▼ 囚われた身の上で【前半】
※ お話の中盤に暴力的表現あります。苦手な方はご注意ください。
巨人が怖い、
だなんて思ったことは一度もなかった。
私が目指すのはただひたすら「兵士長」という称号だけで、あの人の隣に立つことだけを考えていた。
それが突然、あと一歩のところでどうしても届かないものとなった。
”アイツ”の出現によって。
「おい、邪魔だ…どけ」
訓練を終え、武器庫に装備を戻しながら物思いに耽っていた私の思考はその不機嫌な声によって遮られる。 その一言で背後に立つ人物が誰だか分かるのはこの兵団内で唯一敵意を向けている相手だからだろう。
静かに振り返ると、何事もなかったかのように足を進める。
午後の訓練は日差しが強く、風通しの悪い武器庫には熱気がこもっていた。長くこの場所にいればそれだけで汗が滴り落ちてくるほどに。それに加えて人類最強と呼ばれるこの男の出現。一刻も早くこの場所から立ち去りたかった。
それでも一歩すれ違ったところで相手が小さく笑ったのが分かると足を止める。
「無視とは相変わらず度胸だけはあるようだな…」
その分かりやすい挑発に、冷めた視線を向ける。
「…だが、さっきの無様な連係はなんだ」
乗ってはいけないと分かっていても、抑えきれない感情からギリッと奥歯を噛みしめる。自分を落ち着かせるように小さく息を吐くと、完全に存在をなかったことにしようとしていた相手に向き直った。
「なにか…問題でもありましたでしょうか、兵士長殿」
「…まず、そのふざけた喋り方をやめろ」
目を細めれば、相手もまた冷めた目でこちらを見つめる。嫌な沈黙が武器庫を支配した。
「だから…なにか問題でもあったかって聞いてんだよクソチビ」
「ほぅ…それが人にものを聞く態度か」
「こっちから聞いた覚えはない」
「お前には自分の班の兵士を守る義務がある」
思わず言葉を詰まらせる。確かに私は班員のことなど考えてはいない。そんなことよりも、いかに成果をあげてこの男より上にいくか。それだけが頭の中を占めていた。
「あのメンバーでお前の求めてるものは不可能だ」
「…そんなのやってみなきゃ」
「実戦でか…?確実に死ぬぞ…お前も含めてな」
「…言われなくてもそんなことくらい分かってる。今はまだ不完全なだけで…きっと何度か回数を重ねれば」
「いい加減、理想と現実を履き違えるな」
吐き捨てるようにそう言い残したリヴァイは装備を戻して静かに私の横を通り過ぎて行った。立ち尽くした私は悔しさと恥ずかしさで震えるしかなかった。
自分でも分かっていた。焦りすぎていることくらい。ずっと目指してきたものを急に現れた奴に横取りされて、私は行き場のない思いを持て余していたのだ。
それでも目指すところがある限りその歩みを止めるわけにはいかない。現実を受け入れるなんて出来ない。
それだけは…
どうしても出来ないのだ。
――――――
「エルヴィン!!」
執務室の扉を勢いよく開ければ、いつものように執務机に座っていたエルヴィンが顔を上げた。
「ナマエ、もう少し静かに入って来れないのか…まぁ、そろそろ来る頃だとは思っていたが」
怒りで震える私を横目に、エルヴィンは優雅に立ち上がると紅茶を淹れるためにサイドテーブルへと向かった。ズカズカと部屋を進むと、その動きを遮るようにダンッと音を立てて机に手を置く。
「どうして!?エルヴィンは知ってたはずよ…この何年も…私がどんな思いで頑張ってきたか…」
「あぁ、分かってるさ…とりあえず一度落ち着くんだ」
私の両肩に手を置いたエルヴィンは執務室にある一番高級そうなソファへと座らせ、まるで子供を宥めるかのように私の背中を撫でた。その後、私が落ち着いたのを確認するとエルヴィンは再びサイドテーブルへと向かった。
「エルヴィンの馬鹿…!兵士長になるために、エルヴィンとあんな事やこんな事までしてきたのに…」
「おい…誤解されるような言い方はよしてくれ」
呆れたようにため息をついたエルヴィンは紅茶を持って私の隣に腰掛けた。
「君が兵士長になるために影でどれだけ努力してきたかは理解しているつもりだ。だが、ここは学校じゃない。ある程度の年功序列はあるものの、すべては実力重視だ。それはナマエもよく分かっているだろう?」
「それは…分かってるけど」
自分自身も先輩や上官を実力で抜かしてここまで登り詰めてきたのだ。それは分かっていたが、どうしても納得がいかなかった。
「新しく来る男はかなりの実力者だ…君も彼を見ればすぐに理解するはずだ」
何より驚いていた。
エルヴィンにここまで言わせるなんて。
「そんなに強いの…?」
「彼に会えば分かるさ」
言いながら口元に小さな笑みを浮かべたエルヴィンは懐中時計を取り出すと徐に立ち上がった。
「そろそろ到着の時間だな…」
稀に見るエルヴィンのご機嫌な様子に胸の中にあったモヤモヤとしたものがさらに渦巻く。私が何年もかけて目指してきたものをあっさりと奪いさった謎の男。きっと図体ばかりバカでかい熊みたいな奴なんだろう。そう決めてかかっていた。
しかし、馬車から降りてきた男を見て私は一瞬にして固まった。
「なんだ…クソチビじゃん」
「おい…殺すぞクソガキ」
それが人類最強と呼ばれることになる男、リヴァイとの出会いだった。
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