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▼ 樫の木の下で君を待つC

樫の木の下で恋占いをした日、リヴァイと一緒に浮かべたどんぐりの実は、私のものだけが沈んでいった。不吉だと笑えば、リヴァイはこんなもの信じるなと言ったけど…私はいつかこんな日がくるのではないかと思っていた。


意識が戻り瞼をあければ辺りはすっかり暗くなっていた。完成された物語がすっぽりと頭から抜け落ちていたような感覚に胸は震え、涙が次から次へと溢れた。

リヴァイはずっと待ってくれていたのだ。
死してもなお、その魂をそこにとどめて。
まるで時が止まってしまったように…

流れ落ちる涙を手の甲で拭うと、あの日の辿り着けなかった場所に向かって再び走り出した。



――――――



数年前に祖母が亡くなってから私はその街にさえ近付かなくなった。胸を抉るような失恋に、あれは幻だったのだと自分に言い聞かせ、何度も忘れようとした。

だけど何年経っても忘れることなんて出来なかった。唯一の幸せな記憶もそこにしかないのだから。

樫の木に辿り着けば、出会った頃と変わらずその人はいた。寂しげに、一人佇む姿を私は息を切らせながら遠目に見つめた。

「リヴァイ…」

自然とその名を口にしていた。涙で顔をぐちゃぐちゃにした私に気付いたリヴァイは、全てを悟ったようにゆっくりと立ち上がった。

「遅いじゃねぇか…随分待たせやがって」
「待ちすぎだよ…」
「ああ、そうだな…確かにもう、何年も待った」
「どうして教えてくれなかったの…?」
「…話すべきか俺には分からなかった。二度もお前の幸せを、邪魔したくはなかったからな」

遠い記憶の中で、私は自分の身を案じて訪ねてきたリヴァイを冷たい言葉で突き放した。本当はその手を取りたかったのに、くだらない意地を張って…

「ごめんね…私、沢山ひどいこと言った…」
「いや…謝るべきは俺の方だ。俺はずっとお前に伝えたかった…あの日、守ってやれなくてすまなかったと」

その言葉に大きく首を横に振る。あの日、私は自ら死を選んだのだ。

「リヴァイ、私ね…あの日あなたの元に向かってたんだよ…」
「ああ…知ってる」
「え…」
「全部知ってんだ…」

思ってもみない言葉に私は瞬きも忘れてリヴァイを見つめた。

「お前は俺のためを思って自分の亡骸を隠せと…奴らにそう言ったんだろ…」

リヴァイは悲痛に顔を歪めながらもどこか笑ってそう言った。

何年も、何千年も、来るはずがないと分かっていながらリヴァイは私を待ち続けていたのかと思うと胸は押し潰されそうなほど痛み、ついにその場に泣き崩れた。そんな私をリヴァイはそっと包み込んだ。触れる事などできないはずなのに、確かにそこに温もりはあって…

「ごめんね、リヴァイ…」

顔を上げればリヴァイはどこまでも優しい眼差しで私を見つめていた。同時にその体が徐々に透けはじめていることに気付くと、泣くのも忘れて目を見開く。

「どうして…」

目の前の体に縋り付こうと必死に手を伸ばしたが、それは虚しく空気を掴むだけだった。

「待って…お願い…あと一日、ううん、あと数分だけでもいいから」
「いや…俺のことは、もう忘れろ」

リヴァイは静かにそう言うと私の頬に手を添えた。その手は、やっぱりそこにあるみたいに温かくて涙で視界は滲んでいく。

「忘れられる日はくる…必ずだ」
「そんなの無理だよ…」

私の耳元に顔を近づけリヴァイはそっと囁いた。

「あの日、俺が言ったことだけは忘れるな」
「え…」
「お前を想ってる奴は必ずいると…そう言っただろう」
「うん…」
「──あれは俺のことだ」

最後にそう言い残して、リヴァイは静かに消えていった。背中に回したはずの腕はむなしく空を切り、私は呆然とその場に膝をついた。


樫の木は生命、永遠の命の象徴だと聞いたことがある。どんぐりの実を持っていると病魔から身を守り、長生きすることができるという言い伝えもある。長い年月を経て、再び巡り会えるようにとこの木が、そんな奇跡を起こしてくれたのかもしれない。そんな風に思うと涙は止まらなかったけど、あたたかな気持ちでいっぱいになった。



――――――



それから何日も、何年も経った。

結婚をやめた私は祖母の家を買い戻し、そこで一人暮らしをはじめた。リヴァイがずっとそうしてくれていたように、時間さえあれば樫の木へと赴き、来るはずのない人を待ち続ける日々。

いつかの日のように草の上に仰向けになって寝転んでみた。リヴァイと一緒に見た空を探したけど、どう頑張ってもあの日見た空は見つからなかった。隣を見ても、もうそこにあの人の姿はない。

「ねぇ、リヴァイ…知ってた?本当に悲しい時は、上を向いてても涙は流れるんだよ…」

涙は流れたけど、不思議と寂しくはなかった。

もし、どこかに孤独を感じている人がいるならほんの少しでいいから想像してみてほしい。この広い世界のどこかに、自分以上に自分のことを想ってくれていた人がいたのかもしれないと。

それは姿、形さえ知らない…

自分が生まれるもっとずっと前から自分だけを待ってくれていた人で…そんな人がいたかもしれないと思うだけで、きっと寂しくはないから。

空に向かって手を伸ばせば、遠くにあの日リヴァイと一緒に見た空が見えた気がした。

ふいに優しい風が頬を撫でていく。





スターチスの花束を持ったまま小高いを登る一人の足音。その姿を見て、ナマエの涙が止まるまで残り数十秒前の出来事だった。


「───おい、ガキ…人の縄張りを荒らしてんじゃねぇよ」



だから私は…そんな日が訪れるまで、いつまでも樫の木の下で君を待つ。

Fin.

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