▼ 旦那さまは主夫
※兵長が専業主夫です。
※かっこいい兵長はいませんのでご注意。
※完全なギャグです。なんでも許せる方のみお進みください。
出会って5年、意識し始めて4年、付き合って3年、もうそろそろではないかと警戒はしていた。残念なことに奴は非常に分かりやすい男だった。私の誕生日が近づくにつれそわそわと落ち着きがなくなり、読んでいた雑誌がいつの間にか消えていることも多々あった。
そしてついに動きだしたのが先週のこと。
抱えていた案件が一段落したので喫煙ルームで一息ついていれば、ネクタイを緩めながらリヴァイが私を追いかけてきた。わずかな沈黙の後、「誕生日は夢の国へ行くぞ…」なんて視線を逸らしながら呟くその姿を見て私は内心舌うちをした。
ついにきたかと。
断ろうかとも思ったが、さすがに誕生日に予定があるとは言えなかった。まぁなんとかなるだろう…そんな軽い気持ちで承諾したのが悪夢の始まりだった。
――――――
そして誕生日当日。
夢の国のゲート前で待ち合わせをした私たちは、朝からチケットを買うために長蛇の列に並んでいた。昨夜あまり眠れなかったのかリヴァイは目の下にくまを作っていつも以上に不機嫌そうにしていた。大体、人込みが苦手なくせにどうしてこんな場所を選んだのか。途中で帰るなんて言い出さないか不安げに見つめていれば、入場ゲートをくぐったところでリヴァイは急に振り返った。
「おい…」
「は、はい…」
「俺と結婚しろ」
「…は?」
今だ握りしめたままの入場券と一緒にリヴァイが差し出したのは濃紺の小さな箱だった。器用にぱかっと蓋をあけると数秒遅れてその場にひざまずいた。
「え、ちょ…ちょっと…どうしたのこれ!?」
眩いほどに光を放つソリティアリングに私は軽く目眩がした。一体いくらしたかなんて想像するのも嫌だ。思わず二度見してしまった「HW」の高級ブランドのロゴにお前はどこのセレブだよ!と声をあげたくなったが、私はただただ真っ青になって立ち尽くしていた。
「これ…いくらしたの…?」
「心配するな、金ならある」
「いや、そうじゃなくて…」
なんといっても夢の国の入場ゲートくぐってすぐの場所だ。私たちは主役のネズミたちよりも注目を浴びていた。
「リ、リヴァイ…こういう話しはもう少し人気のない場所でさ…ロマンチックな雰囲気になってからにしない?」
「…今も十分ロマンチックだろ」
「どこがだよ」
実を言うと、こんな展開を少なからず予想していた私は、きっぱりと断るシュミレーションを何度も行っていた。「ごめん、無理」そう笑顔で言うつもりだったのに不意打ちすぎてそんなものは全て吹き飛んでしまった。なによりこれだけ沢山の人に注目されていては非常に断りづらい。どうしようどうしようと黙り込んでいれば、目を細めたリヴァイが更に強い口調で言い放った。
「いいか、よく聞け…特別にもう一度だけ言ってやる。次はないから聞き逃すなよ…」
「は…?」
「お、俺の作ったみそ汁を一生飲め…」
(なんで命令形なんだよ…!!)
片膝ついて指輪を差し出すという欧米風のプロポーズからは想像もつかない言葉だった。しかもなんか微妙に違う。一体誰がこんなふざけた入れ知恵をしたのかと考えて、すぐに一人の人物が浮かび上がった。いつもスカした笑顔で大量の仕事を投下する金髪の上司。
(エルヴィンめ…)
ぐっと拳を握りしめてわなわな震える。あの人はいつも余計なことをリヴァイに吹き込んではそれを遠目で楽しむふざけた上司だった。おそらく今回のプロポーズも裏でエルヴィンが絡んでいるに違いない。
「どうした、早く答えろ…」
返事を促され思わず後退る。
別にリヴァイと結婚することが嫌なわけじゃない。粗暴で素っ気ないところはあるが、その不器用な優しさには何度も助けられたし、意外とシャイなところなんかも好きだった。だけどそれ以上に仕事を愛していた。これまで血の滲むような努力をして積み上げてきたキャリアを手放して、家でアイロンがけをしたいとはどうしても思えない。
だからまだいい…せめて、あと5年くらいは…
「あ、あのねリヴァイ…気持ちは嬉しいんだけど…私、まだ仕事がしたいなぁって…」
「安心しろ…そのことなら今まで通り好きなだけ働いてもらって構わない」
「いや…結婚するならちゃんとケジメはつけたいし…仕事のせいで家のことが蔑ろになるなんて納得できないし…ね?」
ここまで言えば流石に諦めてくれただろう。そう思って肩を下ろせば、考え込むように一点を見つめていたリヴァイは無表情のまますっと顔をあげた。
「…なるほど、確かにそうだ」
「うん、だから結婚は…」
「いいだろう…それなら俺が家に入ろう」
「は…?」
「お前は好きなだけ外で働け。そして家のことは俺に任せろ…」
「はぁ!?」
同じ会社に同期として入社して5年。私たちはプライベートを犠牲にしてバリバリと競い合うように仕事をしてきた。だからリヴァイも仕事が好きなんだと思っていた。それなのに、あっさり自分のキャリアを諦めて家に入る!?その衝撃的な言葉に私の頭は真っ白になった。
「おい、ナマエよ…まだ何か不満でもあるのか…」
「え…」
そう言われてぼう然と辺りを見回す。すでに私たちを囲うようにできていた人だかりの誰もが固唾を飲んでプロポーズの行方を見守っていた。
一体、何だというのだ…この「Yes」と言わざるえない雰囲気は。
ダメだ…絶対に言ってはダメだ。
結婚は人生の墓場だって祖母も言っていた。
だけど…だけど、だけど。さっきから痛いほどに突き刺さるのは夢の国でいつもよりハイになった人々の期待に満ちた眼差し。キラキラと輝く瞳で私を見つめる少女の姿が視界に入った瞬間、私は…
「よ、よろこんで…」
自然とそう答えてしまっていた。
すぐにわっと盛大な拍手が巻き起こる。本来ここの主役であるはずのネズミたちまで飛び上がって喜んでいる始末だ。この時ばかりは自分の外面の良さを恨んだ。
そして、そこからの記憶は曖昧だった。唯一、覚えてるのは私の左手薬指にキラキラと光る指を嵌めたリヴァイの顔が今までにないくらい嬉しそうだったことくらいだ。
――――――
「……ぅ……ん……」
ちちちと遠くで小鳥の鳴き声がする。カーテンの隙間から眩しいくらいの朝日が差し込み、薄らと目を開けると視界に広がる見知らぬ天井に数秒ほど固まった。
「あれ……ここ、どこだっけ…」
「なに寝惚けたこと言ってやがる…」
「ぎゃああああああ!!」
突然、背後から聞こえた声に私は大袈裟なくらい肩を跳ねさせ飛び起きた。
「いい歳した女が、いちいち生娘みたいな反応してんじゃねぇよ…」
「きっ…きむすめ!?」
シーツを手繰り寄せながら見上げればベッドの脇に腕を組んだまま仁王立ちしたリヴァイの姿があった。その背後には真新しい家具の数々。
(あぁ、そうだ…私たちは籍を入れて新居に引っ越したんだった)
プロポーズから数ヶ月。あの日からリヴァイの行動の早さは尋常ではなく、且つ抜かりなかった。挨拶、結納、挙式を済ませ、気付けば郊外に庭付き一戸建ての新居を構えていた。新婚旅行はお前の仕事が落ち着いたら行こうな…なんて優しく言われてわけも分からず黙って頷いたのが先週のことだったか先々週のことだったか。
そして、プロポーズの時に言っていた通りリヴァイはきっぱりと仕事を辞めた。
ズキズキと痛む額を押さえながら今日までのことを思い返していれば、無言で水の入ったコップが差し出された。なんだか昨夜の記憶がまったくない。
「うう…なんでこんなに頭が痛いの…」
「お前が勝手に酔っぱらったんだろうが…」
呆れたように言われて途切れ途切れの記憶がうっすらと甦る。ああ…そうだ。あまりの展開の早さに、もうどうにでもなれって浴びるように酒を飲んだのが昨晩の出来事。はぁ…と溜め息ついて、ようやく自分の姿を確認した。
「…って、なんでわたし服着てないの!?」
「そりゃ…決まってんだろ…」
リヴァイは視線を逸らすとわずかに頬を染めた。それを青ざめたまま視界にいれると首を横に振りながら叫んだ。
「頼むから赤くなるなーーーーー!!!」
「おい…そんなことより遅刻するぞ。さっさと飯食って支度しろ」
「え…」
リヴァイをよく見ればエプロンを身につけフライ返しを持っていた。
「もしかして朝ご飯作ってくれたの?」
「何言ってやがる…付き合ってた頃から俺が作ってただろうが」
「それはそうだけど…」
「今日からお前が稼ぎ頭だ。家のことは俺に任せてしっかり働いてこい…」
口調はかなり男前ではあるがリヴァイの言ってることはやっぱり何だかおかしい。それでも私は背筋を伸ばして大きく頷くことしかできなかった。
寝間着に着替えてリビングに下りればキッチンでテキパキと動くリヴァイの姿が目に入る。ソファの上には白のパリッとしたワイシャツが綺麗に畳まれて置いてあった。まるでクリーニングに出したような見事なアイロンがけに感嘆の溜め息が漏れる。
「何これすごい…」
「今日のクライアントは外資系だったな…スーツはグレーがいいだろう。お前が飯食ってる間に出しておく」
「あ、ありがとう…」
テーブルに座れば、サラダとトーストに私好みの半熟スクランブルエッグ。リヴァイは色違いで買ったお揃いのマグにコーヒー注ぎながら怖い顔で続けた。
「あぁ、それとだ…あそこの会社はセクハラしやがるクソ親父がいるから気をつけろよ…体触らせんじゃねぇぞ…」
「は、はぁ…」
どこから漏れたのかリヴァイは私のスケジュールと仕事内容まで把握していた。こんな完璧な専業主夫が他にいるのだろうか。忙しなく動くリヴァイを横目に朝食を口の中に押し込むとスーツに着替えて飛び出すように玄関に向かった。
「待て…」
扉を開けようとしたタイミングで背後からかかった声にビクッと肩が揺れる。まさか、いってきますのキスを強請られるんじゃないかとドキドキしながら振り返った。
「な、なに…?」
「忘れ物だ…」
リヴァイがそう言いながらぶっきらぼうに差し出したのはこれまた皺一つないピンクの布に包まれた四角い物体だった。
「あの…これって」
「弁当に決まってんだろ。よく噛んで食えよ…」
(弁当…!?)
あのリヴァイがこの私に弁当まで作ったというのか。私はにわかには信じられなくて目を瞬いた。
「何ぼさっとしてる…電車の時間は信じるな。あれは遅れて当たり前だと思え…」
「は、はい…!」
なんだかさっきから「はい」とか「はぁ」とかしか言ってない気がする。受けとった弁当箱をゴソゴソと鞄に押し込めていれば、急にちゅっと額に柔らかいものが当たった。思わず間抜けな声がでる。
「へ…」
「さ…さっさと行け…」
リヴァイは顔を赤くして視線を逸らすとモゴモゴとそう言った。私はおでこを押さえたまま再び固まる。
(こ、こやつ…自分からやって照れておる…!!)
照れるなら最初からやらなきゃいいのに。おでこを擦りながらそんなことを考えていれば、俯いていたリヴァイがキッと鋭い視線で顔をあげた。ヒィッと肩をあげると逃げるように玄関から飛び出した。
(はぁー…なんとも恐ろしい朝だった…)
色々と見てはいけないものを見てしまったような感覚にぶるりと震えた。これが毎日続くのかと思うとなんだか胸のあたりがむずむずむず痒い。それに何だか想像していた結婚と大分違う気がする。
再度大きく息を吐くと、とぼとぼと駅に向かって歩き出した。
(つづく…?)
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