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▼ クリスマスの日はいつも奇跡【後編】

それから何度も季節は巡った。

リヴァイは取引先との打ち合わせの帰り道、人で賑わうショッピングモールを通過している途中だった。吹き抜けになっている広場の中央には馬鹿でかいクリスマスツリーが飾られている。繰り返し流れているのは聞き覚えのあるクリスマスソング。

深くため息をついたリヴァイはかばんの中から音楽プレイヤーを取り出すと耳にイヤホンをつけた。とてもじゃないが、クリスマスソングなんか聞く気分にはなれなかった。

赤い風船を持って駆けていく子供に、仲睦まじく腕を組んだカップル。人混みは昔から苦手だったが、楽しげな雰囲気がますます煩わしさを濃くさせた。周りの雑音から遠ざかるようにイヤホンの音量を2つほど上げた──その時だった。

「わっ…!」

画面を操作していたからか、リヴァイは何が起こったのかすぐには分からなかった。まだ4、5歳ほどの小さな子供がリヴァイの膝にぶつかり派手に床に転げていた。

「おい、大丈夫か…」

子供の前に屈むとその両脇を持って体を起こしてやる。決して人当たりが良さそうとは言えない目つきに、無愛想なツラ。どことなく見覚えのある風貌だと思った。その顔をじっと見つめていれば、人混みの中からひどく懐かしい声が聞こえてきた。

「もう…だから走っちゃ駄目って言ったのに」

その声にリヴァイは一瞬にして固まった。息を切らせて現れたのはやはり五年前に別れたきり、一度も会うことのなかったナマエの姿だった。

「リヴァイ…さん?」

驚いているのは相手も同じようで、二人はしばらく人々が行き交う広場で時間が止まったように立ち尽くしていた。



*******



「もう、五年か…時が経つのは早いな…」
「そうですね…」

広場のベンチに並んで腰を降ろした二人は、目の前にある簡易的に設置されたであろうクリスマスブースで走り回る子供の姿を遠目に見つめていた。リヴァイはちらりと隣を盗み見る。

「あいつはエレンとのガキか…」
「いえ…」

ナマエが気まずそうに俯いたので、リヴァイはそれ以上追求しなかった。こうして久しぶりに再会したのに過去を蒸し返すような真似はしたくなかった。

「ママー!」

流れた沈黙を打破るように遠くから届いた明るい声。こちらに向かって大きく手を振る子供に笑顔で手を振り返すナマエの姿は最後に見た時より随分大人びて見えた。同時に母親の顔になっていた。

「幸せそうだな…」
「はい、とても…」
「そうか…」
「リヴァイさんは、幸せですか?」

それは五年前にも耳にした言葉だった。

「どうだかな…だが、前よりは幸せってもんが何だか分かったような気はする」
「そうですか…」

ナマエを失って初めて気付いた。自分がどれだけ幸せだったのか、そしてそれをどれだけ蔑ろにしていたのか。もう、二度と自分には訪れないもの。静かに地面を見つめていればナマエが急に慌てて立ち上がった。

「あの…私これで失礼しますね。あの子、目を離すとすぐいなくなるです…」

そう言われて広場に視線を戻せば、さっきまで走り回っていたはずの子供の姿がない。

「ああ…」

気まずそうに笑って頭を下げたナマエはすぐに人混みの中へと消えていった。その背中を見送った後もしばらく一人座り込んでいたリヴァイだったが、わずかに息を吐くと立ち上がった。仕事に戻ろう…そう思って歩き出したのだが、またも何かが足にぶつかった。

「うう…」

足に縋り付いていたのはさっきぶつかってきた子供と同じ姿。相変わらず無愛想なツラをしていたがその目には涙をいっぱい溜めていた。自分の足に必死にしがみつく姿に呆れて肩を落とす。

「おい、お前の母親が急にいなくなったお前を心配して探しに行ったぞ」

こくりと頷いた子供はやっぱり涙をこらえるようにリヴァイにしがみついた。盛大なため息をついたリヴァイは小さな体を抱き上げると、一緒に探してやるから泣くなと呟いた。下手に動くよりかはここにいた方がいいだろうと判断したリヴァイは、広場にある馬鹿でかいツリーの下まで移動すると二人並んで腰を下ろした。

「災難だったな…クリスマスだっていうのに」
「うん…でもクリスマスの日はいつも奇跡が起きるってママが言ってたから」
「そうか…」
「おじさんはクリスマス嫌い?」
「ああ、俺にとっちゃいい思い出は一つもないからな…」

そう、自分にとってクリスマスはつらい記憶しかなった。この季節が巡る度にナマエのことを思い出していたが、そんな風に思っていたのはどうやら自分だけだったらしい。もういい加減忘れなければ。リヴァイはそんな風に思うと自嘲気味な笑みを浮かべた。

「ママはね、クリスマスに僕がお腹にいるって分かったんだって」
「そうか……」

五年前のクリスマスの日、やけに深刻そうな面持ちをしたナマエに急に呼び出されたのを何故か思い出した。何かがひっかかる。

「…他に、何と言ってた」
「あとはね…今日は僕のパパが生まれた日でもあるんだって」

その言葉にリヴァイの頭は真っ白になった。

「お前のママがそう言ったのか?」
「うん、だからクリスマスは奇跡の日なんだって」
「…………」
「あっ、ママー」

遠くにナマエの姿を見つけた子供は一直線に駆け出した。リヴァイは混乱する頭を必死に落ちつかせようとしていた。同じ誕生日のやつなんか世の中に五万といる。自分が父親だと決まったわけじゃない。そう言い聞かせようとしたが、こみ上げてくるものを押さえきれなかった。

いや、もういい加減気付かないふりをするのも逃げるのもやめよう。そんな決意を胸に駆けて行く子供の背中と、その先に立つナマエを見つめた。



*******



賑やかなショッピングモールを走り回った後、広場に戻るとようやく探していた姿を見つけた。大きなツリーの下でリヴァイと並んで座っているのを見つけた瞬間、思わず息を飲んだ。本当のことを打ち明けるべきだろうか。だけど自分の勝手な行動であの人の幸せを邪魔することだけはしたくなかった。両手を強く握りしめていれば、遠くから子供の声が聞こえてきた。

「あっ、ママー」
「もう、どこにいってたの…心配したんだから」

駆け寄ってきた子供と同じ高さに跪くと、何度繰り返したか分からない言葉をかける。その瞬間、広場で歓声が沸き起こった。現れたのは赤い服に白い袋を背負ったサンタクロース。プレゼントをもらおうと子供たちが一斉に集まっていた。

「プレゼントもらってきてもいい?」
「もう絶対一人でどこかに行かないって約束するならね…」

満面の笑みで頷いて駆けていく背中を見送ると、ゆっくりとリヴァイの方へ近付いた。

「ありがとうございます、ずっと一緒にいてくれたんですか?」
「…………」

声をかけても立ち尽くすリヴァイに、ナマエは首を傾げて顔を覗き込んだ。

「リヴァイさん…?」

視線を彷徨わせていたリヴァイはゆっくりと顔をあげ真っ直ぐにナマエを見つめた。

「俺と同じくらい大事なヤツが出来たってのは…あのガキのことか」
「え…」

思ってもみない言葉にうまく答えることができなかった。動揺を隠しきれずに自然と後ずさったが、その手はすぐに掴まれた。

「なら俺は…ずっと自分のガキに嫉妬してたってわけか…」
「ご、ごめんなさい…」

途端に泣き出しそうになって頭を下げると、掴まれていた腕を強い力で引かれた。そのまま力一杯抱きしめられて、すぐには何が起きたのか分からなかった。

「悪いのは俺の方だ…俺はお前を失ってようやく気付いた。あの時どれだけ自分が幸せだったのか…」
「リヴァイさん…」
「もうどこにも行くな…これからは俺と一緒にいてくれ」

リヴァイが更に力を込めてナマエを抱き締めた瞬間、吹き抜けになっていた天井から真っ白な雪が舞い落ちてきた。


息が白くなるこの季節は、いつも何か特別なことが起こりそうで胸が高鳴る。特にクリスマス。それは大切な人が生まれた日であり、大切な人の命を授かった日。そして今年、もう一つの奇跡が起ころうとしていた。



クリスマスの日はいつも奇跡

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