▼ シンデレラは疑います!【後半】
気付けば食堂の近くまで来ていた。廊下をずるずると引きずられながら、再びあの甘い香りを感じると足をぐっと止めた。それに気付いたリヴァイが何事だと振り返る。
「は、離して…私…もう知ってるんだから…」
「何をだ…」
「リヴァイが…内地で、何をしてたかってことよ…」
「ちっ…エルドの奴…言いやがったのか…」
「なっ…!」
(よくも、まぁぬけぬけと…!!)
だんだんと怒りで体が震えてくる。英雄色を好むのは分かるが、これではあまりに開き直りすぎではないか。拳を握りしめるとキッと視線を向けた。
「エルドに聞かなくたって分かったわよ!そんなに甘ったるい香り漂わせちゃってさ!」
「当然だ…俺はそういうやつだから選んだ」
(なんですと…!?)
「ま、まさか…リヴァイって香りフェチ!?そうなの!?」
ショックでその体に縋り付けばリヴァイは怪訝な顔つきで私を見下ろした。
「おい…さっきから何言ってやがる…」
それはこっちの台詞だと口を開こうとすれば、目の前にあった食堂の扉が勢いよく開いた。
「「ナマエ!誕生日おめでとう!!」」
クラッカーの乾いた音がパーンパーンと辺りに響き渡る。リヴァイに半泣きで縋り付いていた私はそのまま驚いて固まった。あまりに突然のことで状況がうまく把握できない。
「え…こ、これ…」
目の前に広がるのは華やかに飾り付けられた食堂で、テーブルの上には沢山のご馳走が並べられていた。しかも私の好きなものばかりだ。そして部屋の奥には大きく「HAPPY BIRTHDAY ナマエ」と書かれたプレートまで飾られている。
「うそ…もしかして…」
そうだ、すっかり忘れていた。私はいつの間にか誕生日を迎えていたのだ。呆然と立ち尽くしていれば色鮮やかな三角帽子を被ったエレンがクラッカー片手に近づいてきた。
「お前、今日誕生日だろ?兵長が内地で色々買ってきてくれたんだ」
「え…リヴァイが?」
驚いて振り向けば何食わぬ顔をしたリヴァイが小さく息を吐いて口を開いた。
「馬鹿が…何故黙ってやがった」
「だって…私も今の今まで忘れてたんだもん」
そう言えばリヴァイはますます顔をしかめた。自分のために用意してくれた飾りつけや料理が嬉しくてそわそわしながら周りを見回していれば、奥からペトラ達が大きなケーキを運んで来た。
「ナマエ!お誕生日おめでとう!!」
「わっ…私こんなケーキ初めて見た」
「これも兵長があなたの為に買ってきたのよ」
「え…」
あまりに意外な言葉に大きく目を見開く。リヴァイがケーキを選ぶ姿を想像して思わず吹き出しそうになる。再びリヴァイへと顔を向けようとした瞬間、鼻を掠めたのはあの甘ったるい香りだった。
「こ、この匂い…!!」
ハッとしてケーキへ近づくと鼻を近づける。周りの兵士達がまったく食いしん坊だなぁと笑う中、くんくんとその香りを確かめる。それは紛れもなくリヴァイが纏っていた香りだった。
か、勘違い…!!
「よ、よかったぁ…てっきりリヴァイが浮気したのかと思った」
安堵からか思っていたことが口からだだ漏れしていたことに私はまったく気付いていなかった。大きく息を吐いてその場に座り込めば、頭上からそれは不機嫌そうな声が響き渡った。
「ほぅ…お前は俺が浮気してると思ってやがったのか…」
さっきまでの安堵感から一気に恐怖で震え上がる。しまった、声に出していた。
「リヴァイが浮気なんてするわけないだろう。こんな熱烈な手紙を交わしておいてどの口が言うか」
突然、入り口から掛かった声に驚いて顔を向ければ、そこには3つの兵団をまとめる最高指導者、ダリス・ザックレーの姿があった。誰もが瞬時に敬礼をするが、三角帽子を被ったその姿はひどく滑稽だった。
「おじさん…!?」
ザックレーがその手に持っていたのは内地にいるリヴァイに送ったはずの手紙だった。ご丁寧に封筒から便せんが出されているのを目に入れると、再びさっと青ざめる。
「ま、まさか読んだの…!?」
「子供ができないのが不思議なくらいの内容だな」
「ちょっと…!!」
プライバシーの侵害だ…と思わず頭を抱えてその場に踞る。恥ずかしくて穴があったら入りたいくらいだ。ちらりと顔をあげれば、いつの間にかザックレーの隣でリヴァイがその手紙を確認していた。ひとしきり手紙を読み終えたリヴァイは口元に笑みを浮かべて呟いた。
「確かにこれは悪くない…」
ひどい…こんな公開処刑な誕生日があるだろうか。途端に気分が悪くなってふらっと立ち上がれば心配したエレンが駆け寄ってきた。
「だ、大丈夫か…?」
「なんだか気分が…」
そう言ってうっと口元を押さえれば、嬉々としてザックレーが声を張り上げた。
「まさか妊娠か!?」
「なわけあるかーーーー!!!」
仮にも兵団をまとめる最高指導者に吐いた暴言は古城中に響き渡った。
――――――
リヴァイが私のために企画してくれたパーティーは夜遅くまで続いた。この古城に来た時には想像も出来なかった楽しい時間に私は始終顔を綻ばせていた。そして日付も変わろうとしていた頃、ようやく部屋に戻れば、リヴァイが懐から小さな箱を取り出した。
「これは俺からだ」
静かにそう言うと私の左薬指にきらりと光る指輪をはめた。
「え…これ…」
「遅くなって悪かったな…」
きらきらと光を放つそれをひとしきり見つめると肩を竦めてリヴァイへ振り返る。
「給料3ヶ月分?」
「馬鹿言え、その3倍だ 」
その言葉に小さく笑うと、真剣な表情でリヴァイを見つめる。
「ごめんね、浮気かもなんて疑って…」
「お前がなぜそう思ったのか知らんが…俺が他の女に目移りするはずがないだろ」
「リヴァイ…」
「信じられないと言うならじっくり教えてやってもいいが…」
言いながら急に考え込むように一点を見つめるリヴァイに小首を傾げる。
「どうしたの…?」
「いや、ところでナマエよ…お前、今年で二十歳だったな?」
「え、うん…そうだけど」
「なら問題ないな…」
まるで独り言のようにそう呟いたリヴァイに、なにが?と聞き返すことができなかった。その顔があまりにも獲物を狙うような鋭い目をしていたからだ。
「行くぞ…」
言いながらリヴァイはいつものように私の腕をとった。
「い、行くってどこに…!?」
「部屋に決まってんだろ。ザックレーの期待にそろそろ応えねぇとな」
「はぁ…!?」
まさかの言葉に思わず素っ頓狂な声をあげる。
この古城に見た目だけはリヴァイそっくりのサラブレッドが誕生するのもそう遠くないお話。
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