短編 | ナノ


▼ やさぐれ少女の場合【後編】

14歳の誕生日。

いつものように二人で鍋の準備をしていれば、突然チャイムが鳴った。手が離せないリヴァイに代わって玄関まで走ると勢いよくドアを開けて固まった。

「え、なんでここに…」

セールスかなにかだとばかり思っていた相手は、言葉を交わしたのも数回ほどしかない同じクラスの男子だった。ぶっきらぼうに紙袋を差し出されて訳も分からず受けとると、そのまま走り去っていく。

「こんな時間に誰だ…?」

唖然とその背中を見送っていたせいか、急にかかった声に大袈裟なくらい反応してしまった。そんな私の様子にますます訝しげに顔を歪めたリヴァイが近づいてくる。受けとったものを隠すのも変なので複雑な表情をしたまま振り返った。

「なんだそれは…」

案の定、私の手元に視線を移すとリヴァイは更に眉根を寄せた。

「お、同じクラスの子が…」

「男か…?」

「うん…」

「付き合ってるのか…?」

「…なんか親父臭い、その言い方…」

「バカ言え。俺はまだギリギリ二十代だ…」

「………」

正直、なんと説明すれば良いか分からなかった。急に現れたその子はクラスメイトではあるがほとんど喋ったこともない相手。そんな子がわざわざ家までプレゼントを持ってきたというのも変な話しだが、それが事実だった。困ったように視線を彷徨わせていれば、リヴァイは見たこともないくらい寂しげな顔で呟いた。

「言いたくなきゃ言わなくていい…」

「別にそんなんじゃ…」

「お前は…そうやって俺に秘密が増えていくんだろうな…」

その寂しげな声に、全ての思考は遮られた。

秘密…

私の抱える秘密などリヴァイの抱える秘密に比べたらどんなにちっぽけでしょうもないものか。無性に寂しさと腹立たしさが入り交じった感情が沸き上がる。

リヴァイはなにも分かっていない。
本当の私のことなどなにも…

そんな複雑な思いから手元にあった紙袋をぎゅっと握りしめた。



――――――



15歳の誕生日。

買い出しを終えてマンションに向かっていれば、道路を挟んだ先にリヴァイの姿を見つけて足を止めた。見知らぬ女性と歩く、そんな姿を見るのは初めてだった。リヴァイだって彼女がいたり、結婚をしてもおかしくない年齢のはず。それなのに今まで一度もそんな女性を見たことがなかった。

私が歳をとれば、リヴァイも歳をとる。

それは当たり前のことだけど、どうしても追いかけてしまう。その変わらない距離はまるでイタチごっこのようだった。



「また主席だったらしいな…」

今年も鍋を囲みながら他愛のない話しをする。ぼうっとしたまま適当に返事をしていれいば、リヴァイは小さく息を吐いて手を止めた。

「ナマエ、お前…もう絵は描かないのか…?」

やけに深刻な顔で聞かれたので、思わず箸を止めた。何事かと思えばまたそんなことかと、ふっと笑みを浮かべて頷いてみせる。リヴァイは私が絵を描かなくなったことを心配しているようだが、今の私に絵を描く余裕など残っていなかった。そんなことよりも…と、口を開く。

「…リヴァイは結婚とかしないの?」

「あ…?」

「だって…もういい歳でしょ…」

箸を持ち直しながらそう言えば、リヴァイはいつものようにバカ言え…と続けた。そのまま強制的に話しを終わらせようと立ち上がった背中を引き止める。

「それってもしかして…私のせい…?」

ぐつぐつと鍋の煮える音だけが部屋に響く。突然こんなことを言いだした私を訝しげに見下ろしていたリヴァイは小さく呟いた。

「お前のせいじゃねぇよ…」

「でも…昼間一緒に歩いてた人とか…彼女じゃないの…?」

「はっ…変な誤解をするな…あれは仕事の書類を届けにきた会社の人間だ…」

すでに箸を持っていた方の手は震えていたが、それでも聞かずにはいられなかった。家にいる時とは違う顔をしたリヴァイを見ていたらやたらと胸がざわついた。それが一体どうしてなのか私には分からなかったけど。

「好きな…人とか…」

「想ってる奴はいる…ずっとな…」

そう言って私を見つめるリヴァイの瞳はどこまでも切なげで、とっさに顔を逸らした。それは私じゃない。そう言い聞かせるように頭の中で繰り返す。リヴァイが私を通して誰を見ているなどそんなのは聞かずとも分かった。


過去の自分が知りたい、全てが知りたい。

聞いたらリヴァイは教えてくれるだろうか。自分だけ知らないのはまるで蚊帳の外のようで寂しくて苦しかった。それでもそれ以上に怖いのはそんな自分を拒絶されること。

そんな不安に押し潰されそうになった私が手を伸ばしたのはリヴァイの香りがする煙草。寂しさを紛らわすようにそれに火をつけた。

そして私はこの年、エレンと出会うことになる。



――――――



16歳の誕生日。

初めてリヴァイ以外の誰かと過ごす誕生日。待ち合わせの場所に少し早く着けば、見知らぬ女の子親しげに話し込んでいるエレンを目撃して立ち尽くした。エレンに限って浮気なんてことはないだろうけど…そんなことを冷静に考えながら眺めていれば、ふいに顔を上げたエレンと目が合い慌てて背を向けて歩き出した。

「ま、待てよ…」

「最低…」

「違う…そんなんじゃない…誤解すんな…!」

強い力で肩を掴まれて振り向けば、想像以上に必死な顔をしたエレンがいてわずかな後ろめたさから俯く。本気でエレンがそんなことをしたなどとは思ってなかった。

「…でも嬉しいもんだな」

「は…?」

「それヤキモチだろ…?」

エレンはそう言って頬を染めると嬉しそうに笑った。

「そういうのは俺ばっかりだと思ってたからさ…」

「は、話を誤摩化さないで…」

「分かった。じゃあ話を戻す…」

急に真剣な顔つきになったエレンは私の両肩に手を置いた。

「なぁ…俺たち一緒に暮らさないか…?」

話しを戻すと言ったエレンの口から出た言葉は突拍子もないもので、大きく目を見開いた。

「俺がさっき一緒にいたのは同じクラスの奴で、家が不動産屋なんだ」

「でも、どうして…」

エレンはバツが悪そうに俯くと、恥ずかしそうにボソボソと口を開いた。

「俺、嫌なんだよ…たまに眠れない日だってある。兵長とお前が二人きりであの家にいると思うとさ…」

「エレン…」

「だから、俺…この冬はずっとバイトしてた。卒業したら二人で住んでも広いくらいの家を借りれるように…」

エレンはこの冬ほとんど予定がいっぱいで会える日などなかった。その理由を聞いても教えてくれないエレンを不審に思ったりもしたが、まさかそんなことを考えていたとは思いもしなかった。

「だから…俺と一緒に暮らさないか?」

あの家を出る。

そんな日が来るなんて想像もしてなくて、私はなんと答えていいか分からずただ俯いていた。



日が暮れてマンションに戻ってもリヴァイの姿はなかった。いつもだったらリヴァイの作ったカキ鍋を囲みながら他愛ない話しをしていたはずの時間。もうあんな風に二人で鍋を囲むこともなくなってしまうのだろうか…

しばらくリビングでぼんやりと時計を見つめていれば、ふいにガチャガチャと鍵を開ける音がした。

その音に玄関まで走れば、酔っているのか壁に手をついたまま覚束ない足取りで立つリヴァイの姿に驚いて足を止めた。私の誕生日に…いや、私を引き取ってからリヴァイがお酒を飲んで帰ってくるなんて一度もなかった。項垂れるように座り込んだその背中を見つめる。

「…大丈夫?」

「あぁ…まだ起きてたのか…」

リヴァイは一度も振り返ることなくぶっきらぼうにそう言った。ふいに言うつもりのなかった言葉が溢れ出した。

「リヴァイ…私…」

「なんだ…」

「卒業したら…この家を出ようと思う…」

靴を脱ごうとしていたリヴァイの動きが止まった。黙ってその背中を見つめる。本当はこんなことなど言うつもりはなかった。エレンと一緒に住むことだってまだ決めかねていたというのに。

未だに動こうとしないリヴァイの様子を伺う。

ゆっくりとした動作で靴を脱ぎ捨て、振り返ったリヴァイの頬はわずかに赤かった。廊下で立ち尽くしていた私の横を通り過ぎる瞬間、ふわりとアルコールの香りが鼻を掠めていった。

「好きにしろ…お前の人生だ」

それだけだった。

ほんの少し、期待していた。行くなと…止めてくれるんじゃないかと。まったく子供じみた戯言に自嘲気味な笑みが漏れる。



――――――



17歳の誕生日。

今年の誕生日はリヴァイと過ごしていた。去年はあんなことを言ったけど、やっぱり私はここにいたい。多くのことを犠牲にして私のことを育ててくれたリヴァイを一人残してエレンと行くことなんてできない…そんな思いを伝えようと顔をあげた瞬間、先に口を開いたのはリヴァイの方だった。

「結婚することにした」

突然言い放たれた言葉に私は間の抜けた顔で箸を止めた。数秒ほど遅れて反応を返せば、リヴァイは器用に鍋の灰汁をすくいながら淡々と言ってのけた。

「相手は仕事関係で顔なじみの女だ…ちょっと前から付き合ってる」

「…………」

「悪いが卒業したらここを出ていけるか?生活費と学費のことは心配するな…」

リヴァイの言ってることの意味がうまく理解できない。毎年、食べているはずのカキ鍋の味がやけにしょっぱく感じる。

過去の私はもうどうでもいいの?
記憶のない私のせいでどうでもよくなってしまったの?
その人ならリヴァイを幸せにできるの?

聞きたいことは山ほどあったが、そんな私の思考はリヴァイの次の言葉によって完全に閉ざされた。

「そいつには俺と同じ過去の記憶がある」

「…………」

この男は…
どこまで私を傷つければ気が済むのだろう。

ふいに溢れたのは涙でも溜め息でもなく、小さな笑みだった。右手に持ったままだった箸をかちりと音をたててテーブルの上に置く。

「ちょうど良かった…私もここを出て行こうと思ってたから…」

そう言って顔をあげれば、リヴァイは特に驚いた様子もなくそうか…と静かにコンロの火を消した。



――――――



18歳の誕生日。

リヴァイと共に過ごしたマンションを出た。
いつかと同じように真っ白な雪がひらひらと落ちていく。

エレンと決めた引っ越し先はそんなに離れていなかったし、荷物もわずかだったのでほとんど自分達で引っ越し作業を行っていた。最後の荷物を車から降ろすと、エレンはジャケットの袖を捲し上げてダンボールを持ち上げた。

「俺は先に大きいやつから運んでくから…ナマエはここで荷物を見ててくれ」

「うん、分かった…」

積もった雪で濡れてしまいそうなダンボールを持ち上げると今日から住処となる建物を見上げる。エレンが選んだのは駅からちょっと遠いけど、日当りの良い静かなアパートだった。まるでリヴァイと最初に住んでいたようなこじんまりとしたその建物をぼんやりと見つめる。

オートロックがあるわけでもない。
エントランスの壁にはヒビが入ってるし、ポストの鍵も壊れてる。

決して立派なアパートじゃないけど…

大丈夫。きっとこれから幸せになれる。
胸に残ったわずかな痛みは忘れて、エレンと新しい毎日を歩きはじめるのだ。

ふいに視線を感じて振り返った。

その先に広がるのは雪で真っ白に染まった駐車場。足跡一つない銀世界。そして遠くに佇む人影。大きめのミリタリージャケットを着込んだその人は、まるでこちらを見守るかのように静かにひっそと立っていて…

わずかに時が止まった。

その人は私の姿を確認すると安心したように静かに踵を返した。

その忘れることの出来ないうしろ姿に
遠くなっていくその背中に…

わけもわからず涙が溢れた。

抱えていたダンボールを力なくその場に落とすとしゃがみ込む。押し潰されそうな胸の痛みに体を丸めて、声を押し殺してただひたすらに泣いた。

リヴァイ…

声にならない叫びが嗚咽となって漏れるとそれを押し込むように口元を押さえた。すぐにそれを見つけたエレンが階段を駆け下りてきて、泣きじゃくる私の体を包み込んだ。

「ナマエっ…」

「どうして…私、エレンと居たいはずなのに…」

居たいはずなのに。
遠くなっていく背中が頭から離れない。

「どうしてこんなに胸が痛いの…」

エレンはすぐに顔をあげて遠くにあるリヴァイの背中を見つけると悲痛に顔を歪めた。

「…いいんだ…」

「え…」

顔をあげれば怒っていると思ったエレンの顔は優しくて、私の顔を両手で包み込んで笑った。

「ごめんな、もう嘘つかなくていいんだ…」

「違うの…きっとこれは過去の私の思いがどこかに残ってて…」

「…違う。過去のお前じゃない、今のお前が好きなんだろ…?」

「エレン…」

「俺、本当は気付いてたのに気付かないふりしてた。いや…もうずっと…何千年もずっと分かってたんだ…」

その言葉の意味が分からずじっとエレンを見つめる。

「なぁ…聞いてくれ、お前の記憶がないのは多分きっと…最初からやり直すためだ」

そう言って笑うエレンの顔がどこまでも優しくて、また涙が溢れだす。

「だから…はやく追いかけろ」

「でも…」

「俺の気が変わらないうちに…頼むから…!」

その言葉に背中を押されるように立ち上がると、真っ白な世界に向かって走り出した。




まるで夢の中にいるようだと思った。積もった雪が私の行く手を拒み、どんなに名前を叫んでもその背中が止まることはない。それはまるで子供の頃から何度も見ていた悪夢のようだった。

「リヴァイ、待って…!」

涙で視界がぼやけていたせいか歩道の脇にあるブロックが見えなかった。足をとられて派手な音をたてて転げれば、リヴァイの足がぴたりと止まった。擦りむいた膝が痛んだが、そんなの気にせずに背中に向かって叫んだ。

「ねぇ、リヴァイ…私には過去の記憶はないけど…この8年の記憶はあるから…」

地面についたままの手を握りしめる。心からの本音を叫ぶのはこれが初めてだった。

「それで精一杯あなたを愛すから…それじゃあダメかな…?」

無言で振り返ったリヴァイの顔は寒さからなのかほんの少し目元が赤かった。不自然なくらいの静寂の中、二人の間をひらひらと雪が落ちていく。

「俺は…お前に記憶があろうとなかろうと…ガキだろうがなんだろうが…」

「……………」

「お前がお前なら…最初からそれだけで良かったんだ…」

言いながらゆっくりと私の高さに合わせて跪いたリヴァイは私の右手を取ると泣きそうな顔で笑ってみせた。

「遅くなってすまなかった…」

それは8年前と同じ言葉。それでもあの時とは違う言葉。そのまま強い力で引き寄せられると、必死にその体を抱き返した。


2000年前の私がどんな思いをリヴァイに抱いていたのかは分からない。だけど、たった8年でも私は過去の自分に負けない思いを抱いていると、そう思えるから。

二人で住んでも広いくらいのあの家に残したエレンのことを思うとやっぱり胸が痛むけど。

もう偽らない…
偽りのない思いを貫くと決めて泣きながら笑った。



「私…リヴァイのカキ鍋が食べたい」




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