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▼ 初めてお留守番します!【前半】

ペトラに想いを告げられた時、丁度いいと思った。

その頃の俺は人類最強と呼ばれはじめ、周りには鬱陶しいくらいの女たちが群がってきていた。そんな奴らに比べたらペトラは努力していたしそれなりの実力もあった。なにより他の女共と違って言葉が通じた。

酷い決断だとは思ったが、俺は誰かを愛せると思っていなかったし愛されるとも思っていなかった。だが、ペトラはそんな俺を一途に思ってくれた。だから出来る限りそれに応えようとした。応えようとしたのだが…本当のところは分からなかった。

そんな時、あの女が現れた。

『人類最強だかなんだか知らないけど…人の気持ちまで自由にできると思った!?』

面と向かって俺に啖呵を切った女はあいつが初めてだった。

最初はただ品のないふざけた女だとしか思っていなかった。なんの遠慮もなく人の心に踏み入ってくることに苛々もしたが、気付けばそれを心地よく感じている自分がいた。あいつは俺のことを地下街のゴロツキや人類最強の男としてではなく、ただの一人の男として接してきた。気付けば側にいて欲しいと、そんな風に思うようになっていた。

そして同時に恐ろしくなる。

この気持ちが大きくなればなるほど、いずれ自分のもとから離れていく時に黙ってそれを許すことができるのかと。

こんな女々しい気持ち…

「おーい、リヴァイ?どうしたの…君らしくないね」

そう、俺らしくもない。

一人きりの執務室で聞こえる筈のないその声に顔をあげればハンジが訝しげに自分を見下ろしていた。書類の処理に追われていれば、いつの間にか考え込んでいたらしい。こいつが部屋に入ってくるのも気付かないほどに。

「…なんだクソメガネか」

「なんだじゃないでしょ、人を呼び出しておいて」

「あぁ…そうだったな」

ハンジを呼び出した理由を思い出すと小さく息を吐く。再び書類に視線を戻せば、呆れたようにハンジが口を開いた。

「ねぇ…今日からカラネス区でしょ?あれからナマエとはちゃんと話したの?」

「いや…」

「まさか黙って行くつもり?」

その質問には答えることなく顔を顰める。

あの舞踏会の日からナマエとはまともに話していなかった。避けられて当然だ。帰りの馬車で無理矢理あいつの唇を奪ったのだから。正直、こういう時どうしていいか分からなかった。

そんな時に限って厄介な任務が入った。

一ヶ月後に控えた壁外調査を前にカラネス区の兵士達の訓練と隊列を見直して欲しいと本部から依頼がきた。何日かこの古城を離れることになった為、こうしてハンジを呼んだのだ。

「おい、あいつがおかしな真似しないように見張っておけ」

「ナマエを見張れとか言ってるけど、本当のところは変な虫がつかないように見張ってほしいんでしょ?エレンとかね…」

「ちっ…」

「まったく素直じゃないんだから」

「あいつはガキで馬鹿みたいに恐がりだ…一緒に寝てやれ」

「はいはい…そのガキにすっかり骨抜きにされちゃってるみたいだね…」

「あ…?」

「可愛くてしょうがないんでしょ」

「黙れ…クソメガネ。そんなんじゃねぇよ…」

舌うちと共に立ち上がると書類を持ってハンジの横を通り過ぎる。いつもそうだが、ハンジの言ってることはあながち間違ってはいない。自分がいない間にエレンの所にでも行かれたらたまったもんじゃない。全てはそんな馬鹿げた独占欲だった。

廊下を進みながら通り過ぎる新兵に声をかける。カラネス区に向かう人員にもう一人、オルオを連れていこうと決めていた。今しがた処理したばかりの書類を本部に届ける為、先に発つことをその新兵に言付けるとそのまま厩舎へと向かった。



――――――



花壇の土に肥料を混ぜながら手を止めるとため息をつく。さっきからその繰り返しだった。頭に浮かんでくるのは舞踏会での出来事。あの記者に言われた言葉が頭から離れなかった。

『この結婚は民衆を欺くための政略結婚だ』

それは紛れもない事実だった。だけど私だって兄が肩代わりしてしまった借金を返すためにこの結婚を承諾した。決して悲劇のヒロインなんかじゃない。自分のせいでここの皆に迷惑がかかるのではとそんなことばかりが頭を占めていた。

リヴァイに相談しようにも数日前から喧嘩をしていた。それもくだらないことで。

帰りの馬車で触れた唇の感触を思い出す。どうしてリヴァイがあんなことをしたのか分からなかった。無意識に唇をなぞれば、その手が泥だらけであることに気付いて慌てて袖口でごしごしと擦る。

「さっきから赤くなったり青くなったり…忙しそうだね」

そんな呟きに驚いて振り返れば、いつものように笑顔で片手をあげたハンジが立っていた。

「ハ、ハンジ…さん?」

「やっほー!ナマエ、遊びに来ちゃった」

「遊びに来ちゃったって…一体どうして?」

こんな昼間からハンジが古城を訪れるのは珍しかった。それも突然、何の連絡もなしにだ。きっと何か用事があったに違いないと訝しげに瞬きを繰り返していれば、苦笑を浮かべたハンジがゆっくりと私に近づいた。

「やっぱり何も聞いてないみたいだね…」

「え…?」

「リヴァイは今日から長期任務でカラネス区へ行くことになったんだ。だから代わりに私が呼ばれたってわけ」

「長期任務!?」

初めて聞かされるその内容に大きく目を見開く。慌てて駆け出そうとすれば、ハンジによって引き止められる。リヴァイがすでに出発したことを聞かされると、もう何度目か分からないため息と共に項垂れた。

「どうして…何も言わずに行くなんて…」

顔を見て、ちゃんと見送りたかったのに。

そこまで考えて顔を横にふる。思い返してみればリヴァイは何度も私に話しかけようとしていた。それを避け続けていたのは私自身だ。

「ねぇ、ハンジさん…長期任務が終わったらリヴァイちゃんと帰ってくるよね?」

不安気に見上げれば、一瞬驚いたように目を丸くしたハンジはすぐに優しい顔で私の頭を撫でた。

「大丈夫、ちゃんと帰ってくるよ…それまで私が一緒に寝てあげるからね」

「え、なんでそれ…」

「リヴァイから一緒に寝てやれって頼まれたからね」

「リヴァイが…?」

不器用なその優しさにまた胸が締め付けられる。

帰ってきたらちゃんと謝ろう。避けていたことも頬を叩いてしまったことも。そして舞踏会の日に何があったのか話して相談するのだ。偽りとはいえ、私たちは夫婦なんだから。

そう心に決めて小さく頷いた。



――――――



予定よりも早くカラネス区に到着したリヴァイは賑やかな市街地を歩いていたが、ある店の前で足を止めた。いつもだったら見向きもしない装飾品の一つに目を細める。淡い紫色の花をつけたネックレスはナマエに似合いそうな色をしていた。思わず手を伸ばす。

「それ、彼女にですか…?」

その声に振り向けば、馬の手綱を引いたまま佇むペトラの姿があった。

「…何故お前がここにいる。俺はオルオに来るよう伝えたはずだが」

「オルオが私に行けって変わってくれたんです」

「じゃあ…何だ?お前らは上司の命令を無視したってわけか…」

眉根を寄せてそう言えばペトラは気まずそうに俯いた。その様子に呆れたようにため息をつけば、ペトラはすぐに顔を上げた。

「勝手なことをしたのは分かってます。でもっ…最初で最後です…だから…今回は私にお手伝いさせてもらえませんか?」

その強い眼差しから思わず顔を背ける。

「…好きにしろ」

これは完全に私情だ。付き合っていた頃でさえ任務中に私情を挟むことなどなかった。今こうして必死なペトラを前に拒めないのは罪悪感という名の私情でしかなかった。

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