短編 | ナノ


▼ ニューイヤーズミステイク

※「ワンナイトミステイク」の続きになります。





トロスト区では新しい年の幕開けを前にどこもかしこも賑わっていた。内地に比べれば食糧難であることに変わりないが、それでもこの日ばかりはと出店を出したり、集まって酒を飲み交わしたり、街全体が騒がしい。心なしかそんなお祭りムードは兵団内にも漂っていた。いつもより浮き足立った兵士たちが今夜はどこで酒を飲み交わすかと…そんな会話を至る所で耳にした。

憲兵団から調査兵団へ移動になってまだ日の浅い私はそんな賑やかな空気から遠ざかるように馬を走らせ町外れにある小さな酒場へと向かった。ここならば静かに酒を飲めるだろう、そう思って酒場のドアを開けたのだが…

「やぁ、ナマエじゃないか…こんな所で会うなんて偶然だな」

そう言って近付いてきたのは調査兵団13代団長エルヴィン・スミス。彼と同じテーブルに座っていたのは、ハンジ分隊長とリヴァイ兵長だった。よりにもよってどうしてこんな幹部三人組が…そう思わずにはいられなかった。無言で立ち尽くしていれば、気怠げにグラスを傾けていたリヴァイ兵長がちらりと横目で私を捉えた。

「面倒な奴と出くわしちまったな…」

(それはこっちの台詞だ…!)

思わず声に出して叫びそうになったが、団長や分隊長の手前ぐっと飲み込んだ。エルヴィン団長は私の前まで歩み寄ると当たり障りのない笑顔で向けた。

「私たちも今来たばかりなんだ。よければ君も一緒に飲まないか?」

その言葉に、滅相もないと首を横に振る。

「いえ、皆さんでお話もあるでしょうし…私は一人で飲もうと思ってここに来たので」
「そうか…それは残念だ」
「でも、お気遣いありがとうございます」

ペコリと頭を下げると、その脇を抜けていつものカウンター席へと向かう。相変わらず愛想のない女だとリヴァイ兵長の声が耳に届いたがあえて聞こえないふりをした。



――――――



「断られてしまったな…」

苦笑しながら席に戻ったエルヴィンは飲みかけだったワインを一気に呷ると、すぐに瓶を傾けグラスを満たした。隣に座っていたハンジは相変わらず巨人の生態についてべらべら語っているし、それを右から左に聞き流すようにグラスを傾けているリヴァイは酒が入るとますます口を開かなくなる。できればこんな味気ない二人ではなく、内地から来たナマエと酒を飲み交わしたかったのだがと、エルヴィンはがくりと肩を落とした。

「ねぇ…ちょっと聞いてる人の話?!」

ハンジの声に顔をあげると、適当に相づちを打っていたはずのリヴァイが動きを止めてある一点を見つめていた。不思議に思ってその視線を追えば、カウンターに座るナマエの背中を熱い視線で見つめる複数の若者の姿。

(なるほど、な…)

にやける口元を咄嗟にグラスで隠したエルヴィンはちらりと目の前の男に視線を戻した。いつもと変わらない陰鬱とした表情ではあるが、眉間の皺はより深い。短く舌打ちをして立ち上がったリヴァイは一直線にカウンターへと歩き出した。

「え…なになに、どうしたの」
「三秒はやかったな…」
「…三秒?」

訳が分からないといった様子でしきりに瞬きを繰り返すハンジに、エルヴィンはにやりと笑ってみせた。

「ハンジ、向こうのテーブルに数人の若者が座っているのが見えるか?」
「ああ、うん…いるね」
「彼らがさっきからチラチラとナマエに熱い視線を送っていてね」
「え…だからリヴァイが立ち上がったってわけ?」
「ああ、彼らが動くよりも数秒速くな…流石は人類最強の男と言ったところか」

皮肉を込めてそう言うエルヴィンにハンジは呆れたように両手をあげた。

「まったく、リヴァイもあれでちゃんと男だったってわけか」
「まぁ…あいつが何を考えてるかなんて本当のところは分からないがな…」

いえてる、と笑って頷くハンジにエルヴィンもまた苦笑いを返す。テーブルに残された二人は、静かにカウンターの方へと視線を移した。



――――――



「お前はそうやっていつも一人で酒を飲んで男を誘ってんのか」

突然、背後から聞こえてきた声に、はぁ!?と声を荒げそうになったが、咄嗟に唇を噛みしめて気持ちを落ち着かせた。せっかく騒がしい街から離れて一人静かに酒を飲みにきたというのにこの男のペースに巻き込まれるのだけは嫌だった。

「そうですね…今日はニューイヤーズイブですし、ちょうど誰かにお酒でも奢ってもらおうかと考えてたところでした…」

淡々と、感情のこもってない声でそう答えれば、案の定リヴァイ兵長は眉根を寄せてからじっと私を見つめた。

「また別の男にシェリー酒でも奢ってもらおうと思ってんじゃねぇだろうな」
「そ、そんなわけないでしょ…」

それだとまるで自分は尻軽じゃないかと、持っていたグラスをダンっとテーブルに叩き付ける。

「まぁいい…前回は俺が奢ったんだ、今日はお前が奢れ」

兵長はそう言いながら当たり前のように隣の席へと腰を下ろした。慣れた手つきでマスターを呼ぶ姿に、慌てて向き直るとそれを遮るように腕を掴んだ。

「ちょ、ちょっと待ってください…!お酒ならエルヴィン団長に奢ってもらえばいいじゃないですか、私はこう見えて財政難なんです」
「何が財政難だ…つい最近まで内地で高い焙烙もらってのうのうと暮らしてた奴が」
「あのねぇ…憲兵にだって真面目に働いてる兵士くらいいるんです。そうやっていつも憲兵団を目の敵にするのはやめてください」

そう言い切ればリヴァイ兵長は短く舌打ちをしてから、運ばれてきたグラスを手に取った。まったく、舌打ちをしたいのはこっちの方だとわざとらしく溜め息をつく。気付けばやっぱり兵長のペースになっていた。大体、この人は団長達と一緒に飲みに来たのではないのか…そう思って背後をちらりと振り返れば、何やら夢中になって語るハンジ分隊長と完全に無視を決め込んだエルヴィン団長の姿。

「あの…エルヴィン団長たちのこと放っておいていいんですか?」
「彼奴等と飲んでも酒が不味くなるだけだからな」
(だったら何で一緒に酒場なんて来たのよ…)

内心、そんな悪態をつきながらも一人寡黙にグラスを傾ける横顔をちらりと覗き見る。

「私と飲んでも兵長を楽しませるような話なんて出来ませんけど」
「あの話の続きを聞かせろ」
「あの話…?」
「上官を殴った時の話だ…前に言ってただろ」

意外な言葉に思わず固まる。まさかリヴァイ兵長が自分なんかの、それも出会ったばかりの頃に話していた内容を覚えてくれているとは思いもしなかった。

「…あんなので、良いんですか?」
「ああ…」
「えっと…じゃあ、どこまで話しましたっけ…」
「気付いたら殴り飛ばしてたってとこだ」

そう言われて思わず、笑みが漏れる。

「そうでした!あの時の私ったら本当に馬鹿で、相手が上官だって気付いた後も実は…」

途端に笑顔で話し始めた私の顔をリヴァイ兵長は何故かじっと見つめた。相変わらず酒場では聞き上手な兵長のペースにすっかり巻き込まれていることなんか気付きもしないで上機嫌に話し続けた。そんな私と兵長の様子を遠くから微笑ましく見つめる視線には気付きもしないで。



――――――



「ねぇ、気のせいかな…あの二人随分楽しそうじゃない…?」

相変わらずベラベラと巨人の生態について語っていたハンジは、カウンターに頬杖をついてじっとナマエの話を聞くリヴァイの姿を視界に入れると驚いたように口を閉じてエルヴィンを見た。

「どうやらこの店をリヴァイが選んだのには訳があったようだな」
「随分、街外れの酒場まで来たなとは思ってたけどさ…」
「…うまくいけばいいがな」
「なにが?」
「いや、何でもないよ…」

エルヴィンは少し笑って残りの葡萄酒を傾けると、懐に手を伸ばして財布を取り出した。



――――――



「あ…馬だと?」
「はい、私は元々厩務員なので、その人がどんな兵士なのかは馬を見れば大体分かります」

一体どれくらいの時間が経ったのか。お互いにもう何杯目か分からないグラスを手に持ったまま、話しの内容は私の憲兵団時代の仕事内容についてに変わっていた。

「ほぅ…ならエルヴィンはどうだ…」
「エルヴィン団長は…一見穏やかに見えて実は内に熱いものを秘めた方だと思います」
「…何故そう思う」
「エルヴィン団長の馬は聡明な顔立ちをしているのにどこか危険を顧みない無茶をするところがありますから」

違いますか?と首を傾げれば、兵長は少しだけ黙り込んでから、間違っちゃいねぇな…と呟いた。

「…なら俺はどうだ」
「兵長は…秘密です…」
「あ?」
「本人を目の前にして言うのは…なかなか照れますからね」

肩を竦めてそう答える私にリヴァイ兵長は途端に眉根を寄せて顔を近づけた。

「その馬占いとやらが正しいかどうか確認してやるから言ってみろ」
「え…」

まさかこんなに食いつかれるとは思わなくて、思わず助けを求めるように後ろを振り返ったが、テーブル席に座っていたはずのエルヴィン団長とハンジ分隊長の姿が見えない。

「あ、あれ…」

それに気付いたリヴァイ兵長も振り返ると、いつもの舌打ちを響かせた。

「奴ら、気を遣ったらしいな」
「は?」

──気を遣った?

まったく言葉の意味が分からなかった。瞬きを繰り返しながら空いた席を見つめていれば、突き刺さるくらいの視線を感じて顔を戻した。間近で、それも穴があくんじゃないかというほどじっとこちらを見つめる兵長に身動き一つとれなくなる。まさに蛇に睨まれたカエル状態。必死に笑顔を作ろうとしたが、不自然に頬が痙攣するだけだった。

「わっ…私もそろそろ失礼しますね…」

すぐに立ち上がると、素早くポケットから硬貨を取り出してカウンターの上へと置いた。そのまま踵を返そうとしたところで、腕は強い力で掴まれた。

「待て」

背筋がぶるりと震えるような低い声。おそるおそる振り返ればいつもより少しだけ頬を上気させた兵長がじっと私を見つめていた。相変わらずの無表情ではあるが、店の薄暗い照明があの日のことを思い出させた。

そう、兵長に抱かれたあの夜のことを。
そんな一夜の過ちが頭にフラッシュバックした瞬間だった。

「俺にシェリー酒を奢らせろ」

耳に飛び込んできたのは信じがたい言葉。

「はぁ!?」

今度こそ声にだして叫んでいた。一体何を考えているのだこの人はと、思ったことそのままに顔を歪ませる。もしや、何てことない顔をしてるけど実はものすごく酔ってるんじゃないだろうか…そんな疑いの眼差しを向ける。

「本気で言ってるんですか?」
「ああ」
「な、なら…ブルームーンにしてください」
「はっ…少しは学んだようだな」

私だってあの失敗から何も学ばなかったわけではない。お酒には色んな意味があると知った私は、『出来ない相談』という意味があるブルームーンを頼めば相手の誘いを断る事ができると文献で確認していた。

「あんな間違いは二度とごめんですからね」
「間違い、か…」

そう、頬杖をついたまま意味深に呟く兵長に何故か私は固まった。

「な、なんですか…あれが過ち以外の何だって言うんですか」
「いいじゃねぇかそれで」
「は?」
「こうして繰り返してるうちにその間違いが真実になるとは思わねぇか?」
「思いません…間違いはどこまでいっても間違いですから…」

淡々と、無表情のままそう述べればリヴァイ兵長はわずかに口角をあげた。

「はっ…俺はお前のそういう融通が利かねぇところが悪くないと思ってる」
「それは褒められてるんでしょうか」
「どうだかな…」

そう呟いた兵長はどこか楽しそうに続けた。

「それに、だ…そうなるかそうならないかは…今後の俺たち次第だと、そう思わねぇか?」

グラスを傾けたまま流し目でそう言う兵長は、店の照明も加わり、なんというかものすごく艶やかに見えた。その仕草一つ一つを直視できないほどに。

「ご…強引すぎます」

俯いたままなんとか声を絞り出すと、いまだ掴まれたままだった腕にぐっと力が込められたのが分かった。

「なぁ、お前の言ってることが間違いかどうか、知る方法が一つだけある」
「え…」
「確かめてみるか…本当に過ちだったかどうか」
「冗談でしょ…」

貼り付いたような笑みで顔を向けたが、兵長は意外と真剣な顔をしていた。

「じょ、冗談、ですよね…?」

途端に泣き出しそうになって後ずさったが、ゆっくりと立ち上がった兵長が徐々にその距離を詰めた。背中はすぐにひんやりとした壁にぶつかり、左右に逃げようとするも両手で行く手を塞がれる。ごくりと生唾を飲み込む音がやけに大きく耳に届いた。

「かっ…からかうのはやめてください…」

うまく息ができなくて覚悟を決めて顔をあげた瞬間、そこにはいつもより口の端をあげた兵長がいて…

「いつもの威勢はどうした…ナマエよ…」

その言葉に、やっぱりからかわれたのだと気付くと、体はわなわなと震え出す。ちょっとでもドキドキしてしまった自分に激しく後悔しながら内心地団駄を踏んでいた。なんとか相手にも一泡吹かせたくてリヴァイ兵長をキッと睨みつけた。

「う、馬占いの結果を今言いましょう…!兵長は、本心をなかなか語ろうとせず…そうやって人を馬鹿にしてばかりの、最っ低な人です…!」

一息でそう言い切れば、目の前の男はどこか満足げに笑ってみせた。

(──やっぱり、最低だ、リヴァイ兵長なんて)


だけど、私は嘘をついた。

兵長の馬はとても手入れの行き届いた優しい目をした馬だった。きっと毎日慈しんで馬の世話をしているに違いないと一目で分かるほどに。馬との信頼関係が築けているのは、一見無愛想に見えるリヴァイ兵長が、本当は仲間思いの優しい人だから。

一夜の過ちを犯した相手が、そんな素敵な人だった、なんて…口が裂けても言えないけど。


リヴァイ兵長は奢ってやるからもう少し付き合えとぶっきらぼうに言いながら席へ戻った。諦めたように肩を落としてその背中を追おうとした瞬間、遠くで新年を祝う声が聞こえた。

「…一先ず、乾杯か」

そう言ってグラスを持ち上げた男から何故か私は視線を逸らせなくなった。

もう二度と、上官なんかに心を許したりしないと誓ったはずなのに…どうやら新しい年を迎えた今、私の中で本当の間違いが起ころうとしていた。

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