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▼ 続・リヴァイ兵長は最強ではない【後編】

そして迎えたクリスマス。結局、兵長が何を言いかけたのか確かめることなくモヤモヤとしたまま迎えた一年で最も大切な日。クリスマスだからじゃない、世界で一番大切な人の誕生日。言えば、何も必要ないと言われるに決まっていたから朝からこっそりケーキを焼いた。兵長の好きな紅茶に合うように甘さ控えめなケーキを。

辺りが暗くなり始めた頃、空からわずかに粉雪が舞い落ちてきた。ホワイトクリスマスですね、なんて他愛ない会話をしながら向かったお風呂屋さんからの帰り道。その日もやっぱり兵長は先に入り口で待っていた。

「あの…リヴァイさん」

河川敷を進む背中に意を決して声をかければ、兵長はいつものように振り返った。

「なんだ…」
「この前、ここで…何か言いかけましたよね?」

唇を噛みしめてそう問いかければ、兵長はしばらく何かを考える素振りを見せた後に、ああ…と静かに口を開いた──それと、同時だった。

「おい、いい加減にしろよ…そんなドタキャンがあるかよ!」

河川敷の下から聞こえてきたのはよくよく知った声。歩道を覗き込めばパーカーの上にダウンジャケットを着込んだエレンがスマホ片手に歩いていた。それもひどく苛ついた様子で。

「エレン…?」

その声にキョロキョロと辺りを見回したエレンは河川敷に私たちの姿を見つけると、スマホを耳に当てたまま一直線に坂を登ってきた。隣に立っていた兵長に軽くお辞儀をしたエレンはそのまま私に詰め寄った。

「なぁ、お前今日どうせ暇だろ?これから二時間くらい付き合ってくれよ」
「え…付き合うって…」
「前に言ってただろ…合コンだよ」
「なっ…なんで私が…」

咄嗟に兵長の背後に隠れたがエレンはすぐに追いかけるように回り込んだ。

「急に一人、彼氏が出来たとかで来れなくなったんだよ…先輩なんかも来る集まりだから人数足りないのは困るんだ」

顔の前で必死に手を合わせるエレンにこちらも必死に首を横に振る。

「無理だよ…だって今日は…」

背後から兵長を見上げてみても、その表情はうかがえなかった。

「確かこの前、何でも協力するって言ってなかったか?」

そうだ、確かに言った。エレンが幸せになれば兵長が少しでも自分のことを考えてくれるかもしれないと思ってそう言ったが、今日だけはどうしてもダメなのだ。

だって今日は…

「今日はリヴァイさんの…」
「俺のことなら気にするな…」

突然の低い声に、全身は固まった。

「どうせ帰っても飯食って寝るだけだ…エレンと一緒に行ってやれ…」
「で、でも…」
「あありがとうございます…!助かります!」

いつも兵長のことを昼行灯だとか酷いことばかり言ってるくせに、調子いいエレンは兵長に頭を下げるとスマホのロックを解除して代わりが見つかったと電話をかけながら歩きだした。

「ほんとに…ほんとにそれが兵長の…リヴァイさんの望みですか?」
「ああ…」

間髪容れずに返ってきた返事に拳を握りしめたまま俯く。そうだ、確かめるまでもなかった。兵長にとっての一番重要なことは、エレンが幸せになることだというのに。

「分かりました…私、エレンと一緒に行ってきます…」

うまく笑えたかは分からなかった。それでも必死に笑顔をつくると、兵長の顔をなるべく視界にいれないよう踵を返してエレンの後を追った。



――――――



賑やかな店内、目の前でベラベラとよく喋る男の背後に掛かった時計ばかりに目がいった。

兵長はちゃんと髪を乾かしただろうか…また寒いのに窓を開けたりしてないだろうか…冷蔵庫の中のケーキには気付いてくれただろうか…

日付が変わるまで残すところ数時間。

こんなことならもっと早く、
おめでとうって言っておけばよかった…

店内は賑やかなクリスマスソングで溢れ返っているというのにさっきから頭に浮かんでくるのは兵長のことばかり。自然と視界は涙で滲んでいった。

「悪い、俺ちょっと抜けるわ…」

突然立ち上がったエレンは強引に私の腕を掴むと店の外へ向かって歩き出した。振り返ることなく進んでいく背中に慌てて名前を呼んだ。

「ど、どうしたのエレン…」

近くの公園まで一度も足を止めることなく進んだエレンは申し訳なさそうに振り返った。

「無理に誘って悪かったな…クリスマスだってのに」

その言葉に苦笑を浮かべて首を横に振ると、近くのベンチに腰を下ろした。

「クリスマスなんて本当はどうだっていいの…今日はリヴァイさんの誕生日だから…」
「あ?なんで言わなかったんだよ、そんな大事なこと」
「リヴァイさんにとっては、私と過ごすことが一番じゃないから」

自分で言ってて切なくなった。ふいに溢れそうになる涙を誤摩化すように笑うとエレンは見たこともないくらい顔を顰めた。

「なんだよそれ…お前はそれでいいのかよ?」
「兵長の…リヴァイさんの幸せが私にとって一番大事なことだから」

そう言って自嘲気味に笑えばエレンは呆れたように頭を掻きながら隣に腰を下ろした。

「あの昼行灯は幸せだな…お前にそれだけ想われてて」
「エレンにだって同じように心配してくれてる人はいるからね」
「あ?なんだよそれ…」
「絶対に、いるから…」

かつて人々の期待を一身に背負って戦っていた少年と人類最強と呼ばれていたその人が戦いの末に何を見て何を感じたのか私は知らない。確かなのは兵長が未だにその時の傷を抱え込んでいること。

せめて残ったままのトゲが消えてなくなるまで傍にいたい。そんな風に思うのは我が侭だろうか。

送っていくというエレンの言葉に首を横に振ると、店に戻るように促した。一人静かな夜道を進みながらも頭に浮かんでくるのは兵長のことばかり。あの日、あの河川敷で兵長の為に生きると決めたくせに、またこんなことで気持ちが揺らいでしまった。

ため息をついて空を見上げればさっきまで粉雪だったはずの雪はいつのまにか本格的に降り出そうとしていた。

アパートが見えてきても部屋に戻る決心ができないまま、近くの空き地で時間を潰していこうかと迷っていれば、入り口に座る一人の人影を見つけて足を止めた。それは遠くからでも見間違えるはずのないよく知った人で…

「へ、兵長…!?なんでこんな所にいるんですか」

慌てて駆け寄れば兵長は別れたときの同じ格好のまま、その体はすっかり冷えきっていた。

「まさか…ずっとここで待ってたんですか?」

顔を覗き込んでも兵長は視線を合わせようとはしなかった。わずかな沈黙の後、消え入りそうな声が耳に届く。

「お前を行かせてすぐに後悔した…」
「え…」

思ってもみない言葉に全身は固まった。

「冷蔵庫にケーキを見つけた…あれは俺の為に作ったものなんだろ」
「だからってこんな寒い中ずっと外で待ってたんですか!?」
「悪かったな…」

一瞬、夢じゃないかと思った。それくらい衝撃を受けたその言葉に自然と涙が溢れだす。

「泣くな…」

眉根を寄せて立ち上がった兵長は私の頬に向かって手を伸ばしたが、それから遠ざかるように後ずさる。

「どうして兵長は…いつも私を泣かせるんですか…」
「そういうお前はどうしてすぐに泣くんだ」
「分かりません…でも兵長を見てるだけでいつも勝手に涙が出てくるんです」

遠くを見つめる眼差しも、その不器用な優しさも、夕焼けに溶けてしまいそうな背中も、全部全部が切なくて胸が苦しくなる。

「兵長だけなんです…兵長だけが私の幸せなんです」
「………」
「だから…」

だからどうか、別々に暮らそうだなんて言わないでください。そう言おうと思ったのに、うまく言葉にならなかった。やっぱり涙は止まらなくて薄らと雪で白くなった地面にボタボタと形を残していく。

「おい…どうやったら治るんだその泣き虫は…」

困ったようにそう言われてグズグズと鼻を啜りながら首を横に振った。

「こ、これは兵長の涙でもあるんです…!」

だから我慢してくださいと、自分でもめちゃくちゃなことを言ってると思ったが止められなかった。唇をきつく噛みしめて俯いていれば、急に冷たい手のひらが私の頬を包み込んだ。

「そうか…ならそれを止めるのは俺の役目だな」

そう言って近付いてきたのは深い灰色の瞳。
最初は薄い唇が触れるだけだった。

「ッ……!?」

掠めていく冷たい感触に思わず目を細める。それは一分なのか、一秒なのか、時間の感覚をすっかりなくした私には分からなかった。だんだんと貪るように吸い付く口付けに息があがっていくのが分かると慌てて両手を突き出し体を押し返した。

視線をあげれば兵長は何事もなかったかのようにじっと私を見下ろしていた。なかなか泣き止まない私を宥めるためにやったことだと必死に自分に言い聞かせていれば、とんでもない言葉が耳に届いた。

「そろそろ結婚するか、」

今度こそ風に攫われることなく届いたその言葉。

「誰と、誰が、ですか…?」
「俺とお前に決まってんだろ」

てっきり別々に暮らすかと言われるもんだと思っていた私は状況を理解できずに硬直したまま立ち尽くす。

「あの…結婚っていうのは恋人同士がするものであって…」
「ああ、何か問題でもあるか?」
「わ…私たち、そういう関係だったんですか!?」
「当然だ…そういう関係だから一緒に住んでるに決まってんだろ」

さも当たり前のように言い切られ、知らなかった自分の方がおかしかったんじゃないかとさえ思えてくる。いやいやとすぐに首を横に振った。

「ちょ、ちょっと待ってください…!私にそんなつもりは…」
「あ…?ならお前は気のない男にあれこれ尽くすのが趣味なのか」
「いえ…」
「エレンやナイルの奴にも同じ事をするのか」
「しません…兵長だけです…!」

思わずムキになって声を張り上げれば、兵長はわずかに口元を緩めた。

「ならよかった…」

見たこともないその表情に私は瞬きするのを完全に忘れてしまった。二人の間を音もなく落ちていく粉雪がひどくスローモーションに見える。

「それにお前以外の他に誰がいるっていうんだ」
「え…」
「俺だけなんだろ…お前を幸せにできるのは」

兵長はそう呟くとすっかり冷たくなった手で私の頬を優しく撫でた。

「なぁ…ナマエ、どうなんだ?」

耳元で囁かれた声はひどく甘く、胸の奥まで響いた。臓を鷲掴みにされたような感覚にぼんやりと口を開こうとしたが、落ちてきた口付けによって言葉は奪われた。兵長は何度も啄むようなキスを繰り返した。まるで返事は必要ないとでも言うように。

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