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▼ 樫の木の下で君を待つA

そして夏は過ぎ、14歳になった。

その年はいつもと違っていた。長く別々に暮らしていた両親はついに離婚を決め、私は母に引き取られることになった。いつかこんな日がくると分かっていたが、それでも辛い夏に違いなかった。一年ぶりに訪れた樫の木の下で、いつものようにリヴァイの隣に座ってこの一年に起きた出来事を話していれば、ふいに視線を感じて動きを止めた。

「なに…?」
「いや、今日は随分と大人しいんだな…」
「え…」
「何か、あったんだろ…」

心配かけまいといつも通りにしていたつもりだったが、そんなのは無意味だったらしい。無理して浮かべていた笑みを消すと、遠くに見える街を見下ろした。もうすぐ日が暮れる。あちこちの家からぽつぽつと灯りがともりはじめていた。

「私ね、時々思うの…自分は誰からも必要とされてないんじゃないかって」
「誰かに必要とされたいのか…?」
「分からない…でも世の中にはこんなに沢山のあたたかな灯りで溢れてるのに、どうして私はどの一つにもなれないんだろうって…」
「………」
「時々、寂しくてしょうがなくなるよ…」

笑ってそう呟いたが、不思議と涙が溢れそうになった。

「嫌だな…泣きたくなんかないのに…」

鼻を啜って顔を覆ったが涙は止まりそうになかった。いつものように黙って私の話しを聞いていたリヴァイは、立ち上がると急にその場に仰向けになった。突然の行動に涙が溢れそうになっていたのも忘れて目を丸くする。

「リヴァイ…?」
「上を向け…」
「え?」
「そうすりゃ、涙は流れねぇだろ…」

その彼らしからぬ行動にしばらく口を開けたまま固まっていたが、すぐにリヴァイの隣に仰向けになった。目の前いっぱいに広がった空はオレンジ色に染まっていて、その遥か向こうには星がキラキラと輝きはじめていた。思わず笑顔になって横を向けば、自分を見つめる優しい眼差しとぶつかった。

「…忘れるな、お前のことを想ってる奴は必ずいる…絶対にだ」

リヴァイはそう言って私の頬へと片手を伸ばした。触れることなど出来ない筈なのに、不思議と温もりを感じた気がした。



――――――



また夏は過ぎ、17歳になった。

私はリヴァイの待ち人を必ず見つけると約束したくせに、どこかで探すのを戸惑いはじめていた。その人が見つかれば、リヴァイは消えてしまうんじゃないかと…そんな考えが頭を過っていたからだ。

そしてこの年、私はある決意をしていた。

いつものように指先が触れるか触れないかの距離を保って座っていた私たちは、その日も待ち人について話していた。そして私は言ってはいけないことを口にしてしまう。

「もう…見つからなくてもいいんじゃないかな…」
「あ?そりゃどういうことだ…」

途端に眉根を寄せたリヴァイから顔を背けると手元のスカートをぎゅっと握りしめた。

「私…高校を卒業したらこっちで暮らそうと思うの」

それはもうずっと前から考えていたことだった。夏だけじゃなくて…春も秋も冬もリヴァイの近くにいられたなら。そんな密かに抱いていた私の願い。しばらく黙り込んでいたリヴァイは静かに首を横に振った。

「駄目だ…」
「ど、どうして…?これからは夏だけじゃなくて、ずっと一緒にいられるんだよ?」
「俺とお前じゃ…生きてる時間が違う」
「それは…」
「俺はお前に触れる事さえできねぇ…」

悲痛に顔を歪めるリヴァイに今度は私が首を横に振った。

「それでもいい、触れられなくてもいいから…私はリヴァイの傍にいたいよ」

溢れそうになる涙をぐっと堪えると、もうずっと何年も胸に秘めてきた言葉を口にする。

「私じゃダメなの…?」

リヴァイが待ってる人の代わりになろうなんてそんなことは思わない。ただ、時間が許す限り傍にいることを許して欲しい。そんな願いを込めて真っ直ぐに見つめれば、リヴァイはすぐに顔を背けて立ち上がった。まるで初めて会った時のように冷たい顔をして。

「ああ、駄目だ…俺はガキは嫌いだ」
「リヴァイ…」
「それに俺が待ってるのは昔からただ一人だけだ…それはお前じゃない」

その言葉は胸の奥深くに突き刺さった。俯いたまま顔をあげることが出来ず、ぎゅっと握りしめていたスカートの裾にさらに皺が寄る。リヴァイは一度も振り返る事なく続けた。

「二度と俺に近づくな」
「っ……」

そこからの記憶は曖昧だった。気付けば私は泣きながら丘を駆け下りていた。ずっとリヴァイの傍にいられると、そう信じて疑ってなかっただけにショックは大きかった。

それは最初で最後の胸を抉るような失恋。

その後も大人になって、誰かと付き合ったり別れたりもしたけど、いつも私の心にはぽっかりと穴が空いたままだった。そしてきっとそれは今でも変わらない。









「そっか…そんなことがあったんだ」

長い長い話を聞き終えたハンジはかけていた眼鏡を外すと眉間のあたりをぐっと押さえて穏やかに笑った。

「その人はさ…きっと君を自分なんかに縛り付けたくなかったんだろうね…」
「え…」
「だってほら…ナマエは歳をとっても彼は永遠にその姿のままなんだろ?」
「それは、そうだけど…」
「キスもできないし、抱き合うこともできない…そんな自分の傍に縛りつけたくなかったから、わざとそんなひどいことを言ったんじゃないかな?」

ハンジが言ったことは、心のどこかで薄々と気づいていたことだった。だけどずっと気付かなふりをしていたのは、それを認めてしまえば全てが変わってしまいそうで怖かったから。

黙って俯いていれば、コンコンとノック音が部屋いっぱいに響き渡った。顔を覗かせたのもうすぐ人生の伴侶となる婚約者。

「準備はどうだい…?」
「…ええ、順調よ」

ブライズルームにある鏡台の前に座っていた私は、笑顔を作ってそう答えた。ふいに頭に鋭い痛みを感じて目の前の鏡を見た。何故だか分からないけど、そこにリヴァイがいるような気がした。婚約者が去ったあともズキズキと痛む米神を押さえていればハンジが心配そうにかけ寄ってきた。

「ちょっと大丈夫?顔色悪いみたいだけど…」
「ねぇ、ハンジ…私これが本当に初めての結婚よね?」
「急にどうしたのさ」
「ううん…」

さっき鏡の中で見えた気がした姿がどうしても気になった私は痛む米神を押さえたまま立ち上がった。

リヴァイともう一度話しがしたい。
この結婚をする前に。

「…まだ式まで時間あるわよね」
「え、ちょっとナマエ…!」

慌てふためくハンジの声も無視して部屋から飛び出すと真っ白なドレスを身に纏ったままタクシーに乗り込んだ。懐かしい景色が広がる祖母の家の近くで降ろしてもらうとヒールを脱いで裸足のまま丘を一気に駆け上がった。

ひらひらとドレスの裾が宙を舞う。

いつかも私はこんな風に誰かの元へ向かって走っていた気がする。それがいつだったかは思い出せないけど、きっと遠い遠い昔。

頭の中で霧がかっていた何かがようやく思い出せそうだった。

ずっと不思議に思っていた。どうしてあんなにもリヴァイに惹かれたのか。どうしてあの日、リヴァイはあんなことを言ったのか。どうしてあの時、リヴァイは私を一度も見ようとしなかったのか。

その答えを知りたいようで、知るのが怖くて、ずっと気付かないふりをしていた。だけど心にぽっかりと空いたこの穴は、リヴァイなしではどうやっても埋めることなんて出来ないのだ。

もう一度、彼に会いたい。

そんな決意と共に空を見上げれば、さっきまで晴れていたはずの空は予報通りに陰りを見せ始めていた。途端に暗くなった空は突如として冷たい雨を降らせる。水分を含んでずっしりと重くなったドレスに足をとられた私は、気付けば崖の下まで一直線に滑り落ちていた。

打ち付けた全身が痛い。とても痛い。だけど不思議と胸の方が痛かった。わずかな痛みを感じながら意識はゆっくりと暗闇に包まれていった。









『リヴァイ…』

いつもそんな風に彼の名前を呼んでいたのは誰だったか…


気付けば私とまったく同じ顔をした女性が鏡の前に座っていた。身に纏う白いドレスは眩いばかりに綺麗なのに、その顔はどこか悲しげで、右手には新聞のようなものが握りしめられていた。


───これは一体、誰の記憶なのだろう。


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