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▼ 仮病王子は診察しません!【前半】

日が暮れる頃、ようやく古城に到着すれば多くの兵士たちが笑顔で出迎えてくれた。「おかえりなさい」と声をかけられ「ただいま」とかけ寄る。ここを離れていたのはほんの数日のはずなのに、皆の顔がとても懐かしく感じた。

「みんな元気だった?怪我とかしてない?」

兵士たちに囲まれてわいわいと再会を喜んでいれば、遠くにエレンの姿が見えた。すぐに笑顔で手を振ろうと片手をあげればエレンはまるで視線を逸らすように踵を返して古城の中へと戻って行った。

「エレン…?」

離れていく背中がやけに寂しそうで追いかけようとすれば、すぐに兵士たちに取り囲まれて質問攻めにあう。顔を戻した時にはエレンの姿は消えていた。



――――――



翌朝、食堂に向かえば既にたくさんの兵士達で賑わっていた。朝食のトレーを持ったままきょろきょろと辺りを見回す。結局、昨日はまともに話すこともできなかった幼馴染みの姿を探していた。長机の端にその姿を見つけると足早にその背中に近づいた。

「エレン、おはよう」

きっといつもの笑顔で振り向いてくれると思っていたが、振り返ったエレンの顔は冷たいほど無表情で驚いて目を見開く。こんなエレンは初めてだった。

「あの…エレン、何か怒ってる?」

「別に…」

それだけ言い残すとエレンは食べかけのトレーを持って立ち上がった。そのまま声をかける間もなく私の横を通り過ぎて行く。

もしかしたらエレンは、勝手に城から出て行ったことを怒っているのかもしれない。確かに一言の相談もしなかったけど…あの時はそんな余裕などなかったのだ。

足早に去って行く背中を見送りながらはぁ…と肩を落としていれば、近くに座って朝食をとっていた数人の兵士たちから声がかかった。

「ナマエさん、よかったら俺たちと食べませんか?」

「え、いいの…?」

一人で朝食をとろうとしていた矢先にかけられた言葉に笑顔で頷けば、横からぐいっと手を引かれた。そこに立つ意外な人物に兵士達は驚いて固まる。

「へ、兵長…!」

驚いて当然だ。夫婦とはいえ今までは別々に食事をとっていたのだ。気軽に声をかけた兵士たちはみるみる青ざめていった。

「おい…お前はこっちだ」

「え…でも…」

リヴァイは私のトレーを片手で持ち上げると、掴んだままの手を引いて歩きだした。突然の行動に半分放心状態だった私はずるずると引きずられて行く。残された兵士達に視線で謝罪の意を示せば、ぶんぶんと首を横に振る姿が見えた。




(あのー…非常に気まずいんですけどー…)

今にもそう声に出してしまいそうだった。リヴァイ班に囲まれて座った私はぎこちなくスープを口に運ぶ。斜め前に座る赤い顔をしたグンタからは何故だか鋭い視線が注がれ、エルドに関してはナマエの実家はどうでした?なんて空気の読めない発言を始めるし、オルオは心配そうにペトラを見つめていた。

うん、これは逃げるが勝ちだ。

残りのパンを一気に口に押し込み、勢いよく立ち上がればすぐに腕を引かれて席に戻される。

「……!?」

口の中にはパンが詰まっていた為、視線でリヴァイに何事かと訴える。変な持ち方でコーヒーカップを持ち上げていたリヴァイは静かに言い放った。

「…お前に話しがある。俺が食べ終わるまでここにいろ」

(はぁ…!?)

今ここで話せばいいじゃんと言おうとして、口をつぐんだ。目の前に座るペトラを視界に入れると再び気まずそうに俯くことしかできなかった。



――――――



リヴァイは隣を歩くナマエをちらりと盗み見ながら今朝の出来事を思い返していた。
朝、目覚めて隣で馬鹿みたいに安心しきって眠るその寝顔を見つめていれば、食堂に行くのがすっかり遅くなった。

そんな自分よりも更に遅れて食堂に現れたナマエはすぐにエレンの元へと向かった。その姿に内心舌うちをしていれば、エレンがナマエを避けるように立ち去っていく。その背中を切なげに見つめるその姿に再び苛々としたものが込み上げてきた。極めつけはあれだ。兵士達に声をかけられ笑顔で応じるその姿についに我慢の限界がきて立ち上がった。

この女は危機感というものが足りない。

「おい、ナマエよ…」

「なに?」

「お前は犬か?誰にでも愛想振りまいてんじゃねぇよ」

「はぁ!?誰が犬よ」

「お前は俺の妻だ。少しはその自覚を持て」

「はいはい、すいませんでしたー」

「はい、は一回だ。馬鹿が」

「もう…さっきから何なのよ…」

廊下を進みながら頬を膨らませるナマエに再び舌打ちをする。本当はこんなことが言いたかったわけじゃない。

くそ…なんでさっきからこんなに苛々しやがる…

その原因が分からず悶々としていればいつの間にか医務室の前まで来ていたことに気がつき足を止める。

「なに…?リヴァイも一緒に午前の診察やってみるとか?」

「はっ…そんなこと出来るわけねぇだろ…」

「…でも、ペトラさんの病気は朝まで診てあげたんでしょ?」

医務室の鍵をかちゃかちゃと開けながらナマエがぶっきらぼうに言い放てば、すぐに何を言ってやがると顔を顰めた。

ペトラの看病…?
そんな記憶はなかった。

「一体、何のはなしだ…」

そう答えれば、俯いていたナマエが勢いよく顔をあげた。驚いたように固まるその姿に訳が分からんと舌うちすると、ようやく本題について口を開いた。

「そんなことより、ナマエ…お前の兵団に関する勉強はもう終わりだ」

「え…そうなの?」

「あぁ…これからは馬に乗るための訓練だ。今朝、お前用の馬を一頭手配しておいた」

そう言えば、さっきまで沈んでいたナマエの顔がみるみる笑顔になっていく。その姿に小さく鼻で笑う。コイツは本当に単純だ。

「乗れるようになったら遠乗りに連れてってやる」

「うん…!!」



――――――



兵団の敷地内に花を植える許可をもらった私は、さっそく午後から花壇を作っていた。遠くから聞こえてくる訓練中の兵士達の声を耳にしながら、心弾ませて土をいじっていた。遠乗りに行くことを想像しては堪えきれずに笑みが漏れる。鼻歌なんかを歌っていれば、ふいに背後に人の気配を感じた。汗を拭いながら振り返れば、顔を真っ赤にして立つグンタの姿があった。思わずぎょっとして固まる。

(し…締められる!?)

慌てて立ち上がると後ずさりながら口を開く。

「い、言っておくけど…これはちゃんと許可もらってるんだからね…!」

「いや…そうじゃない。俺はお前に馬の乗り方を教えるようにと…兵長に…」

グンタは顔を赤くさせたまま息苦しそうに地面に膝をついた。

「ど、どうしたの…!?」

苦しそうなその様子に慌ててかけ寄れば、グンタは脂汗を浮かべて荒い呼吸を繰り返していた。これは尋常じゃない。急いで額に手を伸ばせば触れただけでかなりの高熱だと分かった。すぐに医務室へ連れて行こうと顔をあげた瞬間、そこで意識の途絶えたグンタの体が真っ直ぐに私目掛けて倒れてきた。

「えっ…ちょ…きゃああああ!!」

急に倒れてきた体に下敷きになって叫ぶ。

「ナマエ、大丈夫か…!?」

なんとかグンタの下から顔だけ出せば、心配そうに駆け寄るエレンの姿があった。

「エレン、たすけて…!」




意識を失ったグンタをエレンが背負って医務室まで走る。どうしてこんな状態になるまでほっておいたのか。思い返せば朝食の時からグンタの様子はおかしかった気がする。

医務室につけば、一番奥のベッドにその体を横たえてもらう。その間に氷枕を用意するとすぐにグンタの首の下へそれを置いた。

「すごい熱…」

首の下に手を忍ばせれば尋常じゃない熱が感じられた。すぐに手首をとって脈をみれば、普段よりも何倍も脈拍数が増加していた。

出来る限りの処置を終えると、最後に濡れたタオルを額に置いてその顔色を伺う。グンタは未だ苦しそうに荒い呼吸を繰り返していた。仕切りのカーテンを締めて部屋から出れば、外で待っていたエレンが心配そうに立ち上がった。

「大丈夫そうか…?」

「うん、とりあえず解熱剤をうったから安静にしてたら大丈夫だと思うけど…」

「そうか…」

途端に気まずい空気に包まれる。そういえばエレンとこうやって話しをするのは久しぶりだった。今朝の出来事を思い返してちらりと相手を盗み見ればエレンも気まずそうに視線を逸らした。

「それよりエレン…今朝の態度は何よ?」

視線を合わすことなくそう言えば、エレンもまた視線を逸らしたまま口を開いた。

「見たくなかったんだ…」

「え…」

「幸せそうに笑う…お前の姿」

その言葉に驚いて顔をあげれば、エレンは足早に医務室を後にした。去っていく切なげな表情に脳裏に浮かんできたのは近所の人達の言葉だった。

『あいつは昔から皆に言い回ってたからな、お前と結婚するんだって』

「エレン…」

もしかして私のこと…

そこまで考えて激しく頭を振る。
そんなはずはないと、まるで自分に言い聞かせるように。

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