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▼ やさぐれ少女と傍観少年【後半】

翌日。

なんとなく授業を受ける気分にはなれなくて朝から屋上にいた。今にも雨が降り出しそうな空をぼんやりと見上げながら両膝を抱えて座り込む。ポケットを探れば煙草がない。

しまった…部屋に置いたままかもしれない。

そう思って立ち上がろうとした瞬間、屋上の古びた扉がギィっと音をたてて開いた。不機嫌な面持ちで入ってきたのはやっぱりエレンだった。

「なんでメール返さないんだよ。心配しただろ…」

「ごめん…」

視線を逸らして謝れば、エレンはしばらくの間じっと私を見下ろした。

「…で、昨日はうまくいったのかよ?」

俯いたまま首を左右に振ってみせる。

「やっぱりな…」

「私の居場所なくなっちゃうかも…」

自嘲気味に笑いながらそう呟けば、エレンの顔つきが変わった。

「なぁ…それ、誰が悪いんだよ?」

「え…」

「悪いのはお前だろ?」

エレンがこんなことを言うのは珍しかった。驚いて顔をあげればエレンは捲し立てるように続けた。

「馬鹿みたいに自分偽って…お前が寂しいのは全部お前自身のせいだろ」

「でもっ…例え偽りだとしても…リヴァイは今の私を見てくれる」

「それで愛されたとしてお前は満足なのかよ?」

「どんな形であれ…蚊帳の外じゃないなら…私は幸せよ」

それは本心だった。私だけ知らないなんてもう耐えられない。寂しくて仕方ないのだ。

「大バカだな…お前」

その掠れた声に驚いて顔をあげれば、エレンは今にも泣きそうな顔をしていた。

「エレン…なんであんたが泣きそうなのよ…」

ゆっくりと立ち上がると、一歩一歩エレンまでの距離をつめる。目の前に立つと踵をあげてその顔に近づいた。頬に手をそえ冷たい唇にそっと触れるように口付ければエレンは私の体を勢いよく突き飛ばした。

「っ……!」

「喜ぶと思った」

袖口で口を覆っていたエレンはキッと私を睨んだ。

「ふざけんな…」

「そっか…あんたもあれだもんね…過去の私が好きなんだもんね」

「なんだよそれ…」

「みんな幻想を追い求めて反吐がでそうよ!」

鋭い視線を向けたまま一息でそう言い切れば自然と頬を冷たい何かが流れていった。慌ててそれを拭うと逃げるように駆け出す。

「違う…俺は…」

屋上に残されたエレンの声は薄暗い空へと消えていった。




――――――




マンションに戻ればすでに鍵があいていた。
驚いて扉をあければ見慣れた革靴がきっちりと揃えて置かれていた。嫌な予感に靴を脱ぎ捨てると部屋まで走った。

「ない…」

机の上やその下、ベッドの上を隈無く探していく。どうして今日に限って忘れてしまったのか。

「おい、お前が探してるのはこれか…?」

背後からかかった声に動きを止めて固まる。振り向かなくてもリヴァイの手に何が握りしめられているか容易に想像ができた。

「未成年がふざけたことしてんじゃねぇよ…」

ぐしゃりと音がして振り返れば、握りつぶされた煙草の箱はそのまま床に落とされた。

「リヴァイ…これは…」

「俺が気付いてないとでも思ったか…」

それは煙草のことだろうか。それとも記憶が戻ったと嘘をついていたことだろうか。入り口に立つその顔を見て、それがどちらのことでもであると理解すると茫然とその場にへたり込んだ。

バカバカしくて涙が溢れそうになる。

「…もうこんな茶番は終わりだ」

「わたしを…」

「あ…?」

「私をこんな風にしたのは誰よ!?」

叫ぶようにそう言い放てばリヴァイは面食らったように目を見開いた。すぐに立ち上がるとリヴァイの脇を抜け玄関まで走る。靴を履こうとしたところで強い力で腕を引かれた。

「待て…落ち着け」

「離してっ…」

「悪かった…俺がお前を追いつめていた」

首を左右に振るとその手を振り払う。

「そんな言葉が聞きたかったんじゃない…」

今度こそ靴も履かずに玄関から飛び出した。




――――――




12月の雨は冷たくて痛い。

外に出ればすでに雨が地面を叩きつけていた。
濡れるのを覚悟で近くのコンビニまで走るとコンクリートブロックに腰をおろした。

どうして皆、過去の記憶に捕われているのか私には分からなかった。私は記憶なんて取り戻したくない。今の私を受け入れてほしい。ただそれだけなのに、どうしてこうなってしまったんだろう。

空を見上げれば、雨が雪に変わる気配はなかった。
冷たい雨は規則的に地面を叩く。

違う。エレンの言う通りだ。
自分の居場所をなくしてるのは自分自身だ。

ふいに目の前に影が落ちた。

顔を上げずともそれが誰かは分かった。本当の私が助けを求められる相手は一人しかいなかったからだ。

「エレン…私もう疲れた。誰かの顔色をうかがって過ごすのも、何かを失うのを恐れて生きるのも」

独り言のように呟けば、エレンは黙って私を見下ろした。いつものようにただ傍観するだけ。それが心地よかったはずなのに今は何でもいいから言葉が欲しかった。催促するように顔を上げれば、急にエレンが私と同じ高さに屈んだ。

「なら俺を選べよ」

「え…」

「俺なら…前のお前じゃない、今のお前を選んでやる」

どうだ、と肩を掴まれて体を揺さぶられる。
エレンの言葉はまるで思春期まるだしの子供じみたものだったが、そんなのどうでもよくなるくらい真剣な眼差しが私を射抜いた。

ぽたぽたと滴が頬を流れていくが、あまりの衝撃に冷たさが感じられなかった。




――――――




それは2000年前に言えなかった言葉。




「ナマエさん…!」

目の前で血まみれになって倒れるその体を抱き上げる。

「俺…すぐに兵長を呼んできますから…」

そう言って立ち上がろうとすればこの瀕死の体のどこに残っていたんだと思うくらいの力で引き戻された。弱々しく顔を横にふるその姿に涙が溢れだす。

「なんでっ…なんでだよ…!」

「エレン…」

「なんであんたは最後までそうなんだよ…!そんなに兵長が大事かよ」

「ごめんね、エレン…」

「最後くらい…我が侭言えよ…」

「ごめん…」

動かなくなったその体を掴んで必死に揺さぶる。

「頼むからっ…!」




あの日と同じようにその体を掴んで揺さぶる。掴んだ肩から伝わる温かさに自然と涙が溢れた。

「頼むから…今度こそ…俺を選んでくれ」

ぼろぼろと泣きながら縋り付くようにそう言えば、ナマエは目を見開いたまま茫然と頷いた。

それは何年も何千年も前から黙って見ているだけだった少年が初めて傍観者でいることをやめた日だった。

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