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▼ 仮病王子は診察しません!【後半】

あれから意識を取り戻したグンタは目が覚めると同時に申し訳なさそうに謝ってきた。熱はさっきより下がっていたが、その頬はまだ赤く上気していた。しばらく安静にしててくださいとベッドに寝かしつければ、せっかく兵長が手配した馬だけでも見てこいとグンタに背中を押されて厩舎へと向かった。

案内されて馬小屋に入れば、初めて目にする馬が一頭繋がれていた。品種改良された周りの馬に比べれば一回り小さいがその綺麗な茶色の毛並みに思わず駆け寄った。

「か、可愛い!!今日からよろしくね」

よしよしと頬を撫でれば、そのふっくらとした触り心地に目を細める。

「ごめんね、今日は教えてくれる人がいないからあなたに乗れないんだ」

「よければ私が教えようか?」

背後から急にかかった声に驚いて振り向けば、ちょうど馬術の訓練を終えたのであろう自分の馬を引いて立つペトラの姿があった。





広い草原へと場所を移せば隣を歩くペトラが手綱を引きながら口を開いた。

「まずは馬の乗り方から教えなきゃね。私が補助をするから同じように乗ってみて」

そう言って軽やかに馬に跨がるペトラは華奢な体とはいえ流石は兵士の動きだった。そんな姿を呆然と見つめていれば小さく笑ったペトラが再び馬から降り立った。そして私の横に立つとゆっくり丁寧に説明していく。

「馬が動かないように手綱はきつめにしっかり引いて」

「は、はい…」

「左足を…そう、あぶみに掛けて…右足で思いっきり踏み切ってみて」

馬を押さえてもらいながら言われた通りに体を動かしてみるが、すぐにバランスを崩して体が揺れる。一度あがった体は馬に跨がる前に地面へと倒れ込んだ。その衝撃で馬がひひんと嘶き前足を上げれば、それをペトラが必死で宥める。お尻から見事に地面に落下した私は腰を押さながら立ち上がった。

「あの…ごめんなさい…」

言いながら頭を下げればペトラは驚いたように目を見開いた。そしてゆっくり視線を逸らして俯いたその姿に首を傾げる。

「あの…ペトラさん…?」

「それは、なんについての謝罪…?」

「え…」

「馬から落ちたこと?それともここへ戻ってきたこと?」

その言葉に驚いて固まっていれば、俯いたままのペトラの肩が僅かに震えていることに気付いた。ぐっと片手を握りしめるとまっすぐペトラを見据える。

「どっちも…です。私、ペトラさんにずっと謝りたかった。勝手かもしれないけど、あなたを傷つけて本当にごめんなさい」

そう言って再び深く頭を下げれば、ペトラは左右に首をふった。

「私は兵長からのプロポーズを断った。だからこうなったのは自業自得だと思ってる」

「………」

「だけど…あなたのことはどうしても認められない」

「でも…私もリヴァイが好きなの。好きになっちゃったの…!」

「あなたは…お金目当てで兵長に近づいたんでしょ?」

ペトラの言ってることは事実だった。言い返すことが出来ずに唇を噛みしめて俯く。

「元恋人としてだけじゃないわ。兵長を守るリヴァイ班のペトラ・ラルとしてわたしはそんなあなたを認めることはできないのよ…」

ペトラは悲しげに顔を歪ませてそう言いきると自分の馬を引いて古城に向かって歩き出した。しばらく俯いていた私は再び両手を握りしめると、もうすっかり遠くなった後ろ姿に向かって叫んだ。

「わ、わたし…!ペトラさんに認めてもらえるように頑張るから…!」

ペトラは最後まで振り返ることはなかった。肩を落として見送っていれば隣にいた馬がまるで慰めるようにすり寄ってきた。馬は人の気持ちが分かるというが本当のようだ。そんな事を考えながらその頬を撫でた。



――――――



夕食を終え部屋に戻ればすでにリヴァイの姿があった。リビングのソファでくつろぐようにして本を読むその姿を視界に入れると、寝間着や使い慣れた枕を大きな布袋に詰めていく。ふと、手を止めてずっと気になっていたことを口にしてみた。

「ねぇ、いつもなんの本読んでるの?」

「…これのことか?」

そう言って持ち上げた本に頷けば、しばらく何かを考え込むように視線を流したリヴァイが口を開いた。

「シンデレラ、だ…」

「シンデレラ!?」

まさかの題名に驚いて声を荒げる。どう考えてもリヴァイのイメージではない。

「これは中々残虐な話だな。ハトを使うとは…こいつをいじめた奴らもよく考えたほうがいい」

「ちょ、ちょっと待ってよ…もしかして原作の方読んでない?」

リヴァイの座るソファにかけ寄るとその本の表紙を確認する。それは一般的によく知られた子供向けの童話シンデレラではなく、残忍な内容の含まれる原作の方だった。一体どこでこんな本を見つけてきたのか。そんなことを考えていれば、脇に抱えていた布袋を見てリヴァイが顔を顰めた。

「あ…今日はグンタさんが心配だから、私も医務室に泊まり込むから」

「…ああ」

リヴァイはそう言うと再び読みかけの本へと視線を戻した。それを確認すると、最後に鏡台の前に置いてあった櫛を手に取って部屋から出て行く。


――――――



「気がつきました…?」

額に置かれたタオルをかえようと手を伸ばせばグンタが目を開いた。一度目を覚ましてから随分眠っていたようだ。グンタは辺りがすっかり暗くなっていることに気付くと慌てて体を起こそうとしたが、それを咄嗟に制する。

「まだ起き上がっちゃダメです…!熱が高いから今日はここで寝てください」

「あぁ…」

グンタはばつが悪そうにそう呟くと再びベッドへ体を沈めた。その額に絞り直したタオルを置けば、気持ち良さそうに目を瞑った。薬の準備をするためにかちゃかちゃと医療器具を触っていればふいにグンタが口を開いた。

「オルオが変なことを言ったらしいな…」

「え?」

「あまり気にするな…」

そう言われて頭に浮かんだのはリヴァイがペトラを看病したという話だった。今朝そのことをリヴァイに訪ねれば何の話しだと言って顔を顰めた。あの顔は嘘をついてる顔じゃなかった。

「あの…もしかして、ペトラさんを看病したのってグンタさんなんじゃ…?」

「俺じゃねぇよ…オルオの奴だ…」

その言葉に驚いて目を見開く。まさかとは思っていたがオルオが看病していたとは。

「…だがアイツは兵長だと思って勘違いしてるペトラのために黙ってる」

「そんな…」

それじゃあペトラさんはリヴァイが朝まで看病したと思ってるってこと…?
まさかの展開に視線を彷徨わせていればグンタが苦しそうに咳をはじめた。

「だ…大丈夫ですか…?今、薬持ってくるんで…」

「あぁ…悪いな」

サッと仕切りのカーテンを開けて外に出れば、突然リヴァイが医務室へと入ってきた。

「ど、どうしたの…?」

リヴァイは何食わぬ顔をして空いているベッドに横になった。

「なんでリヴァイまでここで寝るのよ」

「俺も体がだるくてな…」

「はぁ!?そんなヤワな体じゃないんじゃなかったっけ!?」

捲し立てるようにそう言えば、当の本人は気にした様子もなく持っていた本を開きはじめた。

(なっ…!ここは自室じゃないっての…!)

そう思って大股で近寄ろうとした瞬間、隣からゴホゴホと激しく咳き込む声が聞こえてくる。一度ため息をつくと急いで薬を取りに踵を返した。




「グンタさん、薬です。一人で飲めますか…?」

「はい、氷枕です」

「おかゆ、少しでも食べてくださいね」

「他に欲しいものはありませんか?」

バタバタと動き回って、あれこれグンタの世話を焼いていればその度に隣のベッドから視線を感じる。あえて気付かないふりをしていたが、ついにそこを通り過ぎようとした瞬間ぐいっと服の端を引っ張られた。

「おい、俺には何も無しか…」

その言葉に眉根を寄せる。

「仮病でしょ?医者を騙せると思った…?」

「人の腕に何発も注射針を刺した奴がよく言う」

そう言われて初めて会った日にそんなこともあったなと思い出す。何度か採血を失敗して削がれそうになった最悪の記憶だ。

「あっ…あれは!あんな怖い顔で睨まれてたら誰だって無理よ!」

一息でそう言い切ればリヴァイは舌うちと共に顔を逸らした。まるでいじけた子供のようなその姿に盛大なため息をつく。

「もう…ここにいるのはいいけど邪魔しないでよね」

そう言い残して離れようとすれば今度は手を引かれた。

「ここにいろ…」

ぎゅっと手を握りしめられ、行くなと見つめられれば不思議な感覚に支配される。

「リヴァイ…」

視線を逸らすことが出来ずどうしようかと立ち尽くしていれば、背後のカーテンがさっと開かれた。

「あの…俺のことはいいんで…部屋でやってもらえますか?」

すっかりグンタが隣にいることを忘れていた私はみるみる赤くなって固まった。その後、慌てて掴まれていた手を振り払うと二度とリヴァイのベッドには近づかなかった。

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