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▼ chapter03 勘違い【前半】

私はエレンが好きだ。

あの眩しい笑顔を見ているだけで日焼け止めが必要なんじゃないかと思うほど体が熱くなる。言いすぎかもしれないが、本当に全身がぽかぽかとしてくるのだ。だけど私には最初からエレンの隣に並ぶ資格がなかった。

そう…あの男の妹に生まれてきてしまったばかりに…

ジャン…ジャン…憎きジャン…!
なぜお前がここに寝ているのだ。

私のベッドに寝そべり如何わしい雑誌を読む男を仁王立ちで見下ろす。

「なぁ、ナマエ…なんで俺の部屋に違う奴の荷物があるんだよ」

「あの部屋はもうジャンの部屋じゃないでしょ!大体、彼女との同棲はどうしたのよ!?」

「あぁ、別れた…んで、追い出された」

「はぁ?それでのこのこ帰ってきたってわけ?」

「まぁそんなとこだな…」

「ふざけんなバカ兄貴…!エレンが帰ってくる前に出てってよ!」

近くにあったクッションを思いっきり投げつければそれは見事にジャンの後頭部に直撃した。

「おい…それが兄貴への態度か?俺はこんなにお前のことを大事にしてやってるっていうのにお前は昔からそうだよな。エレンエレンってバカの一つ覚えみたいに」

そう言われて記憶を掘り返してみたが大事にされた思い出なんて一つもなかった。いつだってエレンを出しに使って私をいいように使ってきたヤツが何を言うか。

「大体、アイツの何処がそんなにいいんだよ」

「う、うるさい…!とにかく早く出てってよね」

ぐいぐいとジャンの服を引っ張るが一向に動く気配がない。それどころか呆れたようなため息が聞こえてきて、ますます怒りで体が震える。まるで子供のケンカみたいにムキになってジャンの腕を引っ張ればさっき投げたクッションに足をとられて前方へ勢いよく倒れ込んだ。

「きゃっ…!」

ジャンはそんな私を動揺することなくおっと、と受け止めた。その瞬間、背後で部屋のドアが開く。ノックもなしに。

首だけ振り返れば、冷めた表情でこちらを見下ろすリヴァイの姿があって…

「おい、エルヴィン、クソガキが男連れ込んでよろしくやってるぞ」

「ちがーーーーーーう!!」



――――――



リヴァイの誤解を解いてジャンと共にリビングに下りれば青いエプロンをつけたエルヴィンがキッチンでボルチーニリゾットを作っていた。部屋中に漂ういい香りに顔を綻ばせたジャンは出されたそれを遠慮することなく口に運びながら彼女に振られた経緯を事細かく説明しはじめた。全てを聞き終えたエルヴィンはそうか…と申し訳なさそうに視線を落とした。

「残念ながらここの定員は5名だ。新しくリヴァイが入った今、君の部屋は用意出来なくてね…」

「リヴァイってさっきのやけに顔色悪いちっさい奴か?」

「あぁ…そうだ。だが命が惜しければくれぐれもそれを本人の前で言うなよ」

深刻な面持ちでそう言われたジャンはスプーンを口に入れたままごくりとリゾットを飲み込んだ。

「大体、彼女と同棲するからって急に出て行ったのはジャンの方じゃない」

「まぁ、しょうがないよな…実家にでも戻るか」

「さっさとそうしてよ!エレンが帰ってくる前にね」

再びジャンの腕をとって玄関まで連れて行こうとすれば、それを咎めるようにしてエルヴィンが声をかける。

「ナマエ、何もそこまで邪険に扱うことないじゃないか…久しぶりにジャンがここへ来たんだ」

まるで子供に言い聞かせるようにそう言われてしゅんと項垂れる。そんなこと言ったってエレンが帰ってきたらまたあのお決まりの喧嘩が始まってしまうというのに。

「そうだ、ジャン…今度ここでホームパーティーを開く予定なんだがよければ君も来ないか?」

そんなエルヴィンの言葉に思わず顔を歪ませる。

「いつですか?俺、再来週からちょっと忙しくなるんですけど…」

「来週の土曜だ」

「あぁ…なら大丈夫っス。それまでに新しい彼女でも見つけてきますよ」

ははは…と笑いながら繰り広げられる目の前の会話にさっと青ざめる。

「いやいやいや、待って…!なんでジャンが来るのよ!?」

「いいじゃないか、大勢いた方が楽しいだろ?」

「でもっ…!」

エルヴィンに言い返そうと顔を向けた瞬間、リビングのドアが激しい音と共に開いた。嫌な予感に肩を跳ねさせたが、そこに立っていたのは仕事の資料を沢山抱えたハンジの姿だった。

「なになに、来週のパーティーの話?それならうちの会社からも何名か呼ぶ予定だよ!モブリットとかケイジもね!」

「ハンジさん、それって女も来ますか?」

「あぁ…何名か呼ぶつもりだけど」

「じゃあやっぱり一人で来るかな…」

「もう、バカ兄貴!!」

思わずあきれて頭を抱える。この男は彼女に振られたばかりだというのに全然懲りてないようだった。深くため息をついていれば、ハンジの後を追うようにしてリヴァイがリビングのドアを開けた。ジャンは物珍しげにその男を見つめる。

「へぇ…あんたがここの新しい住人ですか」

「あぁ…」

「妹が迷惑かけると思いますが、よろしくお願いします」

そう言いながら私の頭を押さえつけるジャンの手を振り払う。馬面のくせに兄貴面なんかしちゃって…

「すでに迷惑かけられたがな」

「どっちが…」

と言いかけて口を噤む。ふいに浮かんできたのはあの脱衣所とエレンの匂い。そして強引にキスされたあの夜の出来事だった。言いかけて固まった私を見たジャンが訝しげに見つめる。

「なに赤くなってんだよお前…」

「な…なってないし!」

ふんっと顔を逸らした先には同じように驚いて私を見つめるハンジとエルヴィンの姿があった。思わずすべてを誤摩化すようにそこにあった水をぐいっと一気に飲み干した。



――――――



ジャンが帰って一安心した私は、仕事が残っているエルヴィン達を部屋に戻して一人食事の後片付けをしていた。カチャカチャと食器のあたる音だけがリビングに響く。ぼんやりとスポンジを泡立てながら頭に浮かぶのはやっぱりエレンのこと。今日も帰りは遅い。あとでメールしてみようかな…そんなことを考えていれば隣にひとつの影が落ちた。

「もっと丁寧に洗え」

突然現れたその姿に驚いて目を見開く。リヴァイは何食わぬ顔をして布巾を手に取ると濡れた食器を拭きはじめた。その細い指は丁寧に水滴を拭きとっていく。

気まずい空気が流れる中、ずっと言おうとしていたことを口にするため顔をあげた。

「あのキスは…取り消してよね…」

「今更そんなこと出来るわけねぇだろ」

「記憶から消してって言ってるの…!」

泡だらけのスポンジを持ってリヴァイの方へ向き直れば、その眉間に深く皺が刻まれた。

「…どうやら本気らしいな」

「は?」

「お前みたいなガキは、キスの一つでもすればすぐにこっちになびくと思ったが…」

「…あんたってどこまで自信家なわけ?」

「医者でこの顔だ。自信がないわけないだろ」

その発言に顔を歪めていれば、隣で盛大な舌うちが聞こえてきた。

「ちんちくりんなんだよお前は」

「あんただけには言われたくない!」

「とりあえず家ん中だからってその幼児体型丸出しな服はやめろ」

「これは動きやすくてお気に入りの部屋着なんですー。エレンだって可愛いって言ってくれたもん」

「はっ…本心だといいな」

「どういう意味よ!?」

再びキッと視線を向ければ何食わぬ顔をして食器を拭いていたリヴァイが真剣な面持ちで私へと向き直った。

「今のお前に一番必要なのはエレンと距離をとることだ。とりあえず3日間エレンを無視しろ」

「なっ…そんなの無理無理…」

そうだ、無理に決まっている。エレンの笑顔は私にとって毎日の癒しだというのに何故自分から離れなければならないのだ。訝しげに見上げれば最後の食器を拭き終わったリヴァイが感情のない目で私を見下ろした。

「まぁせいぜい…追うだけじゃなく、追われるようになるんだな」

そう言って踵を返して去っていく背中をじっと見つめる。

追われる…?私が…エレンに…?

それはすごく…
魅力的かもしれない。

そして、まんまとリヴァイの口車に乗せられた私はしばらくエレンから距離をとってみようと心に決めたのだ。



――――――



翌朝。眩しいくらいの日差し、リビングから漂ってくるコーヒーの香り、そしてエルヴィンの声。それはいつも通りの朝だった。

「ナマエ、エレンを起こしてきてくれないか?」

はーいと返事をすると薄手のパーカーを羽織ってエレンの部屋に向かう。そしてドアのぶを握りしめようとしてハッとした。そうだ、今日からエレンと距離をとるんだった。すぐさまコンコンとノックをするとドアの前で控えめに声をかける。

「エレン、朝だよ…」

しばらく返事を待ってみるが、やっぱりそれだけで起きてくるはずがなかった。どうしようか迷ったが、宙に漂っていた拳をぐっと握りしめて階段をかけ下りた。

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