時の私はまだ知らなかった。

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