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▼ chapter03 勘違い【後半】

「…なんで起こしてくれなかったんだよ」

朝の情報番組を見ながらクロワッサンを頬張っていれば不機嫌そうな声が降ってきた。おそるおそる顔を上げれば欠伸しながらこっちを恨めしげに見つめるエレンの姿があって、さっと視線を逸らすと口の中のものをカフェラテで流し込んだ。

「ノックして入れっていつも言ってるのはエレンでしょ…返事がなかったから入らなかっただけ」

「は…?なんだよ突然。いっつもおかまい無しに入ってくる奴が」

「…私、今日用事あるから先に行くね」

足元に置いてあったバッグを手に取り立ち上がる。なるべくエレンを視界に入れないように玄関に向かえば、カウンターに座ってコーヒーに口をつけるリヴァイと目があった。なんだか手のひらで転がされているような気分になり咄嗟にリヴァイからも顔を逸らした。




「なんだよアイツ…感じ悪いな…」

ナマエの背中を見送りながらエレンがそう呟けば、リヴァイが何食わぬ顔をして答えた。

「さあな…気になる男でも出来たんじゃないか」

「いやいや…あり得ないですよあいつに男なんて」

エレンは小さく笑って吐き捨てるようにそう言うとクロワッサンを手にとりはむっとかぶりついた。



――――――



エレンはいつも帰りが遅い。それはバイトだったり、合コンだったりで帰ってくるのは23時をまわることがほとんどだった。なのに、どうしてこういう時に限ってと思わずにはいられなかった。

サッカーゲームに夢中になっていたエレンは私がリビングに入るといつもと変わらない笑顔でおかえりと振り返った。

「た、ただいま…」

「なぁ、一緒にやろうぜ!お前も好きだろこれ」

まぶしい笑顔でそう言われて思わず意志がゆらぎそうになる。今にもエレンの方へ向かっていきそうな足を必死で抑えていた。

「わっ…私、宿題あるから…」

それだけ言い残すと自分の部屋に向かって駆け出した。こんなのは初めてだった。今までだったら嬉しくて犬のように駆け寄っていたというのに。胸に重たい何かがのしかかる。

(苦しい…)

本当にこんなことをして何か意味があるのだろうか。今にも固めた決意が音をたてて崩れていきそうだった。



――――――



3日目の夜がきた。リヴァイに言われたのはとりあえず3日間だ。今日が終わればまた明日からあの眩しい笑顔を正面から見ることができる。もうこの際何も変わらなくたっていい。側にいられるのなら。

息も絶え絶えにそんな事を考えていれば、お風呂からあがったエレンが濡れた髪をわしわしと拭きながらリビングへ入ってきた。

「あ…帰ってたんだ」

「あぁ、珍しくバイト早くあがれたからな」

タオルを肩にかけたエレンは一直線に冷蔵庫へと向かうと、その中をあさりはじめた。

「…もしかして何も食べてないの?」

「忙しくてな」

「そっか…」

今日はハンジもエルヴィンも遅くなるからと各自で夕飯をとることになっていた。学校帰りに買ったお弁当を食べて寝ようと思っていたが、こんなことならエレンの為に何か作れば良かった…そんな後悔が頭をよぎった。

「なぁ、腹減ったんだけど今からラーメン食いに行かないか?」

「え、私と…?」

「お前以外に誰がいるんだよ」

その言葉に心の中で激しい葛藤が巻き起こる。今、行けばこの3日間の努力が水の泡だ。いつも追うばかりじゃなくて、追われるようになりたい。

でも…

(ラーメン…エレンと2人…即ち、デート!!)

「い、行く…!!」

返事と同時に勢いよく立ち上がれば、一瞬、目を見開いたエレンがぶっと吹き出した。その笑顔にたちまち3日前の決意は崩れていく。

(ごめんなさい。わたし、この笑顔に脱落します)

心の中でそっと目つきの悪い外科医に謝った。



――――――



季節はもう冬。外に出れば思わず身震いしてしまうほど冷たい空気があたりを支配していた。月明かりが照らす道をエレンと並んで歩く。それだけで心はじんわり温かくなる。遠くにコンビニの明かりが見えてくれば、白い息を吐きながらエレンが振り返った。

「なぁ…コンビニで肉まん買って半分こしようぜ」

「いいね!」

わたしピザマンがいいと飛び跳ねれば、エレンは顔をしかめて私を見つめた。

「おい、そこは止めろよ。これからラーメン食うんだからさ…」

「なによそれ…エレンから言いだしたんじゃん」

「俺はお前が止めてくれる前提で言ったんだよ」

「なにそのへりくつ」

もう…と頬を膨らませていればエレンは笑ってその頬をつねった。

「やっとナマエらしくなったな」

「え…」

「なんか最近変だっただろ、お前…」

その言葉に驚いて立ち尽くす。

(もしかして、私のこと気にしてくれてた…?)

ドキドキと鼓動が鳴り響く。少し先に進んだエレンは立ち止まったままの私に気付くと「何やってんだよ」と振り返った。慌てて固まっていた足を動かす。

「さ、寒いね…手袋持ってくればよかった」

小さく笑いながらその隣に並べば、エレンは自然に私の手をとってそのまま自分のポケットにそれを突っ込んだ。繋がれた手からダイレクトにエレンの体温が伝わってくれば、鼓動がさらに激しく鳴りはじめる。

エレン…こんなことをされたら私。
勘違いしてしまうよ…

思わずそう口にしそうになってぐっと堪える。伺うように顔をあげればまっすぐ前を見据えるエレンの表情からはなんの感情も読み取れなかった。

きっと誰にでもこういうことするんだろうな…

でも…

もしかしたら私だけかもしれない。


私だけだったら…

そう、願うように繋がれた手を握り返した。



――――――



家に戻れば眠そうに欠伸しながらエレンは部屋へと直行した。それを見送ると冷えた体を温めるためにお風呂へと向かう。湯船につかって思い返すのは先程のこと。ついつい頬が緩んでしまう。お風呂から出た後も上機嫌に廊下を進んでいればすぐに首根っこを掴まれた。

「ひっ…!」

「気分はどうだ?随分仲良く帰ってきたようだが」

「う…返す言葉もございません」

「お前は小学生以下か。またそんな格好しやがって…」

そう言われて自分の格好を見てみれば、着心地だけは抜群の子供じみたパジャマを身に纏っていた。でもこれが本来の私だ。ぐっと拳を握りしめるとリヴァイに向き直る。

「い…意味ないのよ…!」

「あ?」

「ちんちくりんで、子供っぽくて、幼児体型でも…そんな私を好きになってもらわなきゃ意味ないのよ!」

言ってやった…そう言わんばかりに深く呼吸を繰り返していれば、冷めた表情のリヴァイが小さく舌うちをした。

「そうか…俺が間違ってた」

「え…」

思いもよらない言葉に驚いて目を見開く。

「お前を変えようとした俺が間違ってたな…」

「ど、どういう意味よ…」

「なぜエレンがお前に優しいと思う」

その言葉についさっき芽生えたばかりの願いに近い感情が頭をよぎる。もし私がエレンにとって特別な存在なら…

「幼馴染み…以上の感情があるとか…?」

「罪悪感だ」

「え…」

「エレンがお前の気持ちに気付いてないはずがないだろうが」

「うそ…そんなわけ」

「あいつは分かっていてそれでも応えられないからお前に優しくしてるだけだ。いい加減夢ばっか見てないで現実を見ろ」

その言葉にショックで固まった。


好きな人が自分を好きになるとは限らない。そんなことはもちろん分かっている。だけど夢を見たっていいじゃないか。

もしかしたら私は…
それだけで良かったのかもしれない。

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