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▼ 人類最強シンデレラになります!【前半】

迫る壁外調査を前にリヴァイは忙しなく動いていた。ナマエとまともに会話すら出来ない毎日に苛立ちを隠しきれずにいたが、溜まっていた書類の処理も終えようやく非番の日を迎える。

これで二人の時間を過ごせると足早に部屋に向かへば、肝心のナマエの姿がどこにもない。医務室にも食堂にも厩舎にもその姿はなかった。近くで馬の世話をしていた兵士に心当たりがないか訪ねれば意外な答えが返ってきた。

「あぁ…ナマエさんなら朝早くに内地に向かわれましたよ」

「内地だと…?」

「はぁ…なんでもエルヴィン団長と一緒に公式行事に行くとかで…」

「エルヴィンだぁ…?」

そんなことは一言も聞いていなかった。確かにここ最近、まともに顔を合わせていなかったとはいえ一言もなしに内地に行くとはどういうことだ。何より一緒に内地へ向かった相手が気に食わない。

「おい、俺も行くぞ…」

「は…?」

「今日は非番だ。明日までには戻る…」

「し、しかし…それじゃあ、ほとんどトンボ返りになるんじゃ…」

そんな兵士の言葉を背中で受け流すと馬に跨がり両腹を思い切り蹴った。



――――――



その頃、内地いたナマエは見たことのない美しい街並に目を輝かせていた。レンガ造りの公園で水しぶきをあげる噴水に感嘆の声をあげる。そんな様子にエルヴィンは優しい笑みを浮かべていた。

「ありがとう、エルヴィン…私のことを心配して連れてきてくれたんでしょ?」

公式行事という名目ではあるが内地へ連れだしてくれた本当の理由はなんとなく分かっていた。再び出回りはじめた政略結婚の記事。それを見て落ち込んでいるのではと心配したエルヴィンが連れ出してくれたのだ。

しかし、このまま放っておけば調査兵団に対する民衆の不満がいつ爆発するか分からない深刻な状況だった。自分なりに考えて決断したことをエルヴィンに伝える。

「ザックレーのおじさんにはもう伝えたんです…」

「総統はなんと…?」

「私の好きにさせてくれるって…」

「それでは君が…」

珍しく動揺したエルヴィンの声を遮るようにして顔をあげる。

「お願いエルヴィン…私にできることをしたいの」

「だが、リヴァイはどうなる?」

「あの場所を守ることはリヴァイを守ることだから…」

「しかし、リヴァイはきっと…」

一番に君を守りたいんじゃないだろうか…

そんなエルヴィンの言葉は、最後まで私の耳に届くことはなかった。噴水が大きな音をたてて水しぶきをあげる。

「相変わらず強いな…君は」

その言葉に小さく首を横にふると、賑わう路地へと視線を移す。綺麗に着飾った女性達がにぎやかに歩いていた。

「それに…リヴァイにはもっとふさわしい人がいると思う。私は…品も教養もないし…なんの魅力もないですから」

そう言って肩を竦めれば、急にエルヴィンが動いた。驚いて顔をあげれば真剣な顔で見下ろされる。

「ナマエ、人はな…環境や置かれた立場で成長することもあるが、ほとんどはそれに流される…」

「え……」

「変わらない君は誰よりも魅力的だ…」

「エルヴィン…」

その言葉に自然と涙で視界が霞んだ。ぐっと口端を噛みしめて俯けば、ふわりと優しい温もりに包まれた。

「ありがとう…エルヴィン」

最初から見守ってくれていたエルヴィン。感謝の気持ちを込めて背中に腕を回せば、急に辺りが騒がしくなった。ズカズカと大股で歩く男の気迫に誰もが振り返る。何事かと顔を向けようとした瞬間、すごい力でエルヴィンから引き離された。

「おい…てめぇ…エルヴィン、人の女に何してやがる…」

「リヴァイ…!?」

そこにいるはずのない人物に大きく目を見開けば、その鋭い視線が今度は私へと突き刺さった。ヒィッと悲鳴をあげてエルヴィンの背中に隠れようとしたがすぐに腕を取られて阻止される。

「随分馬を飛ばしてきたなリヴァイ…」

エルヴィンの呆れたような、感心したようなその言葉に答えることなくリヴァイは踵を返した。

「帰るぞ…」

「ええっ、ちょっと…」

強引に腕を引かれ、慌てて振り返れば苦笑を浮かべたエルヴィンが片手を上げて私たちを見送っていた。その姿に、同じように手を振り返すと再びリヴァイへ視線を戻す。その背中は不機嫌なオーラに満ちあふれていた。

「もっと内地の街見たかったのに…」

「俺が連れてきてやる…」

思わず漏れた本音に、リヴァイは振り返ることなく答えた。そして私の腕を引いたまひたすら路地を進んでいった。



――――――



古城までの道のりを半分まできたという所で、馬を休ませるために地面へと降り立った。自然の豊かなそこは緑が生い茂り、川の水面がキラキラと光を反射させていた。

「うわ…きれい…」

内地で見た人工的に作られた川にも感動したが、自然の川も負けず劣らず美しい。そんなことを考えながら目の前に広がる景色を眺めていれば急にリヴァイが屈んだ。

「この川の水はきれいだ…喉が渇いたなら飲んでおけ」

「うん…」

そのままリヴァイと並んで手を洗ったり、透明な水を口に含んだりする。ちらりと隣を盗み見ればリヴァイはどこか疲れているようだった。

「ごめんね、リヴァイ…せっかくの休みなのに疲れさせちゃったね…」

申し訳ない気持ちから労うようにそう言えば、リヴァイの眉間にはいつも以上にくっきりと皺が寄った。

「おい、やめろ…」

「は?」

「そんな格好で、そんな事言うんじゃねぇよ…」

そんな格好と言われて自分の服装を見下ろせば内地でエルヴィンに渡されたワンピースが目に入る。貴族が着るような上品な色遣いのそれに合わせるように髪もハーフアップにまとめていた。

「な、なによ…なんか変なこと言った…?」

「ここで押し倒してもいいのか…?」

「はぁ!?…なに言って…!!」

動揺を隠せずに慌てて立ち上がればすぐに腕を引かれてバランスを崩す。そのまま青々と生い茂った草の上に押し倒されたが不思議と背中に衝撃はなかった。両手首を押さえつけられうるさいくらいに心臓が鳴りはじめる。

「ちょ…ちょっと…冗談ならやめてよね…!」

そんな声を無視してリヴァイは私の首筋へ鼻を寄せた。くすぐったさから身を捩る。

「ん…ちょっと…」

「チッ…エルヴィンの匂いなんかさせやがって…」

吐き捨てるようにそう言ったリヴァイは目を細めて私を見下ろした。

「なんでお前はいつもそうなんだ…簡単に他の男についていくんじゃねぇよ…」

「ご、ごめん…」

「勝手に俺から離れるな…いいな?」

その言葉に一瞬返事を迷った。咄嗟に視線を彷徨わせれば、リヴァイはますます顔を歪める。

「おい…さっさと答えろ…」

「わ、わかった…わかったから…いい加減離してよ…」

両手首の拘束が緩んだのが分かると、すぐにリヴァイの首に抱きついた。今にも泣き出しそうな顔を誤摩化すように力を込めてすり寄ればリヴァイが怪訝そうに口を開いた。

「おい…まさかあの記事のことを気にしてるのか…?」

「そんなんじゃ…ないけど…」

「心配するな…お前のことは何があっても俺が守る…」

その言葉に小さく頷いたが、本当はそうではなかった。涙が溢れそうになったのは、すでに自分の中である大きな決断をしていたからだ。



――――――



古城に戻るとすぐにエレンの姿を探した。壁外調査が始まる前にどうしてもエレンに伝えなければならないことがあった。日が暮れはじめた頃、小高い丘にその姿を見つけると足早に丘を登る。

ここで一人パンをかじっていればエレンが当たり前のように現れてくれたっけ…そんな事を思い出しながらその背中に声をかけた。

「エレン…この花を覚えてる?」

言いながら差し出したのは内地で手に入れた一輪の花だった。驚いたように振り返ったエレンはその花を視界にいれると気まずそうに俯く。

「あぁ…覚えてる…」

「ごめんねエレン…私ずっとエレンに甘えてた」

「…………」

「約束を、守ってくれてたのに…私は何も知らないで…」

「俺…約束とか関係無しに、お前のこと好きだったんだ…」

「うん…分かってる」

「だけど俺は…本当にガキだよな…お前の幸せを素直に喜んでやれないなんて」

エレンの言葉に大きく首を横にふると、まっすぐにその大きな瞳を見つめた。

「私ね…エレンを見て気付いたの。私もそんな風に大事なものを守っていけるように強くならなきゃって」

「ナマエ…」

「勝手かもしれないけど…エレンには笑ってて欲しいから」

持っていた花をエレンの前に差し出す。それは子供のころ、一人で泣いていた私にエレンが差し出してくれた一輪の花。それを受けとるとエレンは今にも泣き出しそうな顔で笑った。

「だから…泣かないでエレン」

もう子供のころとはすっかり違う。いつの間にか私よりもずっと大きくなったその体を抱きしめれば、エレンもまた私を抱きしめ返してくれた。冷たい夜風が吹き抜ける中、あたたかな温もりに包まれた。



――――――



すぐに壁外調査の日は訪れた。

出発の準備を進める兵士たち一人一人に無事を願って声をかける。最後に不安気にリヴァイへと顔を向ければ安心させるように頬を撫でられた。

「心配するな…今回の遠征は小規模なものだ」

「うん…気をつけてね」

リヴァイは小さく息を吐くと、一度視線を逸らして口を開いた。

「…帰ったらお前に伝えたいことがある」

「え…なに?」

「だから、帰ったらと言ってるだろうが…」

「わ、分かった…」



馬を走らせながら、何度もうしろを振り返るリヴァイにエルドが首を傾げた。

「どうしたんですか、兵長…?」

「いや…」

嫌な予感がして再び古城へと振り返れば、いつまでも笑顔で手を振るナマエの姿があった。妙に胸騒ぎがする。だが、今は壁外へ出ることだけに集中しなければならない…小さく舌うちすると、浮かんできた嫌な予感を無理やり頭の隅へと追やった。



――――――



兵士たちの姿が見えなくなると大きく伸びをして、空を仰いだ。そのまま部屋に戻ると、机の上に真っ白な紙を広げペンを走らせる。途中で何度かその手を止め、考え込むように頬杖をつく。そして最後まで書いた手紙を読み直すとうーんと唸った後、ビリビリに破いてゴミ箱へと捨てた。

小さなメモ用紙を手に取ると、今度は殴り書きのように二行だけメッセージを残してそのまま部屋を後にした。

医療バックを持ったまま厩舎に向かうと、愛馬に駆け寄る。

「兵長…わたしと一緒に来てくれる?」

そう言えば、愛馬はいつものように優しくすり寄ってきてくれた。



――――――



補給ルートの確保という極めて小規模な壁外遠征を終えシガンシナ区へと戻れば、オルオが焦ったように駆け寄ってきた。そのただならぬ様子に古城を出発する時に感じた嫌な予感が頭を過る。

「兵長、大変ですっ…!」

「どうした…」

オルオから手渡された回紙に目を通すと一瞬にして顔を歪める。そこには民衆を欺くために仕組まれた結婚は、すべてナマエの私有財産が目的だったという内容が事細かに書かれていた。悲劇のヒロインから一転、民衆を欺いた悪女へという見出しをぐしゃりと握りつぶす。

「一体これは…どういうことだ」

「分かりません…俺たちが壁外に行ってる間に、ナマエが取材を受けたみたいで…」

「はっ……」

咄嗟に頭に浮かんできたのは舞踏会の日にナマエに近づいたあの男。エルヴィンから記者の男だとその素性を聞かされていた。


嫌な予感にすぐに古城へと馬を走らせたが、案の定、そこにナマエの姿はなかった。部屋に残された一枚の紙切れを手に取る。

『さようなら。
私、やっぱり意地悪な人は嫌いです』

まるで走り書きのような雑な文字に眉根を寄せる。

「なんだ、このふざけたメモは…」

まったく訳が分からないと立ち尽くしていれば、後を追いかけてきたエルドがナマエの部屋からゴミ箱を抱えて戻ってきた。

「兵長…もしかして、こっちが本物の手紙じゃないですかね…」

そう言われてゴミ箱の中を覗き見れば破かれた紙切れがいくつも捨てられていた。

「だとしても、もう読めねぇだろ…」

「いや…俺、こういうの得意なんで」

エルドは散り散りになった紙切れを、まるでパズルのピースを合わせていくかのように繋ぎあわせていく。そして一枚の紙に戻ったそれを差し出されると、焦る気持ちを抑えながら一行ずつ追いかけた。




リヴァイへ

突然こんな手紙を置いて消えてごめんなさい。
私、この古城を出ることにしました。

きっとこんな勝手なことをしてリヴァイは怒るかもしれないけど、できればこの手紙だけは最後まで読んでください。

あのね、リヴァイ。
私、初めてここに来た時なんてところに来ちゃったんだろうってそればっかりだった。
自分の居場所なんてどこにもないって卑屈になってたけど、そうじゃないって気付いたの。

あんなに嫌で嫌でたまらなかったはずなのに、気付けばこの城は私にとって大切な居場所になってました。

リヴァイは何があっても私を守ってくれると言ってくれましたね。
だけど、その気持ちは私も同じです。
私なりにこの場所を守るために、ここを離れることを決めました。

だから黙って出て行くことをどうか許してください。
そして今度は絶対に私のことを追いかけたりしないでください。

もし、生まれ変わってまたリヴァイと出会えるなら
今度こそリヴァイの大切な人になりたいです。




最後まで読み終わると、呆然とその手紙を握りつぶす。

「なんだこのふざけた手紙は…」

「兵長…」

胸が押し潰されるのではないかと思うほど痛んだ。どんなに体を切り刻まれるよりも鋭い痛みが全身を襲う。

失って気付くとはまさにこのことだ。
こんなにも自分にとってあの女がなくてはならない存在だとは思いもしなかった。

しばらくそのまま立ち尽くしていたが、すぐにナマエの行きそうな場所を探すために足を動かした。だが、何処を探してもその姿は見つからなかった。エルヴィンやザックレーを問いつめても行き先は知らないと言うばかりで。何よりあいつは唯一の家族であるハンネスにさえ行き先を伝えてはいなかった。


その徹底ぶりに、苛立ちだけが募る。


そして、ナマエは姿を消した。
今度こそ本当に。

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