短編 | ナノ


▼ 秘めたるは過去へ@

※本誌最新話(進撃69話)までのネタバレ要素あり。
※ヒロインが娼婦です。苦手な方はご注意ください。
※色々ご都合主義、年代があってない等あります。













───世界はまわる、ぐるぐるまわる。

リヴァイは一体どうしてこうなったのかと、うまく回らない頭のまま静かに立ち尽くしていた。ふいに甦るのは目の前に倒れる女が数日前に口にした言葉。

『ねぇ、リヴァイ…世界には時々、信じられないことが起こるの』

だから、何があっても驚かないでね──と、そう言って弱々しく笑ったのを今でも鮮明に覚えていた。まさかこうなることを初めから分かっていたとでもいうのか。


85×年

人類の天敵である巨人には様々な力を持つものが存在すると徐々に明らかになっていた。60mを超える大型のものに全身が鎧のようなものに覆われたもの。そして、人々の記憶までをも操れるものまで。

目の前に倒れる血まみれの女をリヴァイは力なく抱き上げた。一切の表情を失ったリヴァイとは対照的にナマエはどこか微笑んでいた。

「約束を…破って、ごめんね…」

すぐにはその言葉の意味が分からなかった。約束などした覚えはない。何を言ってるのだと顔を歪めるリヴァイの頬にナマエがそっと触れた。いつも血まみれなのは自分の方だった。それをこんな風に優しく拭っていたのは昔からこの女だけだった。泣く、ということを知らないリヴァイはひたすら瞬きも忘れて息絶えていく女の顔を見つめる。

その受け入れられない現実に、意識が白く染まっていく中、リヴァイはある疑問を抱いていた。一体、自分はいつから間違えていたのだ、と。




【秘めたるは過去へ】




83×年

まるで終わらない悪夢を見ているようだった。地下街には昼も夜もなくいつまで経っても夜明けなど訪れない。特に生きる意味もなく、一日を終えると新たな悪夢が始まる。その繰り返しだった。

娼婦としてまだ売りものにならないナマエの仕事は客寄せだ。一日に決められた数の客を呼び込めなければまともな食事にさえありつけない。あらゆる娯楽と犯罪が集まる無法地帯と化しているこの場所で一人生きていくためには手段を選んでいる場合ではなかった。

いつものように薄汚い路地で男たちに声をかけては軽くあしらわれる。特に今日は星の巡りが悪かった。”彼”と出会ったのは、そんなある日のこと。

いつも訪れる路地にいた先客。全身傷だらけで力なく壁に寄り掛かる姿に最初は死体かと思ったが特に驚きはしなかった。地下街ではよくある光景だ。じっと見下ろしていれば、今にも喉元をかっ切られるんじゃないかと思うほどの殺気と視線を向けられる。

「なにをジロジロ見てやがる…」

ガリガリに痩せた少年。年齢はきっと自分と同じくらいだろうが、それでも小さく見えた。不思議とその眼光がどんなに鋭い光を放とうとも恐ろしくはなかった。肩に掛けていたぼろぼろのショールを目の前の少年に投げつけてやる。

「ッ……」

無言で顔を背ける少年。いつまで経っても動かないので同じ高さに屈んでその血まみれの顔を拭ってやれば、更に顔を背けたのでわざとらしくため息をついてゴシゴシと少し強めに顔を拭う。そのほとんどが返り血だったようで大きな傷は見当たらなかった。何故かほっとして顔をあげると、少年の目が語っていた。一体どういうつもりだ、と。

「こんな場所で野垂れ死にでもされちゃ営業妨害だからよ」
「はっ…死体なんざあちこちに転がってるだろ」
「それでも目覚めが悪いのよ、目の前で死なれたんじゃね」
「…俺の知ったことか」

その生意気な口振りにぽかっと頭を叩けば、少年の眉間に深い皺が寄った。すぐに忌々しく口を開きかけたが、一人の男が路地裏を通りかかるのが目に入ると立ち上がりその腕を引いた。

「ねぇ…店に寄って行かない?安くしとくからさ…」

すっかり板についた猫なで声で上目遣いをする。自分でも吐き気のするようなそれを振り払った男は煩わしそうに去っていった。ひとつ舌打ちして石ころを蹴り飛ばせば背中に突き刺さるような視線を感じる。

「なによ…」

てっきり汚いものでも見るような視線を向けられているとばかり思ったがその表情は想像以上に感情の見えないものだった。

「お前、娼婦なのか…」
「…まだまともに客はとれないけどね」

じっと見つめる視線が居心地悪くて面倒くさそうに顔を背ける。

「なによ…別にここいらじゃ珍しい話でもないでしょ」
「親はどうした」

それはこっちの台詞だと思ったがぐっと息を飲んだ。

「口減らしに捨てられた…そっちは?」

わずかに瞼を伏せた少年はしばらく黙り込んだ。その様子に何か事情があるのだと瞬時に察する。

「なるほどね…それじゃあ私たち、捨てられたもの同士ってわけだ」

自嘲気味に笑ってそう言えば、力なく壁に寄り掛かっていた少年は急に顔つきを変えた。最初から自分を捨てる存在などいなかったのだからそれは捨てられたことにはならねぇと屁理屈のような言い分を鋭い眼差しと共に言ってのけた。

あまりの迫力に私は返す言葉もなかった。

その時から薄々感じていた、こいつはきっと面倒な奴だと。どうにか話題を逸らそうと名前を聞けば、少年はただのリヴァイだと静かに答えた。





とにかく、そのただのリヴァイとやらは面倒な奴だった。

私からしたら何を考えているのか分からないだけであったが、それは他の人間からしたらカリスマ性と捉えられるらしく、いつの間にかリヴァイの周りには同い歳くらいの仲間が集まっていた。ちょっとしたゴロツキ集団の頭にまで登り詰めたリヴァイとは腐れ縁で、困ったことがあれば助け合うようなになっていた。

まぁ、主に私が助けられるばかりでリヴァイの力になれるようなことは一度もなかったのだけど…

では、何がめんどくさいのか。

リヴァイは一時期、キレると手がつけられなくなることがあった。特に娼婦の女に手をあげた男の時がひどかった。過去に何があったのかは知らないが、一度乱闘になると相手が虫の息になるまで殴り続けるのだ。それを止めるのが私の仕事だった。

「おい、またあのガキが暴れてやがる…なんとかしてくれ!」

そんな風に顔見知りの男が娼館に駆け込んでくるのもすっかりお決まりのことだった。

やれやれ…とため息をつきながら騒ぎの場所まで駆けつけると既に人だかりができていた。相手の顔にナイフを突きつけるリヴァイに近づけば既に瞳孔が開いている。どこで覚えてきたのかも分からない汚い言葉を投げかけるリヴァイの腕をとった。

「リヴァイ、リヴァイ…落ち着いて、もう大丈夫だから」

背後からぎゅうと抱きしめればようやく落ち着いたように掴んでいた男の胸ぐらを離した。それを確認するとリヴァイの腕を引いて人気のない路地までひっぱっていく。いつものボロボロのショールで顔についた血を拭ってやりながらため息をついた。

「ねぇ、どうして同じことばかり繰り返すの?そのうち本当に痛い目にあっても知らないから」
「もう十分痛い目にはあってる」

まただ…またこれだ。
出会ったころから変わらない屁理屈。

呆れたように息を吐きだせばリヴァイは何の前触れもなく私の肩にもたれ掛かってきた。人前では決して見せない彼の弱い部分。わずかに首を捻って擦り寄ってくる様に、私は特に驚いた様子もなく受け入れる。いい子、いい子と落ち着かせるように背中を撫でると子供扱いするなと不満げな声が漏れるのもお決まりのことだった。

───そう、面倒ではあるがどこか弟でも出来たような気持ちだった。そんなことをリヴァイに言えば、俺の方が年上にきまってると言われるに違いないが。





そんな関係のまま月日は流れ、ただの悪ガキだったリヴァイも”王都のゴロツキ”と名の知れた存在になっていた。最近ではどこで手に入れたかも分からない立体機動装置を駆使して窃盗団まがいのことをしているらしい。

その頃になると私は客をとるようになっていた。男に体を開く、吐き気のするような行為だと思っていたが次第にそんな感情も薄れていった。生きる為に息をするのと同じくらいに。連日の激務に心も体もくたくただったが、扉が開いた先に立っていた男に気が抜けたように笑ってみせた。

「なんだリヴァイか…今日はゆっくり休めそう」

リヴァイはたまに私を買いにくる。といっても他の客相手にするような行為を致すわけではなく、リヴァイが買った時間分、私はゆっくり休むことができるのだ。ボフッと音をたててお世辞にも綺麗とは言えないシーツに体を沈めるとリヴァイの方に向かって両手を広げる。

「おいで、リヴァイ」

笑顔でそう言ってみたがリヴァイは入り口で立ち尽くしたまま眉根を寄せた。

「やめろ…もうガキじゃねぇんだ」
「なによ…大人ぶっちゃって」

ちょっと前まで私たちは抱き合って眠ることがあった。そうすると普段あまり眠れないリヴァイもぐっすり眠ることができるのだ。

私はリヴァイのことを男として見ていないし、それは向こうも同じはず。なんとなく気付いていた、リヴァイは私に誰かを重ねている。それが姉なのか母親なのかは分からないけどきっと彼に近しい誰か。なんとなく、そんな気がしていた。

「今更、恥ずかしがらなくったっていいのに」

一人ごちるように呟くとベッドの柔らかさを堪能するように手足をぐっと伸ばす。部屋の隅に用意された椅子に腰を下ろしたリヴァイは静かに足を組んだ。

「それより聞いたか…例の男の話は」
「ああ、最近よく目撃される脱走兵のこと?」
「そうだ…」
「顔を隠してるんでしょ?気持ち悪い奴よね」

最近、地下街ではある男の話で持ち切りだった。立体機動装置を駆使して飛び回る謎の男。顔を隠すように口布で顔を覆っているのがその怪しさを助長させる。憲兵団が血眼になって探しているらしいが未だに捕まらないところを見るとその男の方が一枚上手らしい。

「気になるのは奴がやけに此処の地形に詳しいことだ」
「もしかして地下街の出身だったりして」

なんて軽い調子で言えばリヴァイはどうだかな…と視線を逸らして足を組み替えた。

「噂じゃ奴は調査兵団だったらしいが」
「調査兵団ねぇ…」
「とにかく暫く用心しろ。奴について何か情報が入れば…」
「はいはい…すぐに知らせろでしょ?」

大きくあくびしながら面倒くさそうに答えるとリヴァイは顔を顰めたが気にすることなく寝返りをうつ。この仕事柄、客である憲兵や商会の男達から様々な情報が入ることがある。それをリヴァイに知らせるのが私のもう一つの仕事でもあった。

それにしてもなぜ脱走兵など追うのか、その理由が気になったが既に眠気の方が勝っていた。今にも落ちてきそうな瞼をゴシゴシと片手で擦っていれば、それに気付いたリヴァイがギシッと音をたてて立ち上がった。隣に体を滑り込ませる気配がしたので、しかめっ面を向ける。

「なによ、どうせくるなら最初から素直になってればいいのに…」

そんな悪態も睡魔のせいでまったく迫力はなかった。寝返りをうって両手を伸ばそうとしたが、それはやんわりと遮られ、逆にリヴァイの腕が私の下に伸びてきた。すっぽりと抱えられる形に何か引っかかるものを感じたが心地よい微睡みに身を任せて瞼を閉じた。


意識が落ちていく中、脱走兵のことを考えた。彼は何者なのか、一体何の目的で地下街に出没しているのか。リヴァイの為にもどうにか情報を集めたい。

汚らわしい娼婦の私が力になれることと言えば、それくらいしかないのだから。





Aへつづく

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