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▼ 夢の舞踏会は敵だらけ!【前半】

今日は朝から厩舎が騒がしかった。あれはダメ、これはダメだと声高に説教が続けられている。

「こら、兵長!こんな事もできないの!?」

「………」

「もう…兵長ってば何度言ったら分かるの…!今日のニンジンはなしだからね!」

「おい…」

「あ、勝手に食べちゃダメでしょ!本当に兵長は食いしん坊なんだから」

ニンジンをむしゃむしゃと美味しそうに頬張る馬をよしよしと撫でていれば、とんでもなく不機嫌な声が背後からかかった。

「おい、てめぇ…ふざけてんのか」

「リ…リヴァイ…!?」

肩をビクッと揺らして振り返れば、いつも以上に眉根を寄せたリヴァイの姿があった。心なしか隣でニンジンを頬張っていた馬もぴたりと動きを止めた。あっちの兵長はニンジンを差し出したところでその機嫌は直りそうにはなかった。

「さっきから言ってる兵長ってのは俺のことか…?」

「そんなわけないじゃん…この子の名前だけど」

そう言って隣の愛馬を撫でればリヴァイの視線が更に鋭くなる。

「ふざけんな…違う名前にしろ」

「別に馬の名前なんだから…」

「紛らわしいだろうが」

「リヴァイのことはリヴァイって呼ぶでしょ!」

まだ一人で馬に乗れない私は朝から愛馬の躾を行っていた。確かに日々の鬱憤を晴らしたい気持ちもちょっとはあったが、本音は私も「兵長」と呼んでみたかったのだ。そんな事は本人を目の前に言えるわけないのだが。誤摩化すように口を開く。

「そんなことより何か用…?」

「…ハンジがお前の服を持って到着した。そろそろ出掛ける準備を始めろ」

そう言われてハッとする。そうだ、今日は内地で開催される舞踏会に参加するんだった。是非、夫人同伴でと送られてきた招待状を見て私は飛び上がって喜んだのだ。ぱぁっと笑顔になって厩舎を飛び出そうとすればその腕を取られる。

「おい…本気で一緒に来る気か…?」

「なによ今さら…」

最初は私が同伴することをかたくなに拒否していたリヴァイだったが何度も頼み込んでようやく許してもらえたのだ。部屋の掃除やマナー教育だって頑張ってきたのに今さらその発言はない。

「約束したじゃない!今さら何言われたって絶対行くからね…!」

言いながら頭の中で豪華絢爛な舞踏会を思い描いてうっとりしていれば、リヴァイの舌うちが響き渡る。

「勘違いするな…俺たちは遊びに行くわけじゃない」

「分かってるって…ちゃんと大人しくしてるから安心して」

「…どうだかな」

なんとも歯切れの悪い言葉を残して踵を返したリヴァイの背中をムッとして見つめる。そんな私を心配した馬の兵長がすり寄ってきた。

「誰かさんと違って優しいね…兵長だーいすき」

そう言って馬に抱きつけば、リヴァイの足がぴたりと止まった。

「おい…いい加減にしないと本気でその馬、本部に送り返すぞ」

「う、うそっ…!ごめんなさい!!名前はハンジにするから許して…!」

「…それも却下だ」



――――――



すっかり黒のタキシードに身を包んだリヴァイはソファで足を組んでナマエの支度が終わるのを待っていた。肘掛けに置かれた人差し指がカツカツと音をたてる。ちらりと時計に視線を移せばハンジと共に部屋にこもって半刻が過ぎようとしていた。

一体どれだけ待たせる気だ…

苛々と視線を落とせば、一冊の本が目に入る。これが一般的なシンデレラだとナマエから渡された本だった。飽き飽きとして投げ出していたその本を再び手に取りペラペラと捲っていればナマエが部屋から勢いよく飛び出してきた。

「リヴァイ、見て見て!どうかな?」

肘掛けに頬杖をついていたリヴァイはその姿を目にした瞬間、固まった。

胸元から前裾まで白いレースが広がった淡いピンクのドレスに身を包んだナマエは嬉しそうに一回転して止まって見せた。巻かれた髪は上品に後ろでまとめられ、普段飾り気のない白い肌には化粧が施されていた。それだけですっかり別人に見える。

すぐにリヴァイの眉間にこれでもかと皺が寄る。

「却下だ…今すぐ着替えろ」

「ええっ…なんで!?どこか変かな?」

嬉しそうに裾を広げていたナマエの顔が一瞬にして悲しげに歪むと自分のドレスをあちこち見回す。ナマエを追うようにして部屋から出てきたハンジが呆れた様子で口を開いた。

「大丈夫、どこも変じゃないよ。どうせリヴァイは可愛いお姫様の姿を誰にも見せたくないだけでしょ?」

「黙れクソメガネ…削ぐぞ」

「言っておくけどリヴァイ…これがダメならこっちのドレスになるけど、それでもいいの?」

そう言ってハンジが持ち上げたのは大胆なスリッドの入った漆黒のドレスだった。

「えー…私こっちがいい」

肩を落として項垂れる姿に小さく舌うちして立ち上がると、リヴァイは面倒くさそうに言い放つ。

「ちっ…いいだろう。だが、俺から離れないと約束しろ」

そう言えば、ナマエはみるみる嬉しそうな笑顔を浮かべて大きく頷いた。




…のだが。
会場についた途端、アイツは姿を消した。

まったくあの女は首に縄でもつけておかないと駄目らしい。そんな事を考えながら辺りを見回していれば、それに気付いたエルヴィンが神妙な面持ちで近づいてきた。

「さっきから何をそわそわしているんだリヴァイ」

「いや、何でもねぇ…」

そう言って顔を背けた先に、探していた姿を見つけて思わず目を細める。卓上に並べられた沢山の料理を幸せそうに品定めするその姿は紛れもなく姿を消したナマエだった。少しでも心配したことを激しく後悔すると再びため息が漏れる。

「あぁ、なるほどな。気が気じゃないわけだ」

「はっ…そんなんじゃねぇよ…」

エルヴィンの見当違いな発言に舌うちすると、さっさと面倒な挨拶とやらを終わらせるためにいけ好かない貴族共の元へ足を進めた。



――――――



どこを見てもまるで異世界だった。

高い高い天井には豪華なシャンデリアがつり下げられ、会場にはつねに上品なクラッシックが流れている。あちこちに置かれた料理に、色とりどりのお酒。誰もが着飾り優雅に立ち振る舞うそこはまさに夢にみていた舞踏会そのものだった。

目の前に広がる沢山の料理に目を輝かせていれば、ふいに視線を感じる。

「彼女が噂のシンデレラか…」

そんな声が耳に届くとなんだか居たたまれなくなり俯く。ほんの少し前までぼろ布の服を着ていた私は確かにシンデレラだ。こんな煌びやかな世界があるなんて知りもしなかった。

遠くにリヴァイとエルヴィンの姿を見つけて近寄ろうとしたがすぐに足を止めた。フォーマルな黒のタキシードに身を包み、多くの人に囲まれたリヴァイは相変わらずの無表情だったたが、何故だかいつもと違う顔に見えた。

「あなたが調査兵団の兵士長と結婚したっていう庶民の方?」

「え…」

ふいに声をかけられ振り返れば、豪華なドレスを身に纏った数名の女性が立っていた。ドレス同様豪華な羽扇子で口元を覆ってはいたがその蔑むような目はまっすぐに私を捕らえていた。嫌な予感しかしない。



――――――



さっきから同じ会話の繰り返しにリヴァイはいい加減うんざりしていた。適当に会話を受け流しながら後どれくらいで城に戻れるかそんなことばかり考えていた。ふいに貴族達の話題がリヴァイの結婚話へと変わると誰にも気付かれないように舌うちする。

「それにしても可愛らしい奥様ですな、リヴァイ兵士長」

どこがだと思わず口に出してしまいそうだったが、適当に返事をする。

「若いですが品もありそうですし…」

男がそう言いかけた瞬間ホールに激しい罵倒が響き渡った。

「謝ってよ…!!」

紛れもなく聞き覚えのあるその声にリヴァイは顔を歪める。小さく息を吐くと一斉に視線が注がれる方へと顔を向けた。そこには見たこともない剣幕で相手を見据えるナマエの姿があった。



――――――



ぱしゃりと頭から液体をからかけられる。
それが相手のグラスの中身だと分かると、怒りでふるふると体が震えた。

「これだから下層の人間は嫌いよ」

「私のことは何とでも言ったらいい…でも…兵団の皆のことをそんな風に言うのは許さないから…!」

「あら、税金の無駄遣いばかりする死に急ぎ集団のこと?なにか間違った事言ったかしら?」

ねぇ…と周りに同意を求めながら高らかに笑うその姿にいい加減堪忍袋の緒が切れそうだった。毎日訓練に励む兵士たちの姿を思い浮かべていれば、いつの間にか目の前の女性に向かって掴み掛かっていた。

あたりが一層騒がしくなる。

次の瞬間、強い力で腕をとられた。目の前に現れたのはいつも以上に冷たい表情を浮かべたリヴァイだった。貴族の女をじろりと一睨した後、私へと振り返った。

「謝れ…」

「でもっ…!」

それはまさかの言葉だった。その有無を言わせない視線に顔をしかめると視線をそらす。

「どうも、すいませんでしたー…」

「おい…もう一度初めから躾直しが必要か…?」

「っ…」

その低い声に震える唇を噛みしめドレスの裾を握りしめた。

「申し訳…ありませんでしたっ…」

言葉と同時に項垂れれば、頭上からクスクスと笑う女性達の声が聞こえる。悔しくていてもたってもいられなくった私はリヴァイの手を振り払ってその場から駆け出した。

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