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▼ chapter10 告白【後半】

どうして今日に限ってと思わずにはいられなかった。どこかで事故でもあったのか前の車はなかなか進まない。最悪なことに空港までの道のりは大渋滞していた。お決まりの展開すぎて溜め息さえでない。

ようやく動き出したかと思えば教習所で見るビデオさながらの安全運転だ。

「おじさん…お願いだからもっと急いで…!」

「と、言われてもねぇ…」

運転手席の名札には「安全第一」と掲げられていた。もちろん賛成だ。今日以外であるならば。焦る気持ちでリヴァイに電話をかけてみても、呼び出し音もなしに留守番電話のアナウンスが流れるだけだった。

(ひどい…ひどいよリヴァイ。どうして黙って行こうとするの…)

思い返せば最初からひどい奴だった。強引にキスはするし、失礼なことは言うし、余計なことばかりするし…それでも一番つらい時に側にいてくれた。このまま二度と会えないかもしれない…そう思うと胸がぎゅっと痛んで携帯を握りしめた。



――――――



メールにあった出発時刻30分前に空港に着くとそのまま止まることなく出発ロビーまで走る。息が切れて涙が溢れそうになって、すれ違う人は私を見て驚いた顔をして振り返ったが、そんなことを気にしている余裕はなかった。

会って何を言おうとしているのか分からない。
でも、このままさよならなんて絶対に嫌だ。

ごしごしと制服の袖で涙を拭うとエレベーターを待ちきれなくて階段を駆け上がる。国際線の出発ロビーにつくと息を切らせたまま辺りをくるくると見回した。保安検査場の前、一番込んでいるそこに見覚えのある後ろ姿を見つけると、思わず人目も憚らず名前を叫んだ。

「リヴァイ…!」

黒のトレンチコートをきっちり着込んだリヴァイは珍しく驚いたような顔で振り返った。肩で息をしながら近づくと、いつもの顔つきに戻ったリヴァイが眉根を寄せて私を見た。

「おい、なんでお前がここにいる…」

「ハンジさんが…メールくれて…」

「チッ…あのクソメガネ…余計なことしやがって」

悪態をつくリヴァイのコートの端をぎゅっと掴む。

「ひどいよリヴァイ…なんで黙って行こうとしたの?」

「………」

「そんなに迷惑だった…?」

「おい、泣くな…」

そう言われて自然と涙が流れていたことに気付く。慌てて制服の袖で拭おうとすれば、その腕はリヴァイによって掴まれる。そのままいつもの感情のない目で私を見つめたリヴァイは頬に手をあて親指でぐいっと私の涙を拭った。

急に気恥ずかしくなって俯く。空港まで追いかけて私は何をめそめそ泣いているんだろう。これじゃあリヴァイの言うように子供でしかない…

「お前も一緒に来るか…?」

「え…」

まさかの言葉に驚いて顔をあげる。

「来て、欲しいの…?」

「そう言えばお前は来るのか…?」

リヴァイの顔をじっと見つめる。冗談で言ってるのかと思ったがその目は真剣だった。それでも俯くと小さく首を横にふる。

「行かない…だって私には…私の人生があるから」

それはリヴァイから教わったことだった。まっすぐ顔を上げてそう言えば、リヴァイはほんの少し寂しげに笑った。

「あぁ…」

「私…次にリヴァイに会った時にはびっくりされるくらいいい女になるから」

「お前はもう十分いい女だ…」

そう言って私の前髪をくしゃりと撫でたリヴァイはフライトの時刻がアナウンスされるとスーツケースを持って踵を返した。

「頑張ってね」

「お前もな…」

だんだんと遠くなる背中をぼんやりと見つめる。

これで良かった。最後にお別れも言えたし、見送りもできた。明日からまたいつもと同じようにあの家でごはんを食べて学校に行って試験勉強をして…

その中にもうリヴァイはいない。

そう思うとやっぱり涙が溢れてきて、思わず離れていく背中に向かって声をあげた。

「リヴァイ…私…帰ってくるまで待ってるから…!」

保安検査場の手前で足を止めたリヴァイは驚いたように振り返った。

「ずっと待ってるから…あの家で!!」

しばらく立ち尽くしていたリヴァイは、小さく舌うちするとスタッフに何か言って戻ってきた。

「え…」

ズカズカと不機嫌なオーラ全開で戻ってくるリヴァイに思わず逃げ腰になる。こんな所で告白じみたことを叫んだから怒っているのだろうか…

どうしようどうしようと固まっていれば目の前まで戻ってきたリヴァイは強い力で私の腕を掴んだ。そのまま人気のない物陰へと連れて行かれる。

「おい…三十路にこんなことさせんじゃねぇよ…」

困ったような顔でそう呟いたリヴァイは私の頬を両手で包んでそのまま強引に口付けした。脱衣所で初めてキスされた時と同じように何度も何度も角度を変えて唇を奪われる。

あの時と違うのは、顔を離したときのリヴァイの顔がなんだか切なげで…そんな顔で見つめられると胸の奥がぎゅっと締め付けられる。

たまらずリヴァイの首に腕を回すと自分からも顔を寄せた。離れたくない、一秒でも長く側にいたいと。そんな私の行動に目を見開いたリヴァイはわずかに顔を離すと耳元で囁いた。

「変な男に流されんなよ…待ってろ、俺が戻るまで必ず…いいな?」

そのリヴァイらしからぬ言葉に目を丸くしたが、すぐに笑顔で小さく頷いた。



――――――



数ヶ月後。

駆逐ハウスでは以前と変わらぬ朝を迎えていた。スーツに青いエプロンをつけたエルヴィンはご機嫌にご自慢のコーヒーを入れ、カウンターに座ったハンジは新聞の経済欄に夢中になっていた。エレンはというと相変わらずの朝寝坊である。そんな中、私は鳴らない携帯とにらめっこしていた。いつまでたっても返事がこないのだ。あの目つきの悪い外科医から。

「何が待ってろよ…変な男に流されてやる…」

「なになに、彼氏からのメールでも待ってんの?」

ハンジの言葉にドキッと肩が跳ねる。心の中で呟いていたつもりだったが声にだしていたようだ。おそるおそるキッチンに顔を移せばエルヴィンが厳しい顔をして私を見つめていた。

「ナマエ…彼氏ができたならちゃんと紹介しろ。お前を任せられる相手かどうか見極めてやる…」

まるで父親みたいな事をいうエルヴィンに、相手はあなたのよく知った人です…なんて心の中で呟いてみる。リヴァイだと知ったらエルヴィンはどういう反応をするだろう。今はもう同居人じゃないわけだし言っても良いのだろうか。そもそも、恋愛禁止の意味もよく分からない。

「ねぇ…前から思ってたんだけど、なんでここは恋愛禁止なの?」

できるだけ平常心を装って聞いてみればエルヴィンはあぁ、それは…と口を開いた。

「…単純に家族が欲しかったんだ」

「家族…?」

「あぁ、恋人になれば別れることもあるが、家族になればその関係はずっと壊れることはない。私はずっとそんな家族が欲しかったんだ…」

「エルヴィン…」

「私たちはまず、同居人である前に一緒に住む仲間で、家族だからな…」

そう言って優しく頭を撫でられると自然と笑顔になる。横を向けばハンジも優しい顔で笑っていた。エレンを追いかけてここに入居したけど、今となってはこの二人も大切な存在だった。

駆逐ハウスで暮らす幸せを噛みしめていれば、突然チャイムが鳴り響いた。こんな時間に珍しい…なんてほんの少しデジャブを感じながら玄関に向かうとエルヴィンのサンダルを借りて勢いよくドアを開けた。

「はーい、どちらさ…ま…」

そこに立っていた人物に大きく目を見開く。

「また訪問販売とか言いだすなよ…」

放心状態に陥ってしまったせいかうまく状況を理解できずにとりあえず扉を閉めようとすれば、案の定それは阻止される。

「おい…てめぇ、ふざけてんのか…」

「だ、だって…海外勤務って一年とか二年じゃないの!?」

「あ…?誰が海外勤務だと言った…ただの出張だ…」

「でもハンジさんが…!」

「馬鹿が…騙されたんだよお前は」

「じゃ…じゃあ、あの空港のは…!!」

自分の大胆な行動を思い返して赤くなっていれば強い力で引き寄せられる。

「久しぶりなんだ…少し黙れ…」





「ハンジ…なんだか私が知らない間にとんでもないことになってないか…?」

「うん、気付くの遅すぎだよねエルヴィン…」

「ここは恋愛禁止なんだがな…」

「まぁまぁ、いいじゃない…家族になればいいんでしょ?あの二人ならすぐにそうなるんじゃないかな?」

「能天気だなお前は…見てみろ」

エルヴィンが指差した方にハンジが顔を向ければ、さっきまで仲睦まじく抱き合っていたはずの二人はメールの返事が遅いだの何だので既にぎゃあぎゃあと言い争いを始めていた。

そんな二人が仲良く揃ってこの家を出て行くのは、もう少しだけ未来のお話。



Fin.

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