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▼ シンデレラは疑います!【前半】

(※連載より2年後くらいのお話です。)




さっきまで降っていた雨もすっかり止んで、木々に残った水滴が太陽の光をキラキラと反射させる。そんな景色に目を細めていれば、遠くに待ちに待った姿が見えてきた。数人の兵士を引き連れ馬を走らせるその姿こそ会いたくてたまらなかった人で思わず頬がゆるんでしまう。

雨でぬかるんだ土に足をとられた馬が少々乱暴に止まるも、当の本人は大して気にした様子もなくすっと馬から降り立った。そのまま兵士に馬を任せるとゆっくり私に近づいてきた。それを笑顔で迎える。

「おかえり、リヴァイ」

「ああ…変わったことはなかったか?」

「うん、特には……あ、間違えてリヴァイ宛の手紙をザックレーのおじさんに送っちゃったくらいかな」

苦笑を浮かべながらそう言えばリヴァイは呆れたようにため息をついた。内地に呼び出されていたリヴァイとこうして顔を合わすのは一週間ぶりだった。嬉しくて頬が緩みそうになるのを必死で堪えていれば、馬から降りてきた兵士達が何やら大きな荷物を抱えているのを目にして首を傾げる。

「遅かったけど…どこか寄ってきたの?」

「……いや」

予定だとリヴァイ達はお昼前にはここへ到着するはずだったが、すでに太陽は傾きかけていた。珍しく歯切れの悪いその様子に再び首を傾げてみるが、リヴァイはそれ以上口を開こうとはしなかった。

「そうだ、お腹すいてない?食堂に行く?」

「いや、部屋に戻る…」

「え…疲れてるの…?」

珍しい、と顔を向ければリヴァイは眉根を寄せて私との距離を詰めた。その突然の行動に驚いて見上げていれば顔を寄せたリヴァイが耳元で囁いた。

「お前に早く触れたいだけだ」

その言葉に大きく目を見開く。一瞬にして顔に熱が集まるのが分かった。

「ちょ、ちょっと…!昼間から変なこと言わないでよ…!」

きっと今の自分はとんでもなく真っ赤な顔をしているに違いない。慌てて距離をとるように後ずされば目の前の顔はみるみる不機嫌そうに歪んでいった。

「馬鹿が…何日離れてたと思ってやがる」

そんなこと言われても、だ。恥ずかしいものはしょうがないと俯いていればリヴァイは私の横を通り過ぎてすたすたと古城に向かって歩き出した。慌ててその後を追いかける。



――――――



「おい、これは何だ…」

部屋に入るなり不機嫌な声が響き渡る。何事かと振り返れば机の上に置いてあったクッキーの缶を眉根を寄せて見つめるリヴァイの姿があった。内地でしか手に入らないそのクッキーはブルーの筒状の缶に可愛らしい装飾が施され、中身はすでに半分ほど減っていた。

「あ、それ…エルヴィンが持って来てくれたの。退屈してるだろうからって」

「ちっ…」

リヴァイは見るからに不機嫌オーラを纏いながら私を見据えた。瞬間しまったと顔を歪めるが、時すでに遅し。

「何もされてないだろうな…」

「当たり前でしょ…もう、なんで毎回そんなにエルヴィンに反応するわけ!?」

いつもそうだった。リヴァイはエルヴィンのことになると過剰なくらい反応するのだ。普段あんなに信頼しあっているくせに、私とエルヴィンのこととなると途端に口やかましくなる。ずっと気になっていたことを口にしてみればリヴァイはばつが悪そうに視線を逸らした。

「お前が言ったんだろうが…」

「え…」

「覚えてないのか…?」

一体何のことを言っているのか分からず首を横に振る。

「ヤツのことをまさに思い描いていた王子だとか言っただろうが…」

「あ…」

そういえば、そんなことを言ったかもしれない。

あれはエレンに初めて馬に乗せてもらった時だ。リヴァイの馬に乗って帰る途中、確かにそんなことを言った気がする。でも、まさかそれをずっと覚えていたというのか。驚いて顔をあげれば、強引に腕をとられて寝室へと連れて行かれる。

「ちょ、ちょっとリヴァイ…」

激しい音を立ててドアが閉まるのと同時に、そのまま扉に押し付けられて強引に口を塞がれた。

「んんっ…!」

激しくリヴァイの胸を叩いてみてもびくともしない。

これは嫉妬だ。
そして初めてのことではなかった。まさかあんなに冷淡で淡白だった男がこんなにも嫉妬深くなるとは思ってもみなかった。自惚れかもしれないが今のリヴァイは私が何をやらかしても許してしまう気がする。そんなことをぼんやりと考えながらいよいよ足りなくなってきた酸素を追い求めて再度胸を叩く。

激しい衝動の後、ようやく解放されると勢いよく空気を吸い込んだ。

「はぁっ…もう…殺す気…!?」

肩で呼吸しながら視線を向けると、今度は優しく頬を撫でられる。それだけで再び固まってしまう。

「お前にこうして触れたかった…ずっとな…」

「リヴァイ…」

目を細めて囁くリヴァイの瞳はどこまでも優しくて。そう…この顔に私は弱い。何でも許してしまいそうになるのは私の方だった。諦めたようにため息をついてリヴァイの首に腕をまわそうとした瞬間、ふわりと鼻を掠めた匂いに思わず顔を歪める。

それは女性特有の甘い香りだった。

再び近づいてくる顔を咄嗟に両手でブロックする。

「おい…この手はなんだ…」

「ねぇ…本っ当に今日、どこにも寄ってない?」

「………」

その突然の問いかけにリヴァイは咄嗟に視線を逸らした。

怪しい…

気まずい空気が部屋を支配すればリビンクの扉がドンドンとノックされる。その時私は見逃さなかった。リヴァイの顔が一瞬、助かったと言わんばかりに緩んだのを。

「兵長、例の件で相談があるんですが…」

扉の向こうから聞こえてくる声に、私の両手を拘束していたリヴァイの両手から途端に力が抜けた。

「ああ…すぐに行く」

あ…怪しい…!!

去っていくその後ろ姿を訝しげに見つめる。いつもだったらそんなの一蹴して二人の時間に没頭していたはずだ。なのにこの慌てよう。いや、見た目は決して慌ててはいない。でも私には分かるのだ。リヴァイは絶対に何かを隠している。

ま、まさかこれが巷でよく聞く…






「浮気だな」

「ちょっと…!そんなにはっきり言わなくても…!」

医務室の整理を手伝ってもらいながら事の次第を説明すれば、エルドは顔色を変えずに言い放った。

「それしか考えられないだろ」

「ないない…あのリヴァイに限って」

「いや、分からんぞ。英雄色を好むって言うからな…」

背中を向けたままガチャガチャと器具を整理していくエルドは、私の顔色がどんどん真っ青になっていくことに気付いていなかった。

「それに兵長はもともと品のある女が好きだからな。今じゃお前にすっかり骨抜きなのが俺には理解できんが…」

「今、ものすごく失礼なこと言ってますからね…」

はぁ…と小さくため息をつく。私の思考はすっかり回想の中にいた。確かにリヴァイは品のある女性が好きだと言っていた。そして内地には美人で品の良い女性が大勢いた。私なんかじゃとても比べ物にならないくらいの。
ふいにリヴァイから香ったあの甘い香りがよみがえる。あんな香りを纏った女性なんてきっと綺麗で品のある女性なんだろうな…

そこまで考えて胸がズキンと痛む。

これは嫉妬だ。
さっきはリヴァイの子供っぽい嫉妬にあんなに呆れていたくせに、私の方こそ嫉妬でどうにかなってしまいそうだった。

そんなことをぐるぐる考えながら俯いていれば、いつの間にか振り返っていたエルドがニヤりと笑ってこちらを見下ろしていた。

「さてはお前…その香りの主に嫉妬してるな?」

「ど…読心術…!?」

こわいこわいエルドこわい…
震えながら後ずされば、面白そうに笑ったエルドがじりじりと近づいてくる。

「兵長に教えたら喜ぶだろうな」

「なっ…嫉妬なんてしてないし…!私はただ…ただ…」

後ずさりながらじわりと涙が浮かんでくる。

「お、おい…」

「だって…リヴァイから女の人の香りがするなんて初めてだし…やっぱりあんな奴でもモテることには変わらないし…それに英雄は色を好むんでしょ!?」

「いや…なにも泣かなくても」

「やっぱり私、ちょっと確かめてくる…!」

「おい、待て…まだ行くな」

ちらりと時計を気にしたエルドが咄嗟に私の手を取ったが、走り出した私の気持ちはもう止まることはなかった。

「離して!!ここで確かめなきゃ女がすたる!!」

「お、落ち着け…!」

エルドの腕を振り払って走り出せば医務室の入り口で激しく何かとぶつかった。頭を強く打った私はその衝撃で尻餅をつく。いたた…と腰を押さえて見上げればそれは世にも恐ろしい姿があった。

「おい…何やってやがる…」

「ヒィッ…!」

久しぶりにその姿で肩を跳ねさせる。リヴァイは一度私の顔をまじまじと見つめると、恐ろしいくらいの視線をエルドへと向けた。

「おい、エルド…てめぇ…泣かしたのか?」

「え…いや、兵長…落ち着いて話し合いましょう。これには深い事情がですね…」

リヴァイは必死に言い訳をするエルドに舌打ちをすると、座り込んでいた私の腕を掴んで廊下へ向かって歩き出した。そして医務室から出る直前、冷たい視線をエルドへと向けた。

「勘違いするな。こいつはもう新妻じゃねぇ…」

「だからそれこそ本当の勘違いですから兵長…!!」

エルドのそんな叫び声は残された医務室に寂しく響き渡った。

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