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▼ 駆逐大学附属病院【後半】

「おい、本当にこいつは記憶がないのか…?」

もう何度目か分からないその言葉に気付かれないように舌うちをする。リヴァイは何度も私の瞳をじっと見つめては、訝しげにその目を細めるのだ。

「どうにかして思い出さないか色々試してはいるんだけどね…」

ハンジは検査結果の書類を見ながら頭をかいた。私が何日経っても退院させてもらえないのはおそらく記憶を取り戻せないでいるからだ。

そんな事をしたって無駄だというのに…。

「まぁ、昔のナマエさんがあんな天使みたいな顔で笑う訳ないですからね…」

「うっさいエレン…」

「ん…?」

「今、誰かなにか言ったか?」

「…何も言ってません」

危ない危ない。またも無意識に思っていたことを口にしてしまっていたようだ。このままではバレてしまうのも時間の問題だ。そんな恐怖から真剣な面持ちでハンジを見上げた。

「あの…私、もうホント記憶とかどうでもいいんで…はやく退院したいんですけど…」

「いや、それがさ…まだ他の検査も残ってるし…あと3日!いや…2日だけ入院してもらえないかな…?」

「この前もそう言ってたじゃないですか…!」

これではまるで軟禁状態である。なんとかここを脱出する方法はないかと頭を巡らせていればソファに腰かけていたリヴァイが当たり前のように口を開いた。

「おい…茶くらい淹れろ」

「私これでも患者なんですけど…」

「ここはお前の部屋だろうが」

相も変わらず自己中心的なその態度にしぶしぶ立ち上がると簡易的に用意されたキッチンでお湯を沸かす。

まったく、ここは休憩室じゃないっての…

やっぱりこんな所はやく脱出しなければ…そんなことを考えながら部屋に集まった医師たち人数分の紅茶を淹れる。

「それよりリヴァイさぁ…いい加減看護師に手出すのはやめなよ…」

「そうですよ、いつも俺にしわ寄せが来るんですから…いい迷惑です」

「はっ…俺から手なんざ出してねぇよ…全部向こうから言いよってくんだろうが」

そんな会話をぼんやりと聞きながら昨日見てしまった情景を思い出す。あれは明らかにリヴァイの方から女性に迫っていたように見えた。過去のリヴァイも人類最強ともてはやされていたが、それは今も変わらないらしい。

淹れたての紅茶を三人に手渡すと、自分もティーカップを持ってベッドに腰掛ける。

「わー…なんかナマエさんの紅茶久しぶりだな」

「だね、相変わらず美味しいよ」

そう言って笑うハンジにありがとうございます、と笑みを返す。

肝心のリヴァイは紅茶に口をつけて、すぐにその動きを止めた。その反応にもしや口に合わなかっただろうかと嫌な汗が背中を流れる。何しろ兵長は昔から紅茶の味にうるさかったのだ。

「お前ら…ちょっと二人だけにしろ…」

「は…?」

そう言ってハンジとエレンを部屋から追い出したリヴァイは恐ろしいくらいの真剣な表情で振り返った。じりじりと近づくリヴァイから思わず後ずさる。

「おい…これは一人分多めに葉を入れた紅茶だな。俺が昔から好んで飲む味だ。そして、それを知ってるのは俺とお前だけだったな…ナマエよ」

頭の先からつま先まで凍り付く。

「てめぇ…なんで忘れたフリなんかしてやがる…」

その目は真っ直ぐに私を捉えていて逃げることなど不可能だとはっきりと理解する。あー…と天井を仰ぐと、観念したように息を吐いた。

「それをあなたが私に聞きますか…リヴァイ兵長」

「その目…懐かしいな」

「兵長も相変わらずですね…」

「…俺がお前のことをどれだけ探したと思ってる」

「利用するだけ利用しておいてこっぴどくふった人がそれを言いますか…言っておきますけど、もう兵長に利用されるのはまっぴらご免ですから」

開き直ったようにそう言い切れば、リヴァイの眉間に分かりやすく皺が寄った。

「俺に対してそんな口がきけるようになったとは…随分偉くなったもんだな」

「残念ながら、今は兵士でもなければ部下でもないんで」

言いながらべーっと舌を出す。

「はっ…見つかったからには覚悟しろ…俺から逃げれると思うなよ」

「いや、それ現代だと捕まりますからね…!」

「知るか…お前に拒否権はねぇよ」

(こわっ…!)



――――――



目の前で堂々とストーカー宣言をされた私は午後からの検査を口実に部屋から逃げ出すと、すぐにエルヴィンの部屋へと向かった。こうなればもう直談判しかない。ノックもせずに激しい音をたてて扉を開ければ、書類を見ていたエルヴィンが驚いたように顔をあげた。

「そうやって乱暴に扉を開けるのは相変わらずだなナマエ…」

「エルヴィン団長…!記憶なら戻りました!!だからいい加減、退院の許可をください!」

「そうか、ようやく覚えてないフリをやめたのか…」

「そうです!!だから……って……え?」

「どうした?」

「き、気付いてたんですか…?」

「あぁ、最初からな」

やっぱり侮れない人だとごくりと生唾を飲み込む。エルヴィンはわざとらしくため息をつくと徐に立ち上がった。

「ナマエ…リヴァイを誤解しないでやってくれ。あれは君に会えない反動からあんな風に自暴自棄になっているだけなんだ…」

「そんなことはどうだっていいんです。私は過去に兵長に利用されてたのが許せません」

「悪かったな…君のリヴァイへの思いに気付いてそれを利用するように命令したのは私だ」

「は…?」

「君がいなくなってからのリヴァイはそれはもう酷い有様だった…目も当てられない程にな…」

話しながら一歩ずつ近づいてきたエルヴィンは私の前までくると両手を私の肩にずっしりと置いた。重圧を感じていたあの頃を思い出す。

「リヴァイは失って初めて気付いたんだよ…君の存在の大きさをな」

「そんなこと…今更言われても…」

…そう、困るだけだ。当時こっぴどく兵長にふられて自暴自棄になった私は巨人に突っ込んでその先の記憶がない。おそらく胃袋に進撃してしまったのだろう。告白する前だって私のことをいいように使ってきた人が、そんなの勝手な言い分だ。

こっちにはいい思い出など一つもないのだから。



――――――



なんとかエルヴィンから退院の許可をもらった私はすぐに部屋に戻って荷物をまとめた。これ以上ここにいれば、きっと取り返しのつかないことになる。

ボストンバックいっぱいに荷物を詰め込んで部屋を飛び出せば、看護師と共に廊下を歩くリヴァイの姿が飛び込んできた。思わず反対方向へと駆け出せば、すぐに背後から殺気を感じる。

「なっ…なんでいつも追いかけてくるんですか…!」

「お前が逃げるからだろうが」

かつて人類最強と呼ばれた男から逃げるのは容易なことではなかった。

いとも簡単に追いつかれた私は腕を掴まれ、すごい力で空き部屋へと連れ込まれた。リヴァイは私の手元にある荷物を視界に入れると驚いたような表情で眉根を寄せた。

「どこに行くつもりだ…」

「どこって家に帰るに決まってるでしょ!!」

久々に全速力で走ったせいか、胸を上下させながら息も絶え絶えにそう叫ぶ。リヴァイはそんな私をじっと見下ろすと、急に腕を伸ばしてそのひんやりとした手のひらを私の頬に当てた。

ぎょっとして後ずされば、すぐに腕を掴まれる。

「待て…」

「………!」

「…悪かったな。昔、俺はお前を傷つけた…そのことをずっと謝りたかった…」

兵長らしからぬその発言に驚いて固まる。その表情は過去に見たこともないくらい悲しげに歪んでいて、エルヴィンが言っていたことが嘘ではなかったのだと思い知る。

「わ…分かりました。もういいです。許します。そうやって謝りたくてずっと探してくれてたんですよね…?」

「違う…」

「へ?」

「今度こそお前を本当に俺のものにする。その為に探していた」

「は…?」

突然、顔つきを変えたリヴァイから自然と後ずさる。本能が警鐘を鳴らしていた。

「俺はもうあんな思いをするのは二度とごめんだ…」

「あの…ちょっと待ってもらっていいですか?」

両手を突き出し、必死に笑顔をつくる。 背中に壁があたり私は完全に逃げ場を失っていた

「馬鹿が…これ以上待てるか。黙って俺のものになれ」

「いやいやいや無理…」

これでもかと言うほどに小刻みに首を横にふってみても迫る影の勢いは止まらなかった。どさりと荷物が落ちた瞬間、すごい力で引き寄せられていた。


私の叫び声は見事に病院中に響き渡った。


本気で逃げようと思えば逃げれたのかもしれない。それでも受け入れてしまったのは結局、私もこの男のことが好きなのだ。

悔しいことに何千年も前からずっと…





数日後。

ようやく脱出したはずの駆逐大学附属病院に再び足を向けた私は、激しい音をたててエルヴィンの部屋の扉を蹴破った。

「ナマエ…いい加減にしないか…」

「それはこっちの台詞です!!私の職場に退職届け出したの団長ですよね!?一体どういうつもりですか…!」

まるで最初から来るのは分かっていたとでもいように落ち着いて対応するエルヴィンに掴み掛かる。退院後、久しぶりに会社へと出勤したら私の席にはすでに違う人が座っていたのだ。

「…あぁ、心配しなくてもいい。今日から君の職場はこの大学病院だ」

「はぁ!?」

「ここで事務員として働いてもらうことにしたよ…」

そうだった…!

この人達はいつもこういう根回しだけは早かったのだ。本当は憲兵団に入るはずだった私が気づけば調査兵団に配属されていたことを思い出す。

すべては後の祭り。

当時と同じように綺麗に微笑んだエルヴィンを前に私は項垂れることしかできなかった。

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