Irregular page | ナノ


▼ ワンナイトミステイク【後半】

カモミールティーを飲んでなんとか二日酔いの頭痛を和らげると調査兵団本部へと向かった。ナイル師団長の口添えもあってか手厚く迎え入れてもらった私はさっそくエルヴィン団長の部屋へと通された。

「久しぶりだな…君とは訓練兵時代に一度顔を合わせているんだが…」
「はい、覚えてます…ナイル師団長と食事の席でご一緒しましたよね」
「ああ、立派に…いや、綺麗に成長したね」
「いえ…」

さっそく直属の上司を紹介するよと笑顔で立ち上がったエルヴィンの後に続く。廊下を進みながらエルヴィンは私に兵士長補佐官の仕事を頼みたいと言った。

「へ、兵士長補佐官…ですか?」
「ああ、そんなに難しい仕事ではないから心配しなくてもいい」
「し、しかし…」

兵士長というのはあのリヴァイ兵士長のことだろうか。神経質で気難しい性格だと噂に聞いたことがあるが、そんな人の補佐官など私に務まるのだろうか。不安になって俯いていれば、エルヴィンは笑いながら仕事内容について語り始めた。どうやら補佐官とは名ばかりで、兵士長のずさんな生活管理をすることが一番の目的らしい。

「憲兵団で厩務員をしていた君にぴったりだと思ってね…」
「はぁ…しかし私が世話していたのは馬ですが」
「人間も馬もそんなに変わらないさ」
(いや、全然違うと思いますけど…)

笑顔で続ける団長に気付かれないように息を吐く。そもそも人類最強と謳われる男が馬とそんなに変わらないはずがない。

「まず、あいつは食事がルーズだ…あと風呂にもしっかり入れてやってくれ」
「ふ、風呂って…私がですか?」
「見張り程度で構わないよ…放っておくと烏の行水程度であがってしまうからね」
「はぁ…」

なんだか聞いていた情報と違う。兵士長は綺麗好きで有名だった気がするのだが。

「それとこれが一番重要なんだが…」
「な、なんでしょう…」
「リヴァイは睡眠をほとんどとらないんだ。着替えもせずに椅子で寝ることもままならなくてね…」
「不摂生極まりないですね」
「あぁ、慢性的な睡眠不足だよ。それを君にしっかり管理してほしいんだ…難しい仕事じゃないだろ?」

怖いくらいの笑顔で言われて本音は胸の奥にしまい込んだまま頷いた。

「…出来る限り、頑張ってみます」

そうだ、これは仕事だ。例え上官のプライベートな面を管理する仕事だろうと、今度こそ油断せずに職務を全うしなければ。これ以上、心配も迷惑もかけるわけにはいかないのだ。ぐっと両手を握りしめ、兵士長の執務室に続くドアをノックした。







「入れ…」

その声に違和感を感じて手を止めた。なんだかとても聞き覚えのある…それもつい最近聞いたばかりの声だと思った。いつまで経ってもドアを開けようとしない私を不思議に思ったエルヴィンが足を動かした瞬間、ドアは内側から勢いよく開いた。

「あ…」
「あ…?」

その距離わずか数十センチで固まる。そこに立っていたのはつい数時間前にもう二度と会うことはないだろうと別れたばかりの男。さっきからズキズキと痛む頭痛の原因。開いた口が塞がらないとはこのことだ。男は相変わらず気怠い空気を纏ってそこに立っていたが、じろりと私を見るとこれでもかと眉根を寄せた。

「はっ…ここへは紅茶でも売りに来たか?」
「そういうあなたは、武器でも売りにここへ…?」
「笑える冗談だ…」
「全然顔、笑ってませんけどね…」

男は兵団のジャケットを羽織っているだけで随分印象が違って見えた。きっとそれは向こうも同じように感じているんだろうけど。しばらく無言でお互いを観察し合っていれば、黙ってことの成りゆきを見守っていたエルヴィンが静かに口を開いた。

「なるほどな…昨日、珍しく外泊したと思ったらそういうことか…」
「ご、誤解しないでください…別にやましいことがあったわけじゃ」
「いや、詮索するつもりはないよ…顔見知りなら紹介する必要はないな」

あとは二人でゆっくり話してくれとエルヴィンは笑顔のまま踵を返した。こんな状況で二人きりにするなんて拷問だ…心の中でそんな悪態をつきながらその背中を見送った。

「やましいことがないだと?昨日さんざん人の腕ん中で喘いでた奴が今さら何言ってやがる」
「やっ…やっぱり最後までやったの!?」
「あ…?全部覚えてるんじゃないのか…」
「そんなの大人としての礼儀でそう言ったに決まってるでしょ」
「はっ…大した礼儀だな」

昨日演じた失態の数々を思い返すと頭を抱えてその場にうずくまる。

「あーもう、死にたい…穴があったら入りたい」
「いっそのこと俺が埋めてやろうか、今すぐにな」

昨夜の優しい態度は見る影もない冷酷な態度にじろりと睨めばリヴァイは怯む事なく続けた。

「言っておくが俺にとっちゃあんなことは珍しいことでも何でもねぇ…自分が特別だと思うなよ」

その言葉の意味を理解しようとしてすぐにやめた。この男、相当モテるに違いない。だからこんな勘違い発言が口から出てくるのだ。呆れたように笑って立ち上がると、真っ直ぐにリヴァイを見据える。

「それは残念です兵士長殿、あなたの特別になれなくて」

皮肉たっぷりにそう言ってやれば、リヴァイは再び深く眉根を寄せた。

「おい、忘れるなよ…誘ってきたのはお前の方だ」
「私は酔ってたんだから…正常だったあなたが配慮すべきだったのよ」
「何言ってやがる…まだ酔ってない時にシェリー酒を奢れと俺に言っただろうが」
「それが何よ…?」
「女があの酒を奢れと言うときは男に抱いてくれって言ってるようなもんだ」
「はぁ?なにそれ、知らないわよそんなの…」

思い返してみえれば確かにシェリー酒をと言った時、リヴァイは驚いたような顔をしていた。まさかそんな意味があるとは知らなかったのだ。大体、男と二人で酒を飲み交わすこと自体初めてなのに、そんな意味があるなんて知るはずもない。

「とにかくだ…昨日のことは絶対に他言するなよ」
「それはこっちの台詞です…むしろなかったことにしてください」
「あぁ、そうだな…俺たちは互いにいい大人だ…難しいことじゃねぇ…」
「ええ…忘れましょう。今から私と貴方はただの上官と部下です」
「よし…」

一度無言で見つめ合うと小さく頷きあう。

「今日から兵士長補佐官としてしっかり貴方の生活習慣を管理していくので」
「ふざけんな…お前の仕事はひたすら俺から離れることだ」
「馬鹿言わないでください。これは団長命令です…!従ってもらいますからね」

ぎゃあぎゃあと言い合う声はその日から絶えることなく響きわたることになる。最悪な一夜の過ちから始まった関係はやがて大きく動き出すのだが…

それはまた別のお話。

prev / next

[ back to top ]



人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -