▼ 夢の舞踏会は敵だらけ!【後半】
そのまま人の少ないエントランスへ出れば、すぐにリヴァイが追いかけてきた。再び腕をとられるがそれを強引に振り払う。
「離して…!こんな場所、大っ嫌いよ…」
「だからお前を連れてきたくはなかったんだ…」
「え…」
「ここはお前が思い描いているような世界なんかじゃねぇ…ただひたすら耐える場所だ」
その言葉に驚いて振り返れば、さっきまでの冷たい表情とは違って心配そうに私を見つめるリヴァイ姿があった。
「胸クソ悪い貴族共の集まりに参加すれば俺たち調査兵団はいつだって好奇の目に晒される。だが、いくら避けようとしたところで兵団の資金が奴らの懐から出ているのは変えようのない事実だ。ならば努めるべきは感情を押し殺し耐えること」
「リヴァイ…」
「それがここでの任務だ」
珍しく饒舌なその姿に驚いて目を見開く。そしてようやくこの舞踏会の実態を理解する。楽しいとばかり思っていたパーティーがまさかそんな場所だったなんて思いもしなかった。
この人は調査兵団の中でも人類最強と呼ばれる人。他の兵士達よりもずっと多くの表舞台に立たされ好奇の目に晒されてきたのだろう。そして誰より仲間想いの人だ。さっきみたいに仲間を悪く言われることがあっても、一人でその感情に耐えてきたのかもしれない。
そこまで考えて居たたまれなくなる。
「ごめん…私、何も知らないで浮かれた…」
「分かったならこれ以上騒ぎを起こさず大人しくしてろ」
リヴァイは懐から皺一つないハンカチを取り出すと、私の髪や顔にかかったアルコールを拭いていった。
「用がすんだらすぐに帰るぞ」
「うん…邪魔してごめんね」
力なく俯けばそれをじっと見つめていたリヴァイがふいに頬へと手をあてた。それに気付いて視線をあげればそのまま優しく頬を撫でられる。そして最後に私の頭をくしゃりと撫でてリヴァイは会場の中へと戻っていった。
――――――
しばらくして会場へと戻った私は、壁にはりつき中央で優雅に踊る人々をぼんやりと見つめていた。遠くではエルヴィンと共に貴族達と会話を続けるリヴァイの姿が見える。兵士というのは戦うだけが仕事じゃないのね。そんな事を考えながらドリンクをちびちびと口に運んでいれば一人の男が近づいてきた。
「リヴァイ兵士長の奥様ですよね?」
当たり障りのない笑みを浮かべてはいるが、怪しい雰囲気をかもしだす男を訝しげに見つめる。質問に答えず黙っていれば男は再び笑みを浮かべて口を開いた。
「どうですか?政略結婚のその後は…?」
「え…」
「なんでも兵士長にはあなたとは別の恋人がいたとか…?」
その言葉を耳にした瞬間、動揺から持っていたグラスが小刻みに揺れる。
「何のことを言ってるのか…分かりません」
「この結婚は民衆を欺くための政略結婚だと…最近、そんな噂が流れているのをご存知ないですか?」
淡々と言葉を続ける男に次第に体が震えだす。よく見れば他の貴族たちとは違う風貌をしたその男の目は野心に満ちたていた。
「…あなた一体、誰ですか?」
「ご挨拶が遅れてすみません。私は新聞社のものです。ぜひ貴女のお話を聞かせてもらいたい」
「新聞…」
記者だと分かるとすぐに踵を返そうとするが、背後から伸びてきた腕によって壁との間に封じ込められる。その瞬間、しまったと生唾を飲み込んだ。誰かに助けを求めようかとも思ったが、これ以上ここで問題を起こす訳にはいかなかった。微動だにせず固まっていれば記者の男が顔を寄せた。
「あの男が大事なのは兵団だけだ」
「違う…リヴァイはそんな人じゃない」
「さっきも見たでしょう?彼は結局、君を何からも守ってはくれない」
「守ってもらう必要なんてないわ…!」
強い意志をこめて見上げれば、男の顔は分かりやすく歪んだ。ダンッと音を立てて顔のすぐ横に拳が置かれると低い声で囁かれる。
「…忘れるな。君は所詮シンデレラだ…すぐに魔法はとける」
「………」
「気が変われば、ここに連絡を」
男は言いながら紙切れをドレスの胸元へと挟んだ。その瞬間、遠くでガラスの割れる音が響き渡った。そこにいた全ての人間が一斉に目を向ける。
「おっと…王子様がお怒りのようだ」
男は背後から鋭い視線を送ってくるリヴァイへ振り返るとそのまま悠々と立ち去っていった。私はその後ろ姿を呆然と見つめることしかできなかった。
その後、気付けば強引に手を引かれて馬車に連れて行かれた。
「お前は馬車にいろ。いいな…?」
捲し立てるようにそう言われてしばらく大人しく座っていたが、どうしても確かめなければならないことがあった。
――――――
「エルヴィン、話しがあるの…」
「どうしたんだ突然…」
驚いた顔をして見下ろすエルヴィンは辺りを気にしながら私へと近づいてきた。おそらくリヴァイのことを気にしているのだろう。そのまま人気のない場所へ移動するとさっき聞いたばかりの言葉を繰り返した。
「この結婚が民衆を欺くための政略結婚だって…そんな噂が流れてるのは本当なの?」
そう言い切ればエルヴィンはすぐにその目を細めた。
「どこでそんなことを…」
「さっき記者だって人が」
「そうか…こんな所にまで入り込んでくるとは」
「それで、本当なの…?」
先を急かすように縋り付けばエルヴィンは小さくため息をついて続けた。
「あぁ…残念ながら本当だ。どこから情報が漏れたのかやっかいな記事がでてね。民衆の間では君が悲劇のヒロインになっているよ」
「そんな…悲劇のヒロインなんかじゃないのに…」
エルヴィンの言葉に思わず首を横にふる。あの男の言っていることを信じたくはなかったが、噂が流れているのは本当だった。
「私…今から本当のことを言ってくる」
そう言って駆け出そうとすれば、その手をとられる。
「いや、待つんだ…今は安易に動くべき時ではない。この件に関してはザックレー総統やその部下達も動いている。君は安心してリヴァイの元にいればいい」
「だけど…」
「大丈夫だ」
エルヴィンはそう言って笑ってみせたがその瞳の奥には有無を言わせない強い光がみえる。今はその言葉を信じて頷くしかなかった。
――――――
古城へと向かう馬車がガタガタと揺れる。
向かいの席に離れて座っていた私とリヴァイは暫くどちらも言葉を発しようとはしなかった。ぼんやりと窓の外を眺める。頭に浮かんでくるのはあの記者の言葉。左手には渡された紙切れが握りしめられていた。
「いい加減答えろ…あの男に何を言われた」
それはもう何度目かの質問だった。ひたすら俯いて口を閉ざす。リヴァイに余計な心配はかけたくなかった。
「エルヴィンには言えて俺には言えないことか?」
その言葉に驚いて顔をあげる。リヴァイに気付かれないよう細心の注意を払ったつもりだったが、そんなのは意味がなかったらしい。
「そういう訳じゃ…」
「あの男から何を受けとった?」
「な、なにも受けとってないよ…」
「ほぅ…なんなら今すぐ確かめてやろうか?」
止まらない質問攻めに咄嗟に目を逸らせば、急に目の前に影が落ちてきた。
腹が立ってしょうがなかった。
ほんの数分前に何があってもひたすら耐えろと言ったはずなのに、壁に追いやられたナマエの姿を目にした途端すべての思考は奪われた。ハンジの言ったことはあながち間違っちゃいなかった。出来ればあんな着飾った姿を誰にも見せたくなかった。ましてや他の男がアイツに触れることなど許せるはずがない。
気付けば勝手に体が動いていた。
腰をあげると素早く向かいに座るナマエとの距離を詰める。その頬に手をあて大きな目に吸い込まれるように顔を近づけ俺は…
次の瞬間にはバチンと鈍い音が響き渡っていた。
「あ…?」
気付けば目の前で口元を押さえて小刻みに震える姿があった。
「何すんのよバカ!!」
「おい、待て…俺たちは仮にも夫婦だ」
「仮にもでしょ!?仮にも夫婦でこんなことしないでよ…!」
タイミングよく古城の前で馬車が止まれば、ナマエは勢いよく馬車から降りていった。
ふと視線を落とせば片方の靴が残されていた。
それを手に取ると、盛大なため息をついて力なく顔を覆った。
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